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家事手伝いの魔法使い  作者: 銀月


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2/5

さすがにこれはちょっと

 まんじりともできずに夜が明けた。

 タスティはうかつに動き回ることもできず――何しろ、暗い中歩き回ったら、何を踏んでしまうかわからないので、蹲ったままひたすら彼女が起きるのを待った。

 とはいえ、このままでは言葉が通じないということはわかったので、その対策だけはさせてもらったが。


「ん……」


 ようやく小さく身動ぎをした彼女が、軽く伸びをした。ふああと大きな欠伸をして、むにゃむにゃと、どこかはっきりしない言葉で呟く。


「あ……あのまま寝ちゃったのかあ……」


 もぞもぞと動き始めた彼女は、着ている衣服の上着をおもむろに脱ぎ捨てた。

 脱いだ服はそのままポイとベッドの上だ。


 ――が、いきなり目の前で裸になられては困ると、タスティは慌てて声を上げた。


「あ、あっ、あの! あの!」

「ん?」


 彼女がゆっくりと振り向いた。

 どこかぼんやりとした表情で、小さく首を傾げる。


「ええと?」

「あの、すみません、ここはどこなのでしょうか」

「え……」

「あ、私はアルルカイルカ王国宮廷魔法師団の魔法使い、タスティ=タルティと申します。その、どうも魔法事故で飛ばされてしまって、途方に暮れている……あの?」

「もしかして、私、お持ち帰りしちゃった?」

「お持ち帰り?」


 タスティは、ひと言で言って顔がいい男だった。

 日本人からすると、紫がかった染めたような色合いの髪に、なんか黄色っぽい色味の目。黒っぽい色のコートみたいな衣服に……


「まさかバンドくん?」

「いえ、私はタスティ=タルティで――」

「タ……タル……? タロ? まあいいや。私は山上(やまかみ)波那(はな)ですけど……名前は今さらかあ……酔っ払って無理やり連れて来ちゃった感じなのかな」

「いえ、そうではなくて、転移陣の暴走事故で――」

「ま、いいや。私、今日も仕事だし、シャワー浴びてくるね」

「あの、え、シャワー? ハナさん?」


 ハナはすっくと立ち上がり、ベッドの上からいくつか服を拾ってさっさと部屋を出て行ってしまった。

 バタン、ガタン、ガラガラと音がして、すぐにジャーっと水音が響き始める。

 タスティはやっぱり呆然としたまま、ハナが戻ってくるのを待った。




「つまり、迷い子のホームレスで、バンド君じゃないんだ」

「ホームレスとかバンド君はわからないけれど、迷い子というのは近いと思う」


 シャワーを浴びてさっぱり目が覚めたところで、ようやくハナも現状がおかしいということに思い至った。


 いかに酔っ払ったからといって、タイプでもない見知らぬ成人男性をいきなり拾って帰るだろうか。

 しかも、自分の部屋が相当なレベルでとっ散らかってる自覚はあるし、ここに引っ越してきてから一度たりとも他人を家に入れたことがないというのに。

 タスティの格好も非日常的過ぎた。

 いわゆるオタクの祭典でも特別な撮影スポットでもないのに、いい歳してコスプレしたまま外を歩くオタクが、そうそういるものだろうか。

 いたら間違いなく警官に声をかけられるだろう。

 ちょっと変わった……例えばゴスロリみたいなファッションとして確立しているジャンルならともかく、こんなどこから見ても派手な刺繍入りマントなんて、ステージ衣装以外で見たことがない。


