変わり者
ベリル視点のはお話になります。
そもそも、他人から見ると、今日ベリルの家を訪れた事から始まり、ずっとこの令嬢は、令嬢らしくない、の一言に尽きる。
それは、女子らしくないという意味ではなく、貴族らしくないという意味に近い。
女子らしくないという意味でいえば、数日前の衝撃的な会合の時とは随分と違うその様相は、いい所の坊ちゃん。体格にそう男女差のない今の時期では男子の服を来ているだけでそう見える。
腰ほどまであった蒼を帯び始めた黒髪は、随分と短くなっていて、貴族の令嬢としてはおかしな状態であるはずだが、服装のおかげなのか、当人の纏う雰囲気か何かのおかげなのか、案外しっくりきていた。
しかし、それよりもベリルの気にかかる、貴族らしくないという意味でいえば、下位の爵位の家出身でもないのに、平民であるベリルを対等かのように扱うその姿は、異様。
そのためベリルの視線はずっと怪訝なものだっただろう。
なんのつもりか知らねぇけど、おかしな詫びだ何だっていうなら面倒だな。
こっちはただでさえ、あんたら貴族、王族ののご命令とやらでいきなりこの家を出ることになったんだ。今、どんな良い様に振る舞われたって後々どうなるか分からねえ。
信用自体はそう簡単に出来ねえし、適当に対応してとっとと帰ってもらうのが得策だな。
突然自分の家を訪れた貴族に対してベリルは、ただ面倒だ、という思いを抱いていた。
貴族らしくない点については、悪いと思う訳ではない。威張り散らされるのと比べれば遥かに好感が持てる。
だが、ベリルにとって自分の家を離れることは他の子供と比べると重いことであったため、目の前の貴族が悪い訳ではなくとも、どうにも気に入らない気持ちを抱いてしまうのだった。
しかし、平民であるのに貴族に敬語を使われるのもなんだかむず痒く、つい止めてくれと言ってしまうのだった。
それは目の前の貴族が放っておけないような雰囲気、また言動に溢れていたからだろう。
基本的にベリルは町でも兄貴分といった立ち位置であり、身近にどうも世話の焼ける人間がいるせいか、弱い人間を放っておけない所がある。
割と器も大きい彼は、家を離れる件すらなければ、普通の貴族がこんな態度をとっていれば、もはや気に入っている所だっただろう。
そのせいか気に入らないと思っているものの、貴族だからという理由だけでなく、粗雑に扱う気にはならないのだった。
妙な心持ちでベリルはアクアと机を挟んで座り、要件を聞いた。
どうにもその貴族は自分に貴族について教えた人間のことが知りたいようだった。
なんでアイツのことを……?
狙いがさっぱり分からねぇ。
アイツも変わり者だし、類は友を呼ぶって所か?
下手に教えて、アイツに危害を与えられると面倒なんだが…
彼とベリルの仲はそこまで深いとは言えなかったが、
この貴族に限ってそれはなさそうだな。
それは、ベリルの勘だった。
どうにも目の前の貴族からは悪意というものは感じられず、気に入らないのに、どうにも嫌いになれない感じがベリルにはあった。
って、なんでずっとこっち見たままなんだよ。まさか、図書館の場所が分かんねぇのか、こいつ。
目の前の貴族は宝石のように輝く蒼い目をこちらに向けたまま微動だにしないのだ。
さすが貴族というべきなのか、整ったその顔からは何か悩ましい様子が見られ、どうにも助けを望んでいるように思えた。
その後、貴族の貴族の述べた無難な理由に納得半分で答えてやり、自分は荷造りをするから、と追い出す口実を述べた。
そうして、纏める途中の荷物の山の方を向いたベリルだったが、ちっともその手は進まないのだった。
悪いが、お前に良い態度なんてとれねぇんだよ。
こっちからしたら、お前が腹立てて俺を受け入れない、と言ってくれるのが1番なんだ。
まだ、いや、これから先、親父のいるこの家から離れる訳にはいかねぇんだ。
もう、手の届かない所、知らない所で大切な人を失うのはごめんだ……
ベリルはかつての母親のことを思い出しかけた。
しかし、例の貴族から声がかかり、その思考は中断された。
「ねぇ、貴方お父さんとは、」
だが、またもその言葉は中断し、聞こえた能天気ともとれる声にベリルは頭を抱えたくなるのだった。
ガチャ
「ただいま〜、あれ?お客さん?」
「親父…」
どんなタイミングで帰って来てんだよ!
