前世の記憶
『Polir Bijou』
雪乃が制作に関わっていたスマホゲームである。暗闇の夢で自分の体はもうないと言われていたので、雪乃は一度死に、そのゲームの世界のアクアに転生したと考えることにした。まぁ、転生だよね。
昨日まではいつも通り自分の務める企業に出勤していたはずだが、はっきりしない部分もあるので、まず雪乃として生きていた時のことを思い出そうと思う。
高橋雪乃は、中流家庭の出身で両親の仲もそこそこ、1人っ子でどこにでもいるような普通の子で、小学校から大学まで地元の学校に通っていた。
変わったことと言えば、雪乃は地元の4年制大学に通った後、人気のある大企業に就職したことくらいだ。芸術系統の学部の多かった雪乃の大学は、イラスト、服飾、文学などの学部があり、雪乃は文学部の中でどんな職業に就くかすら、悩んでいたような学生だった。
それにも関わらず、良い企業に就職できたのは在学中に強制で書かされた小説が偶然、大賞をとっていたからだった。
本格的に小説家を目指している学生もいる中で、普段から適当な感じの雪乃はしばらくの間微妙な視線を向けられた。
あの人、実は凄かったの?
影で努力してたんじゃない?
いや〜、あの人そんな感じじゃなくない?
たまたまじゃない?
聞こえてくる会話も大体こんな感じだった。普段の行いが適当だと、いざという時、こんなに残念な状況になるのか、と痛感した。
実際、大賞をとった小説は内容を考えたのは雪乃だが、表情や文章については教授や他学部の友人などからかなりアドバイスを貰っていたので、雪乃だけの作品とは言いがたかった。
しかし、書いたのは雪乃で、アドバイスを貰うことは禁止されている訳でもなかった。むしろ、少なかったが親切な大学教授はぜひ聞いてくれと言っていた。
小説や、ファッション、絵などの作品を作る人達は個性を大事にする傾向がある。これが、私の作る唯一無二の作品だと示すことを重要視する人が、本気で目指している人ばかりならば、そうであるほど多い。
それは、"作品を作る”という正解のない世界ではもちろん必要なものである。
だからこそ、小説を書く時に教授からアドバイスを貰おうとする生徒も少なかった。雪乃はそれもあって、その時若干後ろめたい気持ちになったのを覚えている。
大賞をとった後、アドバイスをしてくれた親切な教授からいい企業に挑戦することを勧められた雪乃は、それを断ることも出来ず、最近人気のゲー厶を制作する大手企業に面接を受けに行くことになった。
大手企業の面接など考えてもいなかった雪乃は、すぐに他学部にいる高校生の時からの友人に相談した。友人は面倒そうに話を聞いた後に適当な返答をした。
「そんなに周りのおかげで賞がとれたって思うんだったら、そういうこと言えばいいんじゃな〜い?
ゲームの制作も1人で企画して作るんじゃなくて色んな職業の人が関わってるんでしょ?」
「うん……?」
「だから〜、イラストレーターの人とか、プログラミングする人とかも関わってるんでしょ?その人達への感謝を〜的なこと言ったら?」
「?あ〜なるほど。そういうことね。」
「じゃ、それでいけ。とりあえず間を作らず話しなさい。そしたら受かる。
まぁ、そんなに周りのおかげって謙遜する必要ないと思うけどね〜?
……あんただってめっちゃ本読んだりして勉強してたんだし……」
友人、梨花はこの話になるといつも私をフォローすることを言ってくれる。賞をとった時も周囲が微妙な視線を送る中、そんなこと関係ないと私を大絶賛してくれた。おめでとう!の言葉も友人の少なかった雪乃に言ってくれたのは梨花くらいだった。
「なんかさ〜、本気で目指してた子達を見てるとね
こんな微妙な心意気な自分がとったのが申し訳なくてね。」
「はぁ〜。何度も言ってるけど、作品を作って、それをいいって評価してもらえるなんて運があってこそよ。あの賞だって、決め手はその時評価する人の好みだったとかそんなもんよ。
今、有名な人達だって運良く、自分の作るものが世の人の好みと合ってるだけ。賞とれなかったぐらいで諦めるなら、そこまでってことよ。運も実力のうち、って言うでしょ?」
ため息をついた後、梨花の口からどこで息をしているのか分からないほどスラスラと言葉がでてきた。
さすが、務めたかった企業に自らプレゼンの約束を取り付け、その巧みな話術で見事新入社員の座を勝ち取っただけある。
まあ、ここまでの度胸がある人の方が少ないだろうが……
「あはは〜、だよね〜。とりあえず適当に頑張ってくる〜。」
若干わざとらしい笑いになり、梨花が不機嫌そうな顔をしたが、いつも通りにいくと伝えると、納得したようだった。
結果、私はその企業に内定をもらい、そこに昨日にまで務めていたのだった。
その企業では、雪乃の配属された企画部がまず新しいゲームの案を出し、詳しい所まで決めることになっていた。
