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大河ドラマ『麒麟がくる』を観て、気づいたことをメモしていく。  作者: 板皮類
■ 越前 朝倉で居候 編 ■
20/45

第20回「家康への文」 (2020年5月31日放送)

●「ありぃ」「ありやぁ」

 「ありやぁ」「ありー」


●蹴鞠は協力しながら、何回、蹴り続けられるかを競うスポーツなので、↑のように皆と示し合わせる掛け声が必要だったみたい。

 和歌や茶の湯とならぶ、武士にとっての教養、嗜みの一つだったらしいだけど。

 すっかり、「貴族の遊び」「堕落の象徴」の側面ばかりが強調されるようになっちゃったなぁ。


●今川義元と、松平元康。

 ここでもキモチすれ違い宇宙。


●義元は義元なりに、元康を可愛がっていたはずなのに。

 なぜここまで、認識が食い違ってしまったのか。

 心理学には「自己不一致」という言葉がある。

 これは、外から見える自分と、本当の自分が食い違っている状態。

 「表裏がある人」「自分のことを正しく評価できていない人」を指す。


 こういう人は、「表裏があることを他者から見透かされるし」「自分を正しく評価できない人は、他人も正しく評価できない」ため、信頼を得られず、指導者として正しくコーチングできないという。

 (この辺りの解釈は、書籍によって色んな説がある)


 今回の義元も、同様のケースかも。

 東庵先生に「アイツ、裏切るんじゃね?」と話を振ったように。

 寛容そうでありながら疑っている風の義元の本音が、松平元康に伝わっていのだろう。


 尾張を併合したら、ちゃんと三河を松平家に返すつもりだったのかもしれないけど。

 邪推すれば、「いいように矢面に立たされている」状況だったし、事実、松平派は皆そう感じていたわけだし。


●そういえば、道三も「正直者じゃない奴はダメだ(意訳)」って、言ってたね。


●んだば、どうすれば、松平元康を裏切らせずに済むのか。

 この大河の場合だと「元康と一緒に将棋をさす」だったと思う。

 フィールドワークというのだけれど、一緒に作業とかレクリエーションをすることで、連帯感が生まれ、また相手のことが近くで観察できる。

 今川義元ぐらいの才があれば、深層心理を見抜くことも容易だったろう。

 でも、麒麟がくるの義元ちゃんは、便宜ははかってくれるけど、手ずからなにかをしてくれるというシーンは、一度も見たことがないんだよね。


 ちな信長は、元康と将棋仲間だったので、(この時点では)安心である。


●今回の件もそうだけど、麒麟がくるの脚本家陣は心理学に通じている印象。

 「動機付けしようとして、失敗する」「お互い気をかけているのに、何でかすれ違う」理由を、つまびらかに僕らへ提示してくれる。

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