なぜ攻略対象じゃない
天気のいい昼下がり、アクアは大聖堂を訪れていた。
月に1度、訓練などのない休日があり、今日はその休日だった。
タルクから告げられた神の存在、本当に会えるのか疑問には思うが、彼がそんなくだらない嘘をつくはずもなく、恐らく会えるのだろう。
王都内には教会と大聖堂が存在している。本来ならば、大聖堂さえあれば問題ないはずだが、貴族と平民の両方が訪れることを考慮すると、分ける他なかったようだ。
分けるまでは、くだらないいざこざが頻繁に起こっていたようだし、国王が新たに建てた教会は十分に意味のあるものだ。
どこにでも、高飛車、高慢な貴族というのはいるもので、神の御前とされる場であろうとその態度は変わらないらしい。
大聖堂には貴族が、教会には平民が、という風に分けられているため、大聖堂内に踏み込んでも仕立てのいい服を着ている人しか見かけなかった。
大聖堂には、そこで神に仕える者達も生活しているため、大という文字がつくだけありかなり広い。
セリアに事前に聞いた限りでは、大司教と呼ばれるこの教会のトップも生活しているらしい。
確か、祈りを捧げればいいんだよね。
アクアは幼い頃の記憶を辿りながら祈りの場に向かった。
記憶にあるうちでも、大聖堂を訪れたのは3回ほどだ。
確かこの通路を右に行けば…
角を曲がるところで唐突に人影が現れた。
やばい、ぶつかる!
アクアは思わず目を瞑り、身を固くした。
思っていたほどの衝撃はなかったが、相手に飛び込むような形になってしまった。
ふわりと石鹸の香りがした。
「わ、すみません!」
急いで体制を整えて相手を伺う。
「気にするな。」
張りのあるバリトンが耳に心地よい。
目に入ったのは艶のある長髪だった。ラベンダーのような優しい色合いのそれは淑女を思わせるが、相手は紛れもない男性だった。
「大司教…」
男に連なる3人のうち1人が何やら耳打ちした。
そう、先程ぶつかり目の前にいるのは、この国の宗教面でのトップ大司教だった。
アクアの記憶がなければ、また、この男の声を聞いていなければ、女性だと思っていただろう。
女性だったならば、傾国の…と呼ばれていそうなほどの美貌だ。
しかし、残念なことに彼は攻略対象ではなかった。
ゲームでは影でしか出てこないような人達がどうしてこうも美形なのだろう。
この世界の謎は深まるばかりだ。
「ルーデスト家の長女か。」
問いかけというよりは、確信のある確認だった。
耳打ちされた情報は恐らく私のことだったのだろう。
「はい、そうです。ルーデスト家長女、アクアマリン・ルーデストと申します。エイデン大司教様。」
咄嗟に貴族の礼をとった。
教会ほど敵に回すと面倒な存在はないのだ。目の前にいるエイデン大司教はまだ話の通じる方らしいが、歴史の中では王でさえ抑えることができないこともあったくらいだ。
「顔を上げろ。そう堅苦しい態度をとる必要はない。」
ありがとうございます。と告げアクアは立ち上がる。
沈黙が流れる。
…え?なんか凄い見られてるんですけど?
何回チラ見しても目が合うんですけど!?
「…君、少し時間はあるか。」
「え?…あ、はい。ありますが…」
「そうか、ならついてこい。」
そういうと、大司教はアクアの横を通り過ぎ歩いていってしまう。
なにそれ?いや時間があるかないかで言われればあるよ。会えるのかも分からない神に会いに来てるくらいだからね。
一体どこへ連れて行かれるというのだ。大司教との面識なんて、まだ歩けなかったころ以来なんですが!?
「すみません、大司教が説明をなさらないので戸惑ってしまいますよね。恐らくお茶でも飲みながら少しお話したいだけなんです。ついてきて貰えませんか?」
先程耳打ちしていた男の人が申し訳なさそうに頼んできた。
「あ、はい。」
どうやらついていく他ないようだ。
✧
連れられるままに歩いていくと、ある部屋の前に着いた。
歩けば歩くほど、すれ違うひとが、貴族から聖職者の証であるローブを着ている人に変わっていたことを考えると、恐らくこちらは彼らの生活範囲なのだろう。
どうしてそんな場所に自分が?
案内されるままに目の前の部屋へとはいり、用意された椅子に座った。
大司教について来ていた人は何故か部屋を出てしまい、茶器の準備だけが整った状態で仏頂面の大司教と2人きりだ。
気まずすぎるっ!
