プロローグ
このプロローグは暗い内容となっていますが、次の話からは転生令嬢らしく、成長と日常の話を書く予定です。
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真っ暗で何もない空間に1人立っていた。どこを見ても黒く、自分の足が地に着いているのかもあやふやだ。
『……ごめんなさい』
弱々しい、どこか自信のない子供の声がした。どこかで聞いたことのある気がしたが、雪乃は思い出せない。今年でついに三十路となるが、老化には早くないだろうか、などと考える雪乃の前に少女が現れた。先程の声の主は彼女のようだ。
『あなたは[私]になります……』
「そう……」
雪乃の意思とは関係なく、言葉が紡がれた。
何の話だろ?というか、この子は誰?
疑問しか浮かばない雪乃は少女に問おうとするが、体は雪乃の思う通りには動いてくれない。
『私は……この世界を守れない……
あなたは、この世界を望むように……そうして欲しいの……』
「許されるのなら、そうしたいね。」
少女が雪乃に近づいてくる。同様に、雪乃の体も1歩また1歩と少女に近づく。少女の姿が鮮明になっていく。
あれ?女の人になった?
少女の姿は鮮明になるにつれて、成長した姿になり、段々と声も変化していく。その声は、女性にしては少し低めだが、落ち着いた優しい、雪乃の知る声だ。雪乃がその女性に選んだ声だ。
肩にギリギリつかないくらいで切りそろえられた、深い青を帯びた黒髪を揺らし、女性が姿をハッキリと現す。それを見て、雪乃は目を見開いた。
「どうしてあなたが、現実に!?」
自分の意思で声が出たことに驚いたが、女性が現実に存在していることの方が雪乃にとっては衝撃である。
『現実じゃないよ、ここは世界の狭間。許可は下りた。後は、あなたに任せる。』
ふっと切れ長の目を伏せるようにして、微笑んだ女性は訳の分からないことを言っている。
「待って!意味が分からない!どうして、アクアが存在してるの!?」
『ここは、もうあなたの世界じゃないから。私は存在する。あなたならあの子を守ってくれるだろうから。あなたが[私]になる。』
アクアは雪乃が考えたキャラクターである。アクアこと、アクアマリン・ルーデストはゲーム会社の企画部に勤務する雪乃が提案し、採用され、見事に実装にまで至ったゲームに登場する。ゲームキャラは2次元には存在しても、自分のいる3次元の世界に同じように存在するはずがない。つまり、これは……
「あぁ、はいはい。夢ね、納得〜。」
いつもテンションは低めなのが通常運転の雪乃だが、かなりの衝撃からおかしなテンションの返答だ。
『夢じゃないよ。今の状況は確かに夢に近いけど
ね。目が覚めればあなたはもう元の世界にはいない。』
「じゃあ、私がアクアになったとして、私の体は?今日まで会社で働いてたはずだけど?」
もう夢だと思うことにした雪乃は適当に夢が終わるまで質問することにした。自分が選んだ声優さんの声は、やはりアクアにピッタリだ。男装令嬢として、女性の魅力はそのままの柔らかい低音。やっぱりあの人で正解だった〜。
『あなたの体はここにくるために、消えてしまったんだ。申し訳ないけれど……』
「じゃあ、アクアはどこにいくの?入れ替わるわけじゃないってこと?」
夢だと思っている雪乃は、自分の体がないと言われても少しも動揺はない。むしろ、余裕をもってアクアの声を堪能している。
『私も同じ世界にいるよ。[私]では無い人間として……。もしかしたら会えるかもね。』
「そっか〜、でもアクアはどうしてそんなことするの?」
シーンと沈黙が広がった。先程までのハキハキとした仕事のできそうな返事は中々返ってこない。不思議に思い、雪乃が口を開こうとすると、
『私は、[あの人]に自由を献上するの。そのために、この姿や地位は邪魔なの……』
雪乃の声よりも速くアクアの声が響いた。しかし、やっと返ってきたアクアの言葉遣いは、普段とは違う女性らしいものだった。さっきまでいつも通りの男装令嬢って感じだったのに。でも、これもありだな。次の企画もこの声優さんかな〜。それにしても……
「ねえ、アクア。あの人って?」
『言えないの。でも、いつか分かるわ……』
アクアの瞳は周囲が暗いせいか、いつもの宝石のような輝きは失われ、くすんでいるように見える。なんか、闇堕ちした主人公みたいだな。
「あれ?アクア、その衣装新しく実装されたやつなのに、ペンダントにヒビが……」
『話はもうおしまい。あなたは、[私]……よろしくね?』
「え?」
話を強引に遮られ、雪乃は少し驚いた。まぁ、夢だしね、そろそろ朝かな?
