蠢くは悪の意思20
目が覚めた私が真っ先にした行動はフロレシアさんの体調の確認だった
かなり回復したとはいえ、あれほどの大けがを負ったのだ。それこそ死んでいてもおかしくはなかった
だが彼女は生きている。それが私には嬉しかった
思えば転生前の人生では誰かが死んで悲しかったのは母が死んだときくらいだったろうか
信者の誰が私のせいで死のうとも心に響くことはなかった。それは私が人とのつながりを恐れていたからに他ならない
繋がればそれが大切なものとなり、失った時胸が張り裂けそうになる
だが金は違った。裏切ることもなく不変であり、私の心の隙間を埋めたのが金だったのだ
それがかつての私
だが今は違う、人とのつながりは私にはなくてはならないものとなった
今世でそれを失いたくはない。だからこそ、私は自分の身を犠牲にすることをいとわなかった
「今後魔力を使い切るようなことはやめてください。いくらわたくしが憑いているとはいえ危険ですわ。わたくしが消滅するのは構いません。あの時からずっと覚悟はしていますから。しかしわたくしの力を受けたあなたが死んでしまえば、この世界がどうなるかは分からないのです」
女神様は私の身を案じ、また世界を案じておられる。女神様のためにも、世界のためにも、私が倒れるわけにはいかないのだ
だが悪魔は倒す。必ず
「ええ、あの悪魔、許せませんわ。わたくしの大切な子供をあのような姿に…。可哀そうな子たち、苦しかったでしょうに」
女神様の悲しみが私にも伝わってくる
女神様の苦しみは私の苦しみ。私達は一心同体ゆえに私も人を慈しむ。それはたとえ女神様がいなくなろうとも変わることはないだろう
女神様は私に人を愛する心を教えて下さったのだから
いよいよ私達は帝国に乗り込むことになった
その日は朝から準備に余念が無いようしっかりと整えて旅立つ
ラタリウスさんはフロレシアさんをしっかりと全快させると約束してくれたので一安心といったところか
荷物を背負い、ナリヤ、ライラ、セリセリ、アエトとうなづきあうと帝国国境の街フラームスへ向かうために歩みを進めた
だがそんな折である、何とも信じがたい衝撃的なニュースが私に飛び込んできた
伝達魔法によって飛んできたメッセージはハイプリエステスであるレニ・ヴァニラさんからではないか
レニさんの声は落ち着いていて非常に心地いい
彼女はまだ27歳と若いのだが、私がハイプリエステスになれる準備が整い次第ハイプリエステスの座を退いて私へと世代交代をするそうだ
その重責を背負わなければならないが、私の覚悟はとっくにできている
「久しぶりですねリィリア、貴方の卒業式以来かしら? とりあえずその話は置いておくわね。実は悪魔を捕縛することに成功したの」
そのメッセージを聞いて私達は飛び上がるほど驚いた
いくらレニさんが強いからと言っても一人であのように強靭な悪魔を抑え込めるはずがない
ともすればもしや
「まさか、聖女を集めたのですか?」
「話が早いわ。流石リィリアね。そう、聖女たちの力を借りて何とか抑え込むことに成功したのです」
「なるほど、その手がありましたか!」
私の中で突如女神様が声をあげた
驚く私に彼女は続ける
「そうですよリィリア! 敵わないなら力を合わせればよかったのですわ! 一人で背負うのではなく分かち合う。わたくしの教えがよくいきわたっていたのですね…。それなのにわたくし自身がそれを忘れていたなんて、穴があったら入りたいですわ」
そうか、一人では無理でも、二人、三人、四人と増えて行けばその力は二倍にも十倍にも百倍にもなる
捕縛された悪魔に会いに行こう。目的地は聖都だ
「聖王様にはすでに話は通ってます。すぐにでも来てください。それと、聖女リアナが行方不明です。今捕縛した悪魔に何か知っていることはないか聞いている最中なのですが、どうにも要領を得ないのです」
リアナさんと言えば私の五年上の先輩聖女だ
勇敢でボーイッシュな彼女は格闘術を得意とし、結構な手練れだったはず
魔物にやられるはずはない。とすれば悪魔に…。
最悪の想定も、しておく必要があるかもしれない
「ええ、貴方の言う人間が化け物に変えられる事案…。もし聖女を素体としているとすれば、リアナはもう」
ひとまずは悪魔に会わなければなるまい
つかまっているのならば危険はなさそうだが、万が一のこともあるため私は力をしっかりと蓄えておくことにした
キャリーという悪魔に聞いた聖力。それをいつでも放てるように、より多くの聖力を溜めより大きなダメージを与えれるよう準備し、聖都へと方向転換して走った
ここからは馬車も出ているのだが、今の私達なら走った方が早いだろう
途中休憩を挟みつつも驚くべき速さで進み、翌日の昼には聖都の門をくぐることができた
フロレシアさんを傷つけた悪魔と私は再び相見舞えることとなるのだが、もはや恐れなどない
あるのは怒り。フロレシアさんをあのような目に合わせた者に対する純粋な怒りのみだ