というか、なんで微動だにしないの大司教?
あれ?これ私がお茶入れるの?またこのパターンなの?
どうするべきか分からず俯いていると、先に動いたのは大司教だった。
実に優雅な手つきで茶器に手を伸ばしたかと思うと、その手は茶器の上で右往左往している。
これはまさか…淹れ方が分からないのか!?
何その無駄に優雅な動き!見とれちゃったよ!
「あの、大司教様。私がお茶を淹れても宜しいでしょうか?」
「…ああ。頼む。」
ちょっとー!大司教気まずそうだよ!ちょっと肩身狭そうだよ!
さっき耳打ちしてた人お茶まで淹れてから出ていってあげてー!
心の中で先程出ていってしまった人達に恨み節を言いながらお茶を淹れた。
「…美味いな。」
アクアは思わず目を見開いた。今、笑った?ふっ、て効果音つきそうな感じで笑ったよね。
だから何なのその無駄な演出は!どうして攻略対象じゃないんだぁ!なんかもう悔しいよ、制作者として!
「そ、それなら良かったです。」
何となくやるせない気分になりながら、自分もお茶を飲んだ。
「あの、私は一体なんのために…」
「ああ、そうだったな。君がルーデスト家の次期領主となるだろうと耳にした。それは事実か?」
「あっはい、そうです。」
「そうか。」
そしてまた沈黙。
え、まさかそれが聞きたかっただけじゃないよね!?
き、気まずい。
とりあえず、お茶飲んどくか。
「君は…」
「あ、はい。」
「女性の聖職者の存在をどう考える?」
「え…?」
「今の教会は、司教、司祭、助祭に至るまで男が務めている。その現状に思うことはあるか?」
ああ、男はこうあるべきで、女はこうあるべき。という典型的な考えについてということか。
この世界では、大きく職業に現れているといえるだろう。何事においても大体トップは男であり、女はその補助をして、家を守るのだ。
「私は女性がいて良いと思います。その、なんて言うか。教会だけじゃなくて、例えば大工なんですけど…一般的に男性の方が力があるから男性だけの職業になっています。
でも、力が弱い男性だっているし、反対に力が強い、とか風魔法が得意な女性だっていてその人達なら男性と変わらず仕事は出来ると思うんです。
出来るんだったら、その職業につくことに何ら問題はないので、もっと男性でも女性でも色んな職業につけたらいいなって…」
あれ?なんか言ってること分かんなくなってきたな…
チラリと大司教を伺ってみる。
うん、相変わらず美しい仏頂面ですね。
どうしよう、これ伝わってないかな。
「私も…そう思っている。」
「…え?」
「君の意見に同意する。」
大司教は笑っていた。お茶を飲んだ時のように穏やかに。
「あ、えと、ありがとうございます?」
「君は、私に聞きたいことはあるか?」
えー、唐突ー!
いや、あるとも。その美貌は生まれつきですか?とか大司教って何するんですか?とかどうでもいい質問だけならいっぱい浮かぶ。
でも、これ多分、君が答えた分私も答えよう的な感じだし、出来る質問は1つだよね。
ここは慎重に…貴族としていい感じの、何か…
質問を考えながら大司教の方を見る、それにしても本当綺麗な顔してるな。
「何歳なんですか?」
大司教の目が見開かれた。
あれ?今私何言った!?
「あ、あの間違えました。本当はもっとちゃんとした質問を考えてて、でもふと大司教様を見たらあんまり綺麗な顔をされてたので、つい口をついて出てしまったというか、何というか…」
うん、つい焦って言い訳してるけど、これ言い訳になってないな。
「くっ、はは。そうか…いや構わん。ふっ、歳くらいはいくらでも教えよう。」
えー、笑っていらっしゃるー。物凄く綺麗な顔で笑っていらっしゃるー。
「私の歳は19だ。」
「…わ、お若いですね。」
ん?というか、若すぎでは?