暗闇に包まれた空間に光が指し始めた。光源を辿り、上を見上げた雪乃は眩しさに顔をしかめ、最後にアクアの姿を拝もうともう一度前をみた。
「……雪乃!お願い……」
アクアは意識が戻ったかのように雪乃の名前を呼び、苦しそうに頼んだ。なんとなく夢の終わりを感じた雪乃はニコリと笑った。
「うん?」
何のことかは分からないが、雪乃は自分の望んだ姿、声のアクアの頼みに了解の意を示した。アクアの情緒の不安定さに若干の違和感を覚えたが、まぁ夢だから、と雪乃は頭のすみにその考えを追いやった。
『……ありがとう』
お礼の言葉を最後にしたアクアの瞳にはアクアのモチーフとなっている、アクアマリンのような美しい輝きが戻っていた。
しかし、その顔は今にも消えそうに苦しげに歪み、最後には儚い笑みをうっすらと浮かべた。
差し込む程度だった光が光量を一気にまし、暗闇の世界は消えた―――
《side??》
『ハハハハッ、……ぁー、疲れた。』
この世界では、夜。通常なら美しい月が浮かぶ空だが、この日、この時間はずいぶんと厚く、重い鉛色の雲が覆ってしまっている。
『これで、満足か?』
「……」
『チッ、まぁいい。そんな抵抗も……やっと終わりだ、なぁ?準備は整った……』
禁術の魔法陣が赤黒い光を放ったかと思うと、跡形もなく消えた。空を覆っていた雲が少しずつ風に流れて行く。
見渡す限りには、枯れた木、荒れた土地。
そこに佇む神殿は、もはや佇むと言っていいのか分からないほど原型を留めていない。
黒衣に身を包む男と女が2人、神殿から姿を現す。
「あなたは、気づいていない。この世界の人間はそんなに軟弱者では無いことに。その奢りが今の状況だ。これまでよりはましでも、あなたは決して楽ではない。」
『最後の言葉がそれか?最後まで俺を苛立たせるなぁ?』
「敵であるあなたに助言したんだ。感謝されてもおかしくないな。」
女は馬鹿にするように、男を鼻で笑った。
『ハッ、助言だぁ?そんなもんいらねぇな。そんなにあの女が脅威になるって?』
「彼女がどんな存在か分かっていてそれか……。あなたは創造神でさえ恐ろしくないと?」
男は、女の助言を聞くつもりは毛頭ないようで、話を適当に流していた。しかし、創造神の言葉には過剰に反応した。音がなるのではないかというほど歯を強く噛み締め、顔を邪悪なほどに歪ませた。
『あんな奴が、創造神なわけねぇよ……俺は認めねえ……』
「あなたが認めなくても、彼女の影響を受けないとは限らない。」
男は、我慢の限界だというように女を勢いよく睨みつけ、まっすぐにその目に片手を向けた。赤黒い光はその体を飲み込んでいく。
『お前はもう用無しだ。その意思と力さえあれば問題ない。消えろ……』
ピキッ、パリーンッ!その音を残し、女は荒地をさらう風に攫わられる砂と共にその姿を消した。
『禁術の代償は、___、___。主は___。』
男のつぶやきは、突如吹き付けた豪風にかき消されていく。
『創造神なんて、ここに来れば関係ねえ。お前は自分で自分の首を締めたんだよ……。』
男は、嘲笑を含む笑いを零したが、その目には縋るような光が瞬いていた。数秒だったが、男は静止した後、荒い足取りで神殿の中へと再び姿を消した。
神殿は赤黒い光に包まれた_____