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夢でも戸惑う

瞼越しに明るさを感じ意識は覚醒しだしたが、雪乃は目を開けずにまどろみの中にいた。思考はハッキリとしないが、その状況は雪乃に若干のおかしさを感じさせた。


日頃から寝起きの悪い雪乃は、たとえ朝日であっても睡眠を妨げることに苛立ちを感じてしまう。したがって、雪乃はベッドを部屋の窓とは反対側に置いている。また、遮光カーテンまでしっかり閉めるという徹底ぶりである。


そのため、雪乃が明るさを感じて起きるということは、年に一度の社員旅行の時にあるかないかというものだ。しかし、季節は春。新入社員が入ってくるこの季節に、雪乃の務める企業は社員旅行など行わない。雪乃自身にも昨日は、いつも通り9時間勤務を終え、飲み会も断って自宅に直帰したという記憶があった。


「あぁ〜も〜、なんでぇ〜?」


普通ならば有り得ない状況に、意識が完全に覚醒しないまま文句の声が出る。その声は、寝起きの悪さから不機嫌な低い声。のはずだった。

なんと雪乃の口から発せられた声は大人とは思えない幼く、高い声だった。


「え……?」


困惑してまた声を発するけれども、その声は先程と同様に雪乃のものでは無い、子供の声だ。


ガバッ!と大きな音をたてて勢いよく体を起こす。

目に入る景色は明らかに雪乃の部屋ではなかった。まどろみから意識を覚醒させた雪乃は再び呆然として、思考を停止した。雪乃の目はただその豪華な家具が揃えられた部屋を眺めていた。


数分の間があり、雪乃の意識はようやく、再び覚醒し始めた。覚醒するにつれて、声にもならないほどの驚きが脳内を支配していく。さらに、雪乃がおかしな夢だと認識したものの記憶の断片が次々に浮かんでくる。


「嘘でしょ……?あれ、本当だったとか?」


有り得ない出来事への焦りからか、半笑いの乾いた声で困惑を口にする。

思い出せ思い出せ、あの夢は何だった?アクア!……そうアクアが言ったのは……


『ごめんなさい……』

これじゃなくて、もっと何か……


『あなたは、〔私〕になる……』!!

そう!それ!だから……


夢の記憶を僅かではあるが取り戻した雪乃は、恐る恐る自分の手を自分の髪に伸ばす。その手に触れた髪は長く腰の辺りまで伸びており、薄い青を纏った黒髪だった。雪乃の髪はというと、現在の企業に就職してもう2年が経っており、大手企業の新入社員となるべく自毛のままだった黒髪はとっくに自分好みの茶髪に染められている。


「……っ!」


そして、髪を視界に入れるように動かした手もまた、雪乃の手にしては色白で、何より小さかった。

もし、雪乃の想像が正しいのであれば、この体は雪乃のものでは無い。自分の容姿を確認するため、ベッドを降りて部屋に備えてある大人も余裕で全身写りそうな大きな鏡に足を向ける。


鏡に向かって進むだけでも、足、着ている服、その部屋が目に写り、雪乃の不安を大きくしていく。


「やっぱり……?アクアマリン・ルーデスト……だよね……」


鏡に写っていたのは、腰元まで伸びたうっすらと青い光を帯びた黒髪を揺らす少女の姿だった。雪乃の知る彼女はこの姿美しい髪を将来切る事になる。着ている服は素材から高いものと分かる。


部屋を見渡すと、その部屋は品の良い白を基調とした家具がまるで中世ヨーロッパ貴族の部屋のようにセッティングされている。細やかな彫刻が施されたそれらの中でも最も目を引くのは、先程まで雪乃が、いや周りから見ればアクアマリンが寝ていた天蓋付きのベッドである。


「まじかぁ〜、……えぇ?おかしくない?これも夢とか……?」


夢が現実になるなど、多くの場合空想の中での話だけである。または、最近流行りのラノベ。雪乃は最近ネット小説にハマり、昨日も会社から直帰したのは気に入っている小説の続きが読みたかったからである。


