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家事手伝いの魔法使い  作者: 銀月


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4/5

同居人、兼、

 コンビニでの買い物の仕方は覚えた。

 台所にある電子レンジとガス台の使い方もどうにか覚えた。なんなら、湯沸かし器と風呂の使い方もマスターした。

 掃除機だって、使い方とメンテナンスの方法もなんとか覚えた。

 テレビというものも、そういう(・・・・)ものだと理解した。


 この三日間でタスティは必死に学んだ。

 “日本”という世界で、“科学”とはタスティの故郷でいうところの魔法に相当するものであり、生活にこうも浸透しているほど一般化された技術なのだ。

 ハナも科学をすべて理解して利用しているわけではない。

 原理のわからないブラックボックスであっても使えるほどに、洗練された技術として一般化されているということだ。


 が、しかし。


 ハナが「わからないことはこれでググって」と置いていった“タブレット”はダメだ。使用方法は覚えても、そもそものこちらの世界のことを知らなさ過ぎるのだ。

 いったい何を手掛かりにすればタステイの知りたいことを調べられるのかが、まったくわからない。

 苦労してどうにか言葉を翻訳して入力して、ようやく“検索”して出てきたものが何のことなのか、どうにも理解できなかった。

 それを理解するためにさらに何を“検索”すれば良いのかもさっぱりだ。


「せめて、市民権の取り方くらいは知りたいのだが」


 はあ、とタスティは溜息を吐く。

 市民権に“戸籍”が不可欠なことはすぐに理解できた。

 だが、その戸籍を得るにはどうすれば良いかがわからない――いや、どう調べても、この国で産まれること以外の必須条件が見当たらない。

 もしや、外部からの移住者がこの世界で市民権を得るなんて、永遠に不可能なのか。それとも、外部からの移住を想定していないのか。


 杖を直せない以上、自力で国元へ戻ることは絶望的だ。ならばここに骨を埋める覚悟をするしかない。

 けれど、ここに永住することも厳しいなら、いったいどうすれば良い?


「片付けの、続きをしよう」


 うだうだ考えていても仕方ない。

 “タブレット”を傍らのテーブルに置いて、タスティは腰を上げた。


 ハナの家は、端的に言ってゴミ溜めだ。

 腐敗物がないだけ戦場の廃屋よりマシだが、それだけだ。

 用途のわからないもの――引越ししてからずっと整理していないという中途半端に開けて中身を掻き混ぜられた大量の紙箱、普段使っているらしい衣服や物品――そんなものが分別されることなく雑然と積み上がり、埃にまみれていた。

 ここが砦であれば、この部屋の担当者は処罰されていただろう。

 ハナの話では、この家に移ってからもう一年ほどだというが、どうしたらこれで一年も暮らせたのか、タスティには理解できない。


 ともあれ、この「ハナの家の物資の整理」という仕事で、先行き不明な状況の中、気を紛らわせることができるのは、少しだけありがたかった。

 早くこの世界の諸々に慣れてしまわなければと、今日もテレビを付けて、紙箱の中身の整理を始める。




 たった三日の付き合いではあるが、タスティの見る限り、ハナは自室をここまで混沌とした状況になるまで放っておくほど、何もできないようには見えなかった。

 それが、いったいどこをどうしたら、こんな悲惨な状況になるのだろう。


「たしかに、仕事だけなら有能だけどそれ以外は無能以下という者もいるにはいるが、しかしなあ」


 紙箱の中に詰め込まれたものをひとつひとつ取り出して並べ、その用途を類推して分別するという作業を延々と繰り返しながら、タスティは独りごちる。

 カビたり劣化したりでどう見ても使えそうにないものも時折出てくるが、それはハナが帰宅した際に確認してから処分することになっていた。


 荷物の大半は本と衣類だ。

 それから食器と、片面が虹色に輝く円盤だ。

 もう片面に手書きで数字だけが書いてある円盤は、すべて捨ててくれと言われている。ハナは「データが入ってるけどもういらないから」と言っていたが、その“データ”というのが何のことなのか、タスティにはやっぱりわからなかった。

 この世界の科学媒体か何かなのか。魔法にはこんなものを媒体とするような呪文はないけれど、科学にはあるのかもしれない。


『……川沿岸地区に、不審な男が出没したというニュースが入っています』


 テレビから聞こえた地名に、タスティは顔を上げた。

 今しがたテレビであげられたのは、たしかこの近辺を流れる川だ。

 テレビの中にいる“キャスター”は、淡々とニュースを読み上げていく。

 地名と内容から察するに、どうやらこの近く、河岸を中心とする範囲に、武器を携えた男がうろついているようだ。


 ハナの帰宅時間は、当然、日が暮れた後である。

 この世界は治安が良く、たとえ夜中であっても、ハナのような妙齢の女性がひとり歩きをして安全なのだとは聞いている。けれど、明らかに狼藉者がいるとわかっているのに、ひとりで歩かせるのはどうなのか。

 幸い、“駅”の場所は教えられているし、ハナはだいたいいつも同じくらいの時間に帰宅する。なら、頃合いを見て“駅”まで迎えに出たほうがいいだろう。


 平和で治安がいいとはいっても、やはり暴力や犯罪はあるのだな、などと変な感心をしながら、タスティは作業を続けた。




「あれ、タロくん?」


 駅を出たところで、きょろきょろとあちこちを見回すタスティを見つけて、ハナは声を掛けた。

 こんな人混みの中でも、タスティの髪色と出で立ちは目立っていた。

 何しろ、何で染めたのかと疑問に思うような紫がかった銀の髪だ。おまけに顔もいい。着ているものがディスカウントで買ったジャージの上下だとしても……いや、だからこそ目立たないわけがない。さっきから、通りすがる誰もがぎょっとした表情でちらちらとタスティを窺っている。


