表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大河ドラマ『麒麟がくる』を観て、気づいたことをメモしていく。  作者: 板皮類
■ 丹波そして… 信長と一緒に 編 ■
39/45

第39回「本願寺を叩け」 (2021年1月3日放送)

●火縄銃の弾が俺に当たるわけがないって宣言して、敵の目の前に突っ込んでいったのは、上杉謙信のエピソードじゃなかったっけ?

 信長にも、そういう逸話ってあったっけ?

 物語の尺が足りなくなってきたせいか、『信長狙撃事件』『光秀過労事件』『煕子の病死』をミックスしてきた感じ。


●明らかに体調が悪い人の「大事ない(大丈夫)」発言こそ、信用がならない。

 そこは、周りの人が鵜呑みにするのではなく、やんわりサポートしないとね。


●1575年といえば長篠の戦い(6月)があるのに、徳川に家の動向にまったく興味がない信長。

 当の家康も不満がたまってるぜ。


●織田家が大きな組織になる一方、信長自らが新政を行い続けているため、細部まで目が届かなくなっている印象。

 原田の家来というだけで、その者が潔白かどうか確かめずに折檻しちゃうぞ!


 本来であれば、トップの目の届かない範囲を、中堅の者にカバーさせる。

 現場の不満、歪みをつぶさに把握させ、時にはトップに諫言の材料とさせるような。

 そういう正しい情報取集の仕組みを作るのが、風通しの良い組織の条件だと思うんだけど。

 トップダウンが常の戦国の世にそれを求めるのは、厳しいか。

 いや、現代でもそれができている企業は、殆どなかったか…。


●『煕子』は、キャストが急遽変更になった影響なのか。

 最初のキャラ立てがやや弱かったまま、ここまで引きずってしまった印象。

 駒や、帰蝶くらい尺を使って、「ずっと光秀にラブでした」感を示せていればなぁ。


●駒は、煕子がお百度参りしているのだろうと、すぐに察した模様。

 光秀や足利義輝らとつき合う中で、『決意した人を翻意させるのは難しい』と悟ったのか。

 寄り添って話も聞くし、できる範囲でサポートもするけど、持論を押しつけるようなことはしなくなった。

 昔の駒なら、無茶なお百度周りを責めて、制止していただろうけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