「もう1回寝るか……」


完全に覚醒している頭であるため、この状況ばかりは現実のものとは思えない。夢ならば頬を抓るなどしてみるという手もあったが、雪乃は痛みを感じるのは避けたかった。着ている服も、踏みしめた絨毯も妙に感触がリアルなため、余計にそういった痛みを伴う行動は憚かられる。


雪乃、現在はアクアマリンであるが、その体は再びベッドへとのろのろと歩き始めた。ベッドに片足をかけて、上がろうとした時、


コンコン

『お嬢様、起床される時間です。お目覚めですか?』


丁寧な口調でドアの向こうから声が届いた。雪乃が知っている設定上アクアは現在は普通のお嬢様であることに間違いはない。声の主はどうやら、アクアのメイドのようだ。これは2度寝はできそうにないな。


「あ、起きてるよ。」

『入ってもよろしいでしょうか?』

「あ、うん。大丈夫。」


ドア越しであったため、少し声を張って答えたが、その声は問題なくメイドに届いたようだ。

「失礼します。」と聞こえたかと思うと、ガチャッと音を立ててドアが開く。現れたメイドはミントグリーンの髪をしており、足音も立てずに無駄のない動きで部屋へと入ってきた。


「まぁ、お嬢様、今日はいつもよりも早く起きられたのですね。すぐに紅茶を用意致しますからいつものカウチでお待ちくださいませ。」

「うん。」


メイドにニコリと笑いかけられ、反射的に返事を返した。雪乃は将来のアクアの口調は分かっても、幼少期となるとどんな口調か分からなかった。

まぁどうせ夢だしね……

雪乃は口調をアクアらしくすることは諦め、短く返事を返すことにした。メイドに言われた通りカウチへと足を向けた。


カウチの座り心地はとても良かった。それこそ、2度寝を始めたいほどだったが、メイドが近くで紅茶を入れ始めたので、その気持ちを振り払った。紅茶の香りがフワリと広がり、普段は紅茶を飲まない雪乃も、もう美味しいだろうという検討がついた。


「どうぞ。今日の茶葉はジステリ領で栽培されているステラです。」

「ありがとう。」


メイドがあまりにもニコニコとアクアに話しかけるため、つい雪乃もアクアの顔で笑顔を作り返事をした。紅茶に口をつけると、爽やかな香りが口の中に広がる。決して強くはないので朝であっても嫌な感じは全くなく、スッキリとした気分になった。


「美味しい……」

「お気に召しましたか?」

「う、うん。とても美味しい。」

「では、明日もこの茶葉を使いましょう。」


メイドはミントグリーンの髪を肩の辺りで揺らし、メモをとりはじめた。全く笑顔を絶やすことがない。現実でこんな人がいたらどれほど引っ張りだこになるだろう。


「お嬢様、今日は午後からローズ様と街に出かけられるそうですね。護衛が見張りとして付きますから、お忍びは構いませんが、気をつけて下さいね。」

「え?……ッ!わかった。気をつけるね。」


急に言われた知らない予定に戸惑ったが、その前に夢から覚めるだろうと考え適当に返事をした。

そんなことよりも!ローズ!

雪乃の心はメイドの話に出てきたその名前に高揚していた。夢の中でも、会えるなら十分!


ローズはアクアの双子の妹であるが、雪乃が何度も画面から出てくることを願った女の子、いわゆる推しである。念願叶って、まさか夢で会えるとは……!


「お嬢様、朝食はいかがなさいますか?」

「……食べる!」


朝食→家族が揃う→ローズと会える、という思考回路の後、雪乃はアクアの声を嬉しそうに発した。メイドのクスッと笑う声が聞こえ、アクアのイメージにないことをしてしまったかもしれないと申し訳なくなったが、夢なので大丈夫だろう、と雪乃はアクアの目を輝かせた。






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