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聖女、重宝を手に入れる

 長い廊下には、宮廷とは思えないほど、不自然に人がいない。

 それはシェンツァが気を遣って人払いの魔法なり、見回りの騎士に会わない時間帯を選んで先導なりしているのか、残念ながらカルミネにはわからなかった。

 ただ、歩きながら聞いたアンナリーザの話があまりに重く、上手く飲み込めなかっただけだ。既にカルミネも、人とは思えない音を出すリビングデッドも、噛まれる寸前に嗅いだ腐敗臭も知っている。

 故に、アンナリーザの言ったことが真実なのだろうとすぐにわかった。

 たしかに王都から預かった遺体が原因で、聖都が壊滅の危機だなんて、言えるはずがない。そもそもその時点で遺体が仮死状態だったということを見抜けなかった神官は、もしばれたら最後、どれだけ聖都の人間たちに恨まれるか憎まれるか、わかったものじゃなかった。

 そして。アンナリーザが侵入してきた死霊使いを止めきれなかったこと。これはどうやって止めるのが正解だったのかはカルミネにもわからなかったが。どうしてアンナリーザの行動があまりにも刹那的なのか、ようやくわかった気がする。

 聖女だから皆を守る。これ以上死なせたくない。

 その綺麗事を取っ払ったあとに残るのは、死なせてしまった人たち、目の前でリビングデッドにされてしまった人たちへの懺悔だ。

 カルミネが唇を噛み締めて、廊下に視線を落としている中。


「……それ、変ですねえ?」


 シェンツァがぽつんと言う。

 それにアンナリーザは先導する彼女の黒髪を見た。


「変って? 私が死霊使いの仮死状態を見抜けなかったこと? それとも、王都から遺体が送られてきたこと? それは今までにもよくあったことだから……」

「そこなんですけれど。少なくとも、私は聖女様に今話を伺うまで、カタコンベで行われているお清めの話を知りませんでした。やっていることは知っていましたが、どういう段取りなのかまでは、聖都に出向かない限りは知りません。ですけどその死霊使い、わかっていなかったらそんな呪いも仮死状態も意味なかったのでは? もしカタコンベ以外の場所で解呪が行われてしまったら、仮死状態も意味がありませんよね? 他国の神殿の教義では遺体は火葬するのが主流だそうですが、もし神殿でそれを行ったら、本当に死霊使いは死んでいましたし、皮膚にリビングデッドの術式が刻まれていたのですから、これではスケルトンにはなり得ませんよね?」

「まあ……たしかにそうよね」


 アンナリーザが難しく眉を寄せる。

 カルミネは訳がわからず、シェンツァに尋ねる。


「ええっと……つまりはどういう……?」

「ルーチェを陥れようとした方が、死霊使いの遺体を聖都の神殿でお清めの依頼をしたということです」

「なっ……そ、そいつは、本気でわかってんのか!? そんなことして、聖都がどうなるかっつうのを……!」

「あーあーあーあー……なあるほどね。ほんっとうに、ばっかみたい」


 カルミネの悲鳴のあと、アンナリーザは唐突に錫杖を持ってないほうの手で自分の顔を、ぐにゃりと掴む。


「え、ええっと……聖女様?」

「……自分の馬鹿さ加減を悔いているのよ。とりあえず、シェンツァ。そちらで合ってる?」

「はい、こちらが魔道具倉庫です」


 しばらく廊下を歩いて行った先。そこには鍵がぶら下がり、更にその上に封印のアミュレットまでぶら下げられた大きな扉が存在した。

 なるほど、宮廷魔術師以外、ここに務める騎士たちですら立入禁止の場所なのだろう。

 シェンツァは手早くアミュレットに手を当てると、封印を解除した。続いて自身の持っている鍵を回して外す。


「おふたりとも、早く。もうしばらくしたら、聖都に向かう交替要員の班がいらっしゃいますから、今の内に重宝を」

「ありがとう。さあ、カルミネ。行きましょう」

「は、はい……っ」


 中に足を踏み入れると、そこいらの棚にきらめく宝石やら、訳のわからない壺やらが、丁寧に箱に入れられて封印を施されているのが目に入る。酒場でたむろしている冒険者たちが見たら、間違いなく卒倒するだろう代物が、そこかしこにあるのだけはよくわかる……残念ながら、カルミネにはそれらがどれだけ価値があるのかを判断する術はないのだが。

 シェンツァはしばらく歩いてから「こちらです」と言って、手早くかけられた封印を解いて、箱を開く。その中には、カルミネが見たどうみても皿にしか見えない……重宝が存在していた。

 それを見た途端、アンナリーザはガバリとシェンツァに抱き着く。シェンツァが抱き着いた途端に重宝を取りこぼしたので、慌ててカルミネはそれを受け止める……万が一重宝を聖女が割ったなんて醜態が広がったらどうなるのか、心臓がいくつあっても足りない自信しかなかった。


「ありがとう! 本当になにからなにまで……」

「わ、私はそれでかまわないんですけれど……ですけど、いったい聖女様は、お連れ様とどうやって、聖都まで戻るつもりで……? 結界だって、他の宮廷魔術師の班が張っています……今晩が山場だとしたら、余計に警備は厳重かと……」

「ううん、その必要はないわ」

「えっ?」


 シェンツァからようやく体を離すと、アンナリーザはカルミネが持った重宝に手を当てる。カルミネはちらりとアンナリーザを見ると、気のせいかパサついた髪に光が戻り、体全体に滲み出ていた彼女の疲れが抜け落ちていくように見える。

 魔力がみなぎる……ましてや人より多い聖女の魔力がみなぎるというのは、こういうことなのかと、今更ながら納得した。

 本調子の聖女を、今の今まで見たことがなかったのだから。

 魔力供給を終えたアンナリーザは「ありがとう、しばらく持ってて」とカルミネに言うと、錫杖をかまえる。


「……どうせ、私たちが逃げ出したことに、もう騎士たちも気付いてるでしょうからね」


 その不敵な言葉に、カルミネの喉はヒュンとなった。

 ……今度はリビングデッドではなくて、人間と追いかけっこの時間のようだ。

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