 おまけに、トイレの使い方を知らなかったのだ。

 なんの変哲も無い、シャワー付き洋式ウォシュレットだというのに。


 どうにも「転移魔法陣が暴走して事故を起こしてどこともわからないここに飛ばされた」というタスティの言い分を、信じるしか無いということか。

 渡された食パンをもそもそと齧るタスティを眺めながら、ハナの眉が寄る。


 だが、とりあえず。


「私、仕事あるし、めんどくさいことは後で考えるね」

「え、ハナさん?」

「とりあえず、ここにいていいよ」

「それは有り難いのだけど、ハナさん……」

「じゃ、遅刻しちゃうから」


 パンの空き袋を無造作に置かれたゴミ袋に突っ込んで、ハナはカバンを手に出て行ってしまった。

 残されたタスティは、やはり呆然としたまま……したまま……いきなりがさりと音を立てて倒れたゴミ袋を見て、顔を引きつらせた。



 * * *



 いつもより少し寝不足だけど、いつも通り出社して、パソコンの電源を入れた。

 起動画面を眺めてメールを確認して、今日のスケジュールも確認して、はあ、と小さく溜息を吐く。


「ハナちゃん、昨日はちゃんと帰れたの?」

「え、はい、まあ、なんとか……」


 隣席の年配の同僚から尋ねられて、ハナは曖昧に笑う。

 昨夜は職場の飲み会で、いつもより少しだけ飲み過ぎたんだったな、とハナは思い出す。さらによくよく考えてみれば、別に記憶も飛んでいなかった。

 普通にタクシー拾って家の前まで帰ったのだ。

 道端で誰か人を拾ったりする余地なんて、そもそもなかった。玄関の鍵だってちゃんと閉まってた。それに、少なくとも、睡魔に負けてベッドに倒れ込んだ時には、自分以外の人間なんてあの部屋にはいなかったはずだ。

 部屋の中も荒らされ……荒らされ……これはよくわからないが、たぶんいつもと変わりはなかった、と思う。


「ハナちゃん、ちょっとこっちのパソコン見てちょうだい」

「あ、はーい」


 事務所の共同端末が調子悪いからと呼ばれて、ハナは席を立つ。

 立ちながら考えて、やっぱり首を捻ってしまう。

 あの、タ……タ……タロとかいう男は、どうやって部屋に入って来たのだろう。

 いてもいいから、なんて調子のいいこと言って放って来たのは早計だったかもしれない。

 でも、面倒臭かったのだ。


「ハナちゃん、こっちの入力も見てくれないかしら。なんかうまくいかないのよ」

「はい、ちょっと待ってください」


 今度は違う同僚に呼ばれて返事をする。

 

 ハナは、この会社でシステム周りの保守管理を担当している。

 就職した五年前ならいざ知らず、小さな小さな地方商社とはいえ、今ではパソコンがないと社内業務がうまく立ち行かないくらいには不可欠なものとなっている。社内で使用しているアプリケーションだって、ハナがこつこつと業務に合わせて整備してきたものだ。

 今日もパソコン操作に手間取るおじさま方おばさま方から呼ばれ、所内のあちこちを回ることに忙殺されていく。

 もう、今朝の出来事なんて後回しでいいや、とハナは考えるのをやめた。




『居てもいいと言われても……』


 閉まった扉と倒れたゴミ袋を見て、タスティは小さく溜息を吐いた。

 部屋の中はもちろん、トイレといい水道といい、お世辞にもきれいとは言えない。何しろ、タスティが赴任した当初の砦のほうが、マシだったくらいだ。

 あのハナという女性と王国騎士たちでは、騎士たちの方が衛生観念は上だということなのか。

 足の踏み場もないくらいモノが散らかり、隅に綿ぼこりの溜まった床を眺めて、タスティはもう一度溜息を吐いた。


 赴任した砦で、タスティの役目は拠点防衛と衛生管理だった。


 魔法使いの魔法は強力であっても有限で、大きな魔法なんて日に数度使えれば御の字だというのが常識だ。さらには、魔法使いの数も限られている。前線なんぞに借り出してうっかり死なれてしまったら、損失ばかりが大きくなるのだ。

 そもそも、いかに大規模とはいえ、魔法を数発撃っただけで戦局がひっくり返せるなら、軍は苦労しない。

 だったら大砲の数門でも配備したほうが、よほど建設的だろう。


 それゆえ、魔法使いが派遣されるのはだいたい拠点防衛のためだった。

 役目も、拠点に防御的な魔法を施すことと、兵たちの健康を維持するための衛生管理を担当することが中心だ。魔法通信や転移陣の運用管理、補給計画ももちろん、魔法使いの重要な役割である。

 タスティはどちらかといえば、砦の衛生面を主に担当していて……ふと、半端に開けたカーテンの向こうを見ると、青い空が広がっていた。


『いや、これ相当だろ』


 差し込んだ光の中には舞い上がった無数の埃が見えて……タスティは思い切り顔を顰めた。


 鼻がむず痒い。

 無理だ。耐えられない。

 こんなところに居続けたら、病気になってしまう。

 どうしたら平気で暮らしていられるのか。

 彼女が最後に掃除をしたのは、いったいいつなんだ。


 ぽっきり真っ二つに折れてしまった(まじな)い杖を眺めて、タスティは杖無しでもできることを考えた。もちろん、大規模なものは無理だ。しかし、魔法陣の展開やら呪文やら、多少いじって手間さえかければ、杖無しでも使える魔法はある。

 これくらいならどうにかなるはずだ。


 タスティは決然と立ち上がり、おもむろに呪文を唱え始めたのだった。




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