ベリルの父親というのは、息子が連れて来たとなれば、相手が誰であろうと歓迎してしまう人間である。
さっさと、追い出そうと思ってたっつーのに…最悪だ。
そんなことを思いつつも、帰ってくるなりいつも通り慌ただしく動きだし、ハプニングを起こす父親に例の貴族が生暖かい目を向けるのを見て、ベリルは諦めた気持ちになるのだった。
なんか、もういい…
その後、目の前の女子を貴族だと気づいた父親がまた慌てふためき、自分もいつも通りのガサツな口調が出てしまったりと、当初の、さっさと帰す、という予定とは大幅に変わってしまうのだった。
謝るように捲し立てる父親にどう止めたものか、と考えていると、
「ふっ、あははは!大丈夫ですよ。私はまだ大した権利を得ている訳ではありませんから、罰することは絶対ありません。…それに、それくらい楽に接していただけた方が、なんというか、暖かくて、嬉しい?です。敬語も結構ですよ。」
例の貴族がいきなり笑い出したのだった。
やはり、貴族らしくない。と思う一方でベリルは驚きに呆然とした。
「あ…そ、そうかい?それなら良かった。そうだ、これからベリルがお世話になるんだからしっかり挨拶しないとだね。僕はアル。ベリルの父です。これから、息子をよろしくお願いいたします!」
アルはその貴族の様子に若干の戸惑いを見せたが、父親として挨拶の言葉を述べた。
ベリルは心の中で、それも貴族に対する話し方としては微妙だぞ、と突っ込んだが、口に出すことはなかった。
目の前の貴族が父親の様子を見て苛立つどころか笑っている。それは驚きを感じることではあったが、ベリルは驚きだけではなく、肩の力が抜けるような感覚をより感じていた。
ベリルの母親が死んだのは、彼がまだ剣も振れないくらい幼かった頃だった。
当時は領内の景気が悪くなっていて母親は数週間泊まり込みで働ける場に出かけて行ったのだった。泊まり込みの職は割がいいものだったからだ。
しかし、予定していた日を5日すぎても帰ってくることはなく、期限が延びるという手紙の1つもなかった。元々心配していたアルと一緒に母親の働きに出た場所に行くと、得られたのは見張りのような男に殺されたという知らせだけだった。
アルはもちろん沈んでいた。怒り、という感情を持ち合わせているのかも怪しいような父親だが、その時ばかりはベリルも子供ながらにアルの激しい怒りを感じたような気がしている。
後にも先にもその1度きりだ。アルが怒りを顕にしたのは。
一方で、ベリルは最初は理解が追いつかなかった。だが、日を追うに連れてもちろん憎悪、絶望などを激しく感じるようになった。
どうして家族が死んだことを他人に聞かされなきゃならないんだ。
どうして死んだ日を後から聞かされなきゃならないんだ。
どうしてよりによって俺の母親なんだ!
他の人だったらよかったなんて、きっととんでもない考えだと分かっていたが、その気持ちが収まることはなかった。
偶然、母親を殺した人間を見たことがある。件の男を目にした瞬間に名前もつけられないような複雑に絡み合った感情が溢れ出し、殺してやる、と思い近づこうとした。
しかし、その時ベリルは分かってしまった。自分には殺せない、と。子供と大人では体格が違う、それに加えて相手は一応ながら見張り役。騎士の端くれ、とも言えるわけで殺されるのは恐らく自分のは方だと、聡いベリルは力の差に気づいてしまった。
敵討ちさえ出来ないのか、俺は。
もはや絶望したベリルだったが、月日がたってそれは決意に変わった。
アルだけは、あと一人の家族だけは、目の前で看取ろう。自分がそれまで守れる力をつけてやろう。という決意だ。
その一生の決意はもちろん王家からの命令で打ち砕かれたのだが。
目の前に立つ少女が笑っている。少女はきっと自分の決意を認めてくれるのでは、という期待が湧いたのだ。もちろん絶対的な根拠はない。
しかし、貴族の礼をとった彼女のはそのまっすぐな瞳にどうにも魅せられてしまったのだ。
たとえその時だけだとしても、僅かな希望を抱かずにはいられなかった。
頼むぜ、貴族様。
その後に成り行きで図書館まで連れていくことになったアクアに言葉にはしなかったが心の中で呟いた。
___少しくらい期待してやるよ。
その言葉はきっと小さすぎて騒々しい街の喧騒に溶けて消えたのだろう。
アクアに届いた様子はなかった。




