厄介な司書
ベリルの案内もあって図書館へは無事に辿り着くことが出来たアクアは父親のことが気になると帰って行くベリルの背中から目を離し、件の図書館を見上げた。
我がルーデスト寮の図書館は国内で2番目の大きさを誇るものだ。外観から豪華さは感じられないが、一般に公開している割にその空気感は高尚なものだった。
でかいなー
まだ10歳の体では身長も高くはないため、アクアには図書館がより大きく感じられた。
先程まで隠れて護衛をしていた騎士を連れて両開きの大きな扉に続く階段を登った。
扉は以外にもその大きさに反して簡単に開いた。
中に入ると、本特有の匂いがアクアの鼻を掠めた。
さてと目的の司書さんはどこかなー?
深呼吸をして図書館の中を見回した。大きな本棚がいくつも並んでいて、歩いて探し回らなくてはいけないように思えた。
これは、骨が折れそうだな。
護衛の人に離れて探してもらう訳にもいかないし…
受付は近くに見えるけど、人はいないし。
入口近くにはいくつかの広い机と椅子が置かれていて、本を読むためのスペースが作られていた。
その奥には本が隙間なく並べられた棚がひたすらに置かれている。
まぁ、入口でボーッとしてたって仕方ないか。
アクアはふっと一息つくと本棚へと向かった。
適当に本の背を眺めながら歩いてみたが、目的の人物どころか人がそもそも見当たらなかった。
とりあえずまっすぐに進んでいたが、4つ目の棚を通りすぎると行き止まりだった。色褪せた壁が視界に広がり、アクアはそのまま右に進んでみた。
このままいけば、とりあえずこの図書館の隅に辿り着くかな。
図書館は上から見れば横長の長方形となっている。
アクアと護衛の決して大きくはない足音だけが響く。規則的な音が数分響いた後、アクアのまた行き止まりに辿り着くという予想は外れた。
入口近くに本を読むスペースが作られていたが、また同じようにスペースが作られていた。
といっても先程のように開放的ではなく、どこか隠れ家のような雰囲気が漂っていた。
階段によって繋がれているそこは、階段を数段降りた所にあり、アクアは見下げる形になっていた。
置かれているのも椅子ではなく1人がけのソファ2つに机1つであり、近くに嵌め込まれた磨りガラスの窓から淡く光も差し込んでいる。
いわゆる穴場といったところだろうか。
綺麗、なんだけど…
その光景は華々しさに溢れてはいなかったが魅力的であり、アクアを引きつけるには十分であった、がしかし、そこにいる1人の人物によってアクアに本来起こっていたであろう感動は流れてしまった。
亜麻色の髪をした青年が微笑みを浮かべて本を読んでいるのだ。
恐らく、この人だよね。
私もう気づかれてもいいはずなんだけど、ちっともこっち見ないし。
その変わり者具合が何か、この人なんだろうなって感じだわ。
ベリルから亜麻色の髪をしているということも聞いていたので一致している。
そんな髪色ありふれていますが、とベリルから聞いた時は思ったが、意外にも分かるものだ。
この人が例の司書だろう。
さすがイレギュラーを起こしている人物と言うべきか、顔面の完成度が高い。
そして、まだ気づかれない!
いや、これはむしろ気づいた上で無視されているのだろうか。
「あの、この図書館の司書さんですよね?」
数秒の沈黙の後、その青年はゆったりとその顔をアクアの方へと向けた。
「…よくご存知で。ただ本を読みに来ている者の1人だとは思われなかったのですか?
可愛らしい貴族のお嬢さん?」
青年の瞳がやんわりと細められた。
が、その瞳は心からの疑問、微笑みをたたえてはいなかった。
一般人にはどうしたって見えない言動、姿をしておいてよく言うよ。
しかも、こちらの正体はわかっているぞ、という牽制までご丁寧にくれちゃって…
さすがは元商人、腹の探り合いでは勝てそうもないか。
「平民に見せるつもりはないようでしたので。」
アクアの瞳は自然と剣呑としたものとなる。
しかし、青年は依然として余裕のある様子を崩さない。
ふっと一息つくように笑うと、アクアからは目を逸らさず、開いたまま手に持っていた本をトンと軽い音を立てて閉じた。
「中々手厳しいですね。平民であることに変わりは無いのですが…何か私に御用でしょうか?」
「ええ、貴方への質問が山ほどあるもので。包み隠さず全て聞かせて頂こうと思いまして。」
「なるほど、それは興味深い。しかし、私は貴方様のような貴族の方に対して教えられることなど1つもございません。どうぞそのような敬った表現もおやめ下さい。」
「いいえ、止めません。貴方への礼を欠けば、私の存在が貴方にとってその他の貴族と同じとなるに違いありませんので。」
貴族が敬う、すなわちそれは暗黙の保護の申し出に近い。
基本的に気位の高い貴族は死んでも平民に敬意などは示さない。そもそも、保護するような貴族が手に入れることが不可能なものを持っている平民が少ないのだ。
しかし、保護の申し出、才能のあるものの確保を重要視するものはいつの時代にも存在するようで、昔からこの暗黙の了解は限られた者の間では知られている。
その限られた者の多くが商人なのだ。
投資、経営を行う貴族は少なくない上、領地経営において経済に携わる商人は貴族にとっては無視できない存在である。
まあ、それを理解して実際に敬意を払う貴族は少ないのだが…だから暗黙の了解である。
これを理解しているか、いないかは1つの基準にもなりうる。
ルーデスト家は実力至上主義に近いため、貴族としてある程度の体裁は保つが、必要ならば敬意を払うことに何の戸惑いを持たない。
現領主、アクアの父親であるカルセドニー・ルーデストもまたその考えの持ち主であるため、教育における最初の段階でこの暗黙の了解も叩き込まれた。
アクアの記憶にはそれが残っている。
「なるほど。最低限の教育は施されているようで何よりです。それでは、ようこそいらっしゃいました、ルーデスト家のお嬢さん。歓迎致しますよ。」
アクアの言葉に笑みを深くした青年はソファから立ち上がると、階段を上りアクアの前で礼をとった。
おいおい、最低限の教育て…
他の10歳はほとんど知らないようなことだよ!というか、成人済みの貴族にも知らない人は多いはずだよ!
アクアは思わず苦笑いを浮かべて礼を返した。
「私はタルクと申します。ちなみに、もう貴方の意思は理解しましたので、敬称などは必要ありません。タルクとお呼び下さい。私は本来かしこまった表現は好みませんので。」
タルクは先程までとは違った人間らしい笑みを浮かべていた。
「私は、アクアマリン・ルーデストです。
ちなみに私も貴方の才能は十分理解しましたので、敬称は必要ありません。アクアと呼んで下さい。
また、私のことは令嬢として、また令息としての扱いのどちらでも構いません。
私も本来かしこまった表現は好まない上、性別に関係なくルーデスト家時期領主となる予定ですので。」
アクアは負けじと言葉を並べた。
今のアクアに出来る精一杯の仕返しだ。
「ははっ、これは面白い。楽しいお話にもなりそうだ。よろしく、アクア。」
タルクは実に楽しそうに笑っている。
しかし、アクアはちっとも安心出来なかった。絶対にタルクはまだアクアを完全には信用していないからだ。
まだ面白半分、ってところにしか思われてなさそう。
ベリルのイレギュラーの元凶であり、攻略対象顔負けの漂う能力の高さ。
気を引き締めないと今後の雲行きが怪しくなる。
続くタルクとの会話のため、アクアは大きく深呼吸をした。
✧タルク(滑石)
最も硬度の低い宝石。
主な石言葉は、心の安定。