「ハナさん、そこだったか」

「急にどうしたの。何かあった?」

「近隣に狼藉者が出没するというニュースがあったので、念のために迎えに来た」

「そうなんだ」


 ハナは胡乱な顔でタスティを見る。

 見た目だけならタスティだって十分不審者だし、どちらかといえばひょろりとした体格であまり強そうでもないのに、ボディガード役なんてできるのか。

 ――などと考えたことは、さすがに口には出さなかった。


「じゃあ、一緒に夕飯買って帰ろうか」

「ああ」


 ハナの先導で、ふたりは歩き出す。


「でさ、狼藉者って、何?」

「さあ。だが、武器を携帯していたらしい」

「武器? 鉄砲とか?」

「てっぽう……ああ、超小型の砲弾を打ち出す武器か。いや、そういうわけではなさそうだった」


 ニュースから聞いたあれこれについて、タスティは考えながら歩く。


「たしか……全身鎧を身につけて、剣を下げているんだ。通行人をその剣で脅して、民家の庭木の枝を切り払ったらしい。

 どこかの騎士崩れか傭兵崩れか。ここにもそんなものがいるんだな」

「――は? 何それ」

「ハナさん?」


 タスティが感心したように呟くと、ハナがぐっと眉を寄せて見上げた。


「現代日本にそんなのいるわけないじゃない。コスプレ強盗犯かなんかなの? そもそも、鎧だの剣だの持ってる人間なんて、普通いないって」

「そうなのか? しかし、こうも平和な世界なら、職にあぶれた騎士や傭兵が身を持ち崩して追い剥ぎを始めるとか、よくある話ではないか」

「そもそも、タロくんの言う騎士とか傭兵とかが日本にはいないの」

「だが、あの“タブレット”で、全身甲冑姿の騎士や傭兵らしい者を見たが」


 はあっと大きな溜息を吐いて、ハナは呆れた顔になる。


「それは、そういう趣味の人がそういう格好してるだけ。本物じゃないよ」

「――まさか、身分詐称?」

「違うって。身分なんてないのに詐称してどうするの」

「だが、ならどうしてわざわざあんな面倒なものを……」

「そんなの、趣味だからに決まってるじゃない」


 趣味、と呟いてタステイは眉を顰める。

 全身鎧なんて、素人が身につけたところで訓練をしなければまともに動けるものではないというのに、趣味で?


「趣味で鎧なんて着て、どうするんだ?」

「そういうスポーツがあるって、何かで見たよ」

「すぽーつ」


 運動や鍛錬の一環として、鎧を着るということなのか。

 こちらの世界はどうにもよくわからない。


 ハナやタスティがいつも買い物をする商店街で、今夜の夕食を調達しながら「そういえば」とタスティは気になっていたことを質問する。


「“楽団(バンド)くん”というのは、何のことだろうか」

「え? ああ、商店街のおじさんたちには、タロくんはバンドくんだからって話をしてるからだよ」


 タスティの髪の色と長さを説明するのに、バンドマンだからと言うのが簡単でいいと思っただけなのだ。

 バンド活動で田舎から出てきたけど鳴かず飛ばずで窮乏したあげく、アパートを追い出され、親戚のハナを頼って転がり込んできた……そういう設定だ。

 タスティには説明したとばかり思っていたが、どうやら忘れていたらしい。


「私は別に楽団員ではないのだが……楽器を鳴らせと言われても困るぞ」

「別に、ここでバンド勧誘とかされたりしないと思うけど、何か言われたら、ボーカルだから楽器はできないって言えばいいと思う」

声楽(ボーカル)? 歌なんて、それこそ歌ったことなんてないが」

「え?」


 今どき歌ったこともないなんて人がいるとは思わなかった。

 ハナは驚いた顔でじっとタスティを見る。

 ――考えてみれば、タスティは異次元生命体だ。異次元の事情はこっちと少し違うのかもしれない。


「異次元て、歌、無いの?」

「いや。だが、そういう芸術は専門の者がいるし、専門家でもないのに歌うことはあまりないな……それに、砦にはそんな娯楽も無かったから」

「へえ、殺伐な青春だったんだね。

 じゃ、そのうちカラオケでも行こうか。貸したタブレットにも音楽データ入ってるし、そこから気に入ったの聞けばいいと思う」


 からおけとは何だろう、と首を傾げながら、タスティは頷く。

 少し話をするだけで疑問点は増えていくが、確認は帰ってからでもいいだろう……と、そこまで考えて、タスティはいきなりハナの腕を強く引いた。

 痛っと声を上げるハナを自分の後ろへと押しやって、前方に目を凝らす。


『お前……アルルカイルカの魔法使いだな!』


 ガシャンと金属の鳴る音を立てて出たのは、どう見てもとゲームにしか出て来なさそうなデザインのファンタジー甲冑を着込んだ男だった。

 やっぱりゲームに出てきそうな派手なデザインの片手剣の(きっさき)を、タスティに突き付けて怒鳴っている。

 もちろん、ハナに彼の言葉はわからない。


「もしやとは思ったけれど、よりによってユーガムカルの魔法騎士とは……」

「まほうきし?」


 チッと苦々しい顔で舌打ちするタスティと、何やらいきり立っているらしい甲冑男を見比べて、ハナはいったい何を言っているのかと首を傾げた。


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