企画部の中にはシナリオライターの人も含まれており、大体のストーリーもそこで決めてしまう。その後プログラマー、イラストレーターと話しあい、ゲームのシステムやキャラクターについてもさらに詳しく決めて作っていく。
企画部は22人、4人がシナリオライターで他18人が企画のための案だしなどを行う。もし、シナリオライターの方達も案がある時は案だしをする。と言った感じだった。
新しいゲームの作成が決まると18人が2人組の9ペアに分かれ、4ペアはまだ配信しているゲームの方を担当し、残りの5ペアが新しいゲームの案を考えてプレゼンの準備までを1週間で行う。というのが基本であった。
しかし、その企業は人気が無くなると早々に配信を止め、次の企画を、と言ってくるので、複数のゲームを同じ時期に企画したり、配信することも多く基本通りにいっていることの方が少なかったが……
新入社員のうちは配信後の毎月イベントを企画したりとかなりハードだったが、入社3年目からは新作の企画も先輩の手伝いだが、行うこととなるため、もっとハードだった。最初のうちは寝る間もなかった……
さて、雪乃も入社5年目、27歳の頃に自分の企業を先輩として手伝われる側で企画することとなった。5ペアのプレゼンしたものから1つが選ばれるのだが、雪乃の最初の企画は通らなかった。その次もだ。
そして念願かなって雪乃の企画が通った。その時通ったのが『PolirBijou』だったのだ。
舞台は剣と魔法が使われる世界で、ヴィランティア王国の貴族が中心となる。登場人物はそれぞれに宝石のイメージをつけられており、名前に宝石の名前がついていた。
伯爵令嬢である主人公ダイアナ•ディールモンドは、生まれつき魔力が強く、体調を崩しがちで魔法を使える貴族ならば皆が入学する学園に通うことも出来なかった。
しかし、13歳になった時、学園に通っているという青年がディールモンド領を訪れる。魔法の扱いは得意だというその青年にダイアナの父が頼み、ダイアナは魔力の扱い方を習うことになる。
その後、通常通りに生活できるようになったダイアナは少年から魔法が好きなら学園に今からでも転入するように勧められたダイアナはヴィランティア学園に2年生から転入するのだ。
そこで攻略対象であるキャラクターと出会っていく……
というストーリーだった。
雪乃が考えたキャラクターの中で最も推していたのは、主人公のダイアナではなく、悪役令嬢であるローゼライト・ルーデストだった。そのため最初は雪乃はローゼライト、ことローズを悪役にする予定ではなかった。
では、なぜローズが悪役となってしまったのか?
その原因は、企業の方針だった。
雪乃が憎むこの方針とは、配役を決める前にホームページでキャラクターの"配役以外”の性格やキャラクターデザインなどの設定を軽く公開し、人気投票を行い、それを考慮して配役を決めるというものだった。
性格とキャラクターデザインだけで人気投票などふざけていると思われるだろう。実際、雪乃も他の社員も思っていた。
しかし、その人気投票を元に配役を決めて、実際上手くいっていたのだ。やはり、少ない情報でも惹かれるキャラをメインにした方がいいということなのだろう。
そして、この問題の人気投票で企画側(主に雪乃)にとっては予想外の結果が出た。男性キャラと女性キャラに分けて行った人気投票では、
なんと女性キャラ1位に男装令嬢アクアマリン・ルーデストがランクインしたのだ。しかも、圧倒的票数でだ。
確かに、雪乃が1番に理想を詰め込んだローズほどではなかったが、2番目に力を入れたのはその姉アクアだった。だが、そこまでの男装令嬢人気は予想はしていなかった。そのため、ダイアナ、ローズ、その他の女性キャラの票数は伸びず、必然的に女性キャラの中から悪役を決めることとなったのだ。
悪役令嬢となるようなキャラはローズ以外に、もちろん用意していた。雪乃の中では、サポートキャラとしてローズを登場させるはずだったのだ。しかし投票の結果、サポートはアクアしか有り得ない状況になってしまったのだ。
人気投票を終え、ついに配役決めを行うという会議で、ローズと雪乃が悪役として用意していた別のキャラのどちらを悪役とするか、が最後に話し合われた。
その時、雪乃はローズが悪役になる決定を変えることは出来なかった。理由は初の企画の用意による寝不足からまともに話を聞いていなかったことだった。最後に抗議をしていれば変わったかもしれないが、眠さから半分意識を失っていた雪乃はその時を逃してしまったのだ。
会議室を出た瞬間自分の頬を力強くひっぱたいた雪乃を見た周囲は気合いを入れていると勘違いしていたが、雪乃をよく知る同僚、一緒に企画したペアの後輩は会議の結果を聞いて、雪乃が内心血の涙を流していることを察し、飲みに誘った。
会議の次の日、最大の失敗を犯した雪乃は泣きながらローズを悪役としたストーリーをシナリオライターと考えることとなったのだった。
__そうして、雪乃の推しローズは悪役となった。