「大司教というのは代々神のお告げにより指名される。交代のタイミングは先代しだいだ。先代は早いうちに隠居をしたがってな、お告げがあってすぐに私を見つけ出し、交代を宣言したのだ。」
ええー、そんな理由でー。結構苦労性じゃん、エイデン大司教。
「それは、中々大変そうですね。」
「まあ神のお告げによって一方的に大司教になるのだから、放浪癖のある人間には辛いだろうな。」
先代、放浪癖あったんだ…。
「ところで、君は何をしに大聖堂に?」
「あ、神に祈りを捧げに来たんです。ちょうど祈りの場に向かっていて…」
「そうだったのか。引き止めて悪かったな。」
「いえ、急ぎではなかったので。でも、ずっとお邪魔する訳にもいかないので、ここら辺で失礼します。」
「ああ、そうするといい。」
「今日はありがとうございました。」
「いや、礼を言うのは私の方だ。」
はい沈黙。本日3回目だろうか。
「…また一緒に茶でも飲もう。次は私が淹れる。」
あ、やっぱり気にしてたんだ。
エイデン大司教はこちらを時どきチラ見してくる。
何だそれ。ずっと思ってたけど…ギャップ萌えかよ!
今日だけでエイデン大司教の株上がりまくってるよ!
「はい、是非。」
正直悶えそうだった。でも、引かれるから我慢した、必死に。
私が笑顔で了承したのを確認してエイデン大司教は仏頂面を少し柔らかくしていた、気がした。
「その時は手紙を送る。では、また会おう。」
「はい。また。」
エイデン大司教との会話を終えた私は部屋を出て、部屋の前で待機してくれていた人達に挨拶をして、祈りの場に向かった。
✧
丁寧に挨拶をして去っていく、今話題の少女、見た目は少年だが…、を見送って大司教の部屋へ一声かけ入った。
司祭として、大司教の傍に仕える人間は僕を含め3人いる。大司教の交代ごとに我々も交代し、現在エイデン大司教に仕えているが、今までにない大司教の行動に今日は驚かされていた。
「おい、ハルツ。」
部屋の主は相変わらずの仏頂面で僕を呼んだ。
「どうされました、大司教。」
「茶の淹れ方を教えろ。」
「…え?」
大司教が腰掛けているテーブルには、お茶が入ったカップが2つ並んでいる。
大司教が早く出ろという視線をやけに送ってくるので、仕方なく茶器だけ用意して部屋を出た。
この方も大司教になって早いもので3年が経っている。今までにない若さでの就任に一時話題となったが、今は立派に大司教としての務めを果たしていらっしゃる。
この方ももう大人、茶の淹れ方も知らぬ間に覚えられたのだろう、と思い部屋を後にしたのだ。
しかし…今の発言からどう考えても、あのお茶を淹れたのは彼ではない。
では誰か。答えはすぐに分かる。アクアマリン・ルーデスト嬢、先程去っていかれた彼の方だ。
「まさか、そのお茶アクアマリン様に淹れて頂いたんですか!?」
「ああ、そうだが。」
大司教はそれが何だ、とでも言うような返事をなさる。
「なんてことだ。いいですか、大司教!普通の令嬢はあの歳でお茶は淹れられないんですよ!」
「あれは、淹れていたぞ。それに美味かった。」
「アクアマリン様は特別なんです!というか、ルーデスト家が特別なんです!」
「そうか。だが、私だって淹れようとはしたぞ。」
だが、淹れ方が分からなかったのだから仕方ないだろう。と続ける大司教を見ていると、まるで教えていなかった自分が悪いような錯覚を覚える。
「だから!あれ程貴族における常識なりなんなりを学んでおいて下さい、と申し上げたじゃないですか!?本もお渡ししましたよね!?」
「ああ、あれか。面倒だったからどこかにやった。」
「なんで!?」
「まあ、今少し覚える気になっているから良いだろう。教えろ。」
「もう、僕は貴方が心配ですよ。今までの対談やら何やらで僕達がついていない時に何事もなかったことを願いますが…」
他2人もうんうんと頷いている。
「何も起こっていないから、問題ないだろう。大体お前がついていなかったことなど片手で数える程しかないだろう。」
「そうですけど!!ああ、貴方が就任された頃から傍に仕えていますけど、もっと厳しく指導しなかったことをこれ程後悔したことはありません。」
「そうか。」
そうかじゃない!と言おうとしたが、他の2人に止められた。
2人はもう諦めているらしかった。
「次は私が入れてやると約束した。」
「次!?次があるんですか!?」
一体どんな心境の変化なのだろうか。貴族というものにそもそも興味のないこの方が、好んで次の約束など…
「熱でもあるんですか?」
「「それ、失礼だと思う。」」
2人に突っ込まれてしまったが、そんな2人も驚いている様子だった。
アクアマリン様、一体貴方は何をなさったんですか?
そう彼の方に聞いてみたかったが、あの面倒臭がりの大司教がちゃんと学んでくれるというのだから、まあいいか、とも思うのだった。




