蠢くは悪の意思24
セルヴァナの首都セルヴィアスも帝都同様酷いありさまだった
人間の血と思われる血だまりがそこかしこにあり、腐臭が漂っている
それにここには悪魔の気配が無数にある気がするな
まるで居場所がばれないように気配のみを配置しているかのようだ
「アエトが呼んでますよ」
ライラが狼型の友達魔物に乗って走って来たアエトを発見して私に伝える
何やらアエトは慌てているようだ。何かあったらしい
「セリセリちゃんが! セリセリちゃんが大変なんです!」
「すぐ行きます!」
セリセリが?! 一体何があったのだろうか、心配だ。すぐに行かなくては
頼むから無事で!
「セリセリ!」
セリセリは酷いありさまだった
手足はねじ曲がり、折れた骨が肺に刺さったのか呼吸も荒く血反吐を吐き続けている
すぐにでも治療を始めなくては
「待っていてくださいセリセリ、絶対助けますから!」
「私のせいでセリセリが」
私が治療を始めると悪魔らしき気配が近くの建物からひと際大きく放たれているのが分かった
これは殺気も込められているのだろう。こちらに向けてか…
「いえ、ナリヤは悪くありません。悪いのは…」
私はセリセリの治療をしながらその建物を右手に込めた力で破壊した
そこからは二柱の悪魔らしき不気味な化け物が飛び出す
ナリヤを襲った犯人か
恐らくこいつらも元々は人間だったのだろう。一人は小さいため小人族か?
驚くべきは奴らには会話を出来るだけの知能が残っている点だ
人族を素体としているのなら当然なのだろうが、以前までの化け物はまったくと言っていいほど意思疎通はできなかった
それだけこいつらは特別なのかもしれない
ともかく元に戻せないか会話を試みようとしたが、どうも話の節々におかしな点がある
こいつらは、自ら進んでこの姿になったとしか思えないほどに悪魔に心酔しきっているのだ
「リィリア、ここは私に任せて」
怒るナリヤは私にいつも使用している私がプレゼントした剣を私に渡すと、自らの聖力で作り上げた剣を構えた
なんという高密度に練り上げた聖力なのだろうか。あれなら悪魔でも斬れるはずだ
「一刀、飛閃改!」
ナリヤは私の思った以上に強くなっていたようだ
一人で化け物を一柱仕留めきった
相手が油断していたこともあるだろうが、ナリヤはやはり努力家
聖力剣をさらに構え治すともう一柱の化け物に斬りかかる
さすがに仲間がやられたのを見ていたため警戒し、その攻撃は避けているが、ナリヤは剣先を伸ばして化け物の腹部を斬った
「ぐげっ、よ、避けだはずなのに! おでの腹がぁあ」
化け物は薄汚い血を吹き出しながら混乱している
なぜ自分が斬られたのか理解できないと言った表情だ
ナリヤはまたも一瞬の隙をついて背後に回ると背中から胸に剣を突き立てた
「が、え? いづのまに、あれ? おで、もう、ここで死ぬ?」
驚愕の表情のまま化け物は灰となって消えた
化け物を倒しきったそのすぐ後に私はセリセリの治療を終える
手足は治ったばかりのためまだ動けないだろうが、これで命に別状はないだろう
ひとまず眠らせておいたセリセリをアエトに任せて私は化け物がいた建物の周囲を探索する
案の定その建物の瓦礫の下から地下へと続く階段が見つかった
破壊されていたので気づかなかったが、ここはどうやら教会のようだ
「私とナリヤで下を確認してきます。ライラは引き続きセリセリの様子を見ていてください。アエトは周囲を警戒しつつ敵に供えておいてください」
「分かりました!」
「うん!」
二人に後を任せて地下へと降りる私とナリヤ
地下は礼拝堂のようになっているようで、神聖な雰囲気がある
ところどころに女神様を模した像が建てられており、ここには熱心なティライミス信徒がいたのだろう
「ええ、わたくしもこの場所からの信仰心をいつも感じていました。しかし今はもう」
女神様が悲しんでおられる
無理もない、信徒は女神様にとって子供達のようなものだ。それを奪われた悲しみは計り知れない
さらに奥へと進むと、誰もいないはずなのにロウソクの灯りが灯っており、そのロウソクに囲まれて女性らしき人影が見えた
「あらあら、バースとヘムトを壊しちゃったの? やっぱりあなたは素晴らしいわ」
「お前は…」
こいつは、見たことがある。あの時出会った悪魔の女…。ミザリー!
「私ね、あまりにもあなたが欲しすぎて直接来ちゃった…。あ、そうそう、皇帝はそこで寝てるわよ」
ミザリーが指さす礼拝堂の信者が座る座席。そこにロクサーナ陛下が気を失った状態で横たわっていた
何もされていなかったようで、五体無事なことにほっと胸をなでおろした
「皇帝はもう用済みだから殺してもよかったんだけど、貴方に嫌われたくないのよねぇ」
「もう十分嫌っていますけど?」
「そう言わないでリィリアちゃん。私あなたが気に入ったの。あなた、悪魔に成る気はない?」
何を言っているんだこの悪魔は?
「あなたならねぇ、素敵な悪魔になれると思うの。汚れなき純真無垢な魂にその魔力の強さ。ねぇお願い。私の手を取って」
その言葉に私はミザリーの手を取る
「フフ」
「リィリア、何を…」
ナリヤ、勘違いしないで欲しい
私が手を取ったのは
「ごめんこうむります!」
ミザリーを聖力を込めた手で思いっきり投げ飛ばした
だが彼女は空中で回転すると着地し、私の掴んでいた手をぶらぶらと振る
「痛いじゃない。でもまあその回答は思った通り。諦めないわよ。今日はそれだけを伝えたかっただけ。取り合えず私の特別製ナイトメアを屠ったご褒美に帝国からは身を引いてあげる。でもまたあなたに会いに来るわ。待っててねリィリアちゃん」
驚くほどあっさりミザリーは引いた
一つの国を滅ぼしたとは思えないほどあっさりとだ
帝国は復興が大変かもしれないが、名君であるロクサーナ陛下が無事戻って来たのだ
聖国も支援するだろう
ただ、ロクサーナ陛下の親衛隊は全滅、右腕だった者も行方知れずだが、恐らくはもう殺されているだろう
ナリヤより強いはずの親衛隊たちが殺されているということは、それをやったのはミザリーなのではなかろうか
つまり、ミザリーはそれほどまでに強い。私達も力を蓄えなければならないだろう