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泣き笑いの夜

今日は随分と濃い1日だったな……

アクアはベッドに仰向けになって一息ついた。

あの後、ベリルとローズが部屋から出てきてから、すぐに屋敷に戻り、夕食などを済ませて今はもう寝る前だった。


階段から落ちて転生した事実に気づき、ローズの初恋のために街に降りれば、まさかの第一王子の登場。



正直、転生したと気づいた時よりも第一王子と会った衝撃の方が大きかったような気がしなくもない。


何度生前の記憶を辿っても、あの時に第一王子が登場するのは設定通りではない。しかしこれは、雪乃がアクアに転生してからの行動が影響した可能性が高い。


家族揃っての夕食の時間、聞き忘れていたローズと第一王子の婚約のことが気になり、父に今日は何をしていたか、聞いてみた。


やはり私達が街に降りた後、王宮に行き王と婚約の話をしたらしいが、王子不在のため今回は保留となったらしい。


アクアは、潰しそびれたローズの不幸の種が何とかなりそうで聞いた時は内心、踊り出しそうなほど喜んだ。


ローズも、ベリルへの恋?で王子様への憧れが現実に向いたようで、婚約はまだいいとお父様に言っていた。この分なら、婚約の話はなくなりそうだ。


ローズを幸せにする上での問題は解決しつつあるが、アクアは部屋に戻って事の重大さに気づいた。

本来ならばお父様は午前から王宮に行く予定だったため、婚約が結ばれるはずだった。


しかし、アクアとローズの転倒でそれが遅れ、王子不在という状況が生まれた。まぁ、とうの王子は街にいたのだが……


これらは、雪乃がアクアに転生して本来とは違う行動をとっているから起こっていると考えるのが妥当だ。そう考えると、アクアの一挙一動によってこの先の展開が大きく変わるということになる。


今回の王子登場もアクアの行動が影響して、本来とは違うことになっているので、アクアは予測出来なかった。これからもあまりに本来と違う行動をとれば、予測していなかった事態が起こる可能性が高い。


今回はいい方に転んだが、いつ悪い方に転ぶか分からない。

今の所はローズに悪い方には進んでないし、これからはゲームの設定通りに動いた方がいいかな……


今後の方針を改めて自分の中で固め、生前とは違う子供の小さな手を天井に向けた。日焼けをしたこともなさそうな白い手が視界に入る。白魚のような手ってこういう手のことを言うんだろうな……


だが、アクアは男装令嬢になった後騎士学校に入学するため、設定通りいけばこの手も綺麗なままではないだろう。

髪も短くなって、中性的な感じになるんだよね……

サポートキャラにしては多いアクアのスチルの数々を思い出す。


バサッ!


アクアはハッとして体を起こした。

「髪、まだ切ってないじゃん……」


設定通りにいこうと方針を固めたが、肝心なことを忘れていた。アクアは急いでセリアを呼んだ。


「どうされました?お嬢様。」


「ちょっとお願いしたいことがあってね……髪を切って欲しいなって。」


「確かに大分伸びて来ましたね。そろそろ切ってもいいかも知れません。どんな風にされますか?」


アクアは自分の事のようにワクワクしているセリアに心の中で謝った。

ごめんね、セリア……絶対、何言ってるんですか!?と言われる気がするけど。


「うん。肩につかないくらいに切って貰えないかな?」


セリアは髪を切るためにハサミなどを用意しようと張り切っていたが、ビシリと固まった。


だよね〜。セリアならそうなるよね〜。


この世界では女性はどんなに短くても肩に着くほどの長さにしかしない。前世でも髪は女の命という言葉を聞いたけれど、この世界の女性(特に貴族)はその比ではないほど髪を大事にしている。


「セリア……?」


声をかけると、セリアはハッと意識を取り戻したようだったが、俯いてしまった。若干震えているような……?


心配になりアクアはセリアに近づこうと1歩ふみだした。しかし、それ以上進まないうちにセリアとの距離が一気に縮まった。


スタスタスタスタと決して大きくはないが、存在感を主張する足音を立てて物凄い速さでセリアの方が近づいてきたのだ。


そのままガシッとアクアの肩を掴むと


「……お嬢様!?一体何を考えてらっしゃるんですか!?

いいですか!?髪は女性にとって体の1部なんです!

人によっては切る事さえ嫌がるものなんです!!

それを肩につかないほどに……?他のご令嬢たちに何と言われることか!

馬鹿にされることだってあるんですよ!?」


「いや、その……」


アクアは考えを言おうとするが、どもっているうちに次の言葉が飛んで来る。


「大体、今までだって!

今朝は、体に傷が残るのではないか、というほどのことがあったにも関わらず、お嬢様は理由も言わずに街に降りてしまわれて!

セリアは今日どれほど心配していたことか……!?」


「うん、ごめん……でも、」


「セリアには……セリアには、お嬢様の考えていることが分かりません!お嬢様は理由も言わずに何も決めて、私の言うことなど全く気にして下さらない!

理由くらいは、仰ってくださってもよろしいでしょう!?」


セリアは、そこまで言うと肩をつかんでいた手を離して、黙り込んでしまった。こちらを見つめるその瞳には、涙が今にも溢れそうなほど溜まっていた。


まさか、ここまで思い詰めていたとは……


「セリア、ごめんね……私セリアに甘えすぎてたみたいだ。ちゃんと髪を切りたい理由を話すよ。ごめんね。心配かけて……」


これまでのアクアの記憶からセリアがどれほど心配性か分かっていたのに、不安を煽るようなことばかりしてしまってる。


「いえ、グスっ……私のほうこそ取り乱してしまってすみませんでした。ですが、…ッ、相談くらいはしていただきたいのです。頭から否定するつもりはございません。お嬢様の真意を出来るだけわかった上でお手伝いしたいのです……お嬢様?どうして泣いてらっしゃるのですか!?すみません!強く掴みすぎましたか!?」


自分でも涙が出ているなんて、気づかなかった。

本当は急に転生なんて不安だった。本当は、ローズのことより自分のことの方が気になってた。でも、1度気にし始めたら、止まらない気がした。


アクアとして振る舞う余裕なんてなく、大声をあげて泣き出してしまいそうだった。

まさか、セリアに気付かされるなんて……過保護もここまでくると感謝かな……


アクアの涙をみて慌て出したセリアが、必死ななアクアの体を確認したり、アクアの表情を確認するのをみて、アクアの顔には笑みが浮かんだ。それは、ローズや他の人を安心させようとして作る笑みとは違う。

安堵の混じった、心のままに表れた子供らしい笑みだった。


「まさか、今朝の転倒の時本当は怪我を……!?でも、怪我は見当たらないし……?

もう……どうして笑ってらっしゃるんですか?お嬢様。」


顔をあげて、アクアの心からの笑みを目にしたセリアも、心配の表情から笑みをこぼした。


「セリアは、どうしてばっかりだなぁ…?ッ、グスッ。」


「それは……お嬢様が突拍子もないことをいきなり言い出してしまわれるから……」


アクアとセリアの2人は、まだ若干の明るさのあった空が真っ暗になってしまうまで泣き笑いながら顔を合わせていた。


その夜、屋敷のほとんどの者が寝てしまったころ、アクアの髪は肩よりも短い位置で、セリアによって綺麗に切りそろえられのだった。



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