聖乙女生まれる8
私とナリヤは共に教室の掃除という罰を受け、放課後誰もいなくなった教室を箒で掃いていた。 お互い喋らず沈黙の時間が流れる
するといたたまれなくなったのか、ナリヤが口を開いた
「ご・・・さい…」
「何? 何か言いましたか?」
「ごめんなさい! あそこまでするつもりはなかったの。 ただちょっと転べばいいかなって…」
この子は8歳。 まだまだ子供でそこまでの考えが及ばなかったのだろう。 だが、謝る相手が違うことくらいは分かってほしいものだ
「私に謝ってもしょうがないと思いますが?」
「ええ、分かってる。 でも、貴方にも謝らなきゃ。 私、負けたくなくて…。 許してもらえるかは分からないけど、貴方のお友達にも謝る。 私は、聖女になるために頑張って来たのに、人を傷つけた。 もう、私は聖女にはなれない…」
確かにこの子は醜い嫉妬に狂ってライラを傷つけた。 だが彼女には自分の非を認めるという正しい心もある
「人間は常に間違いを犯している生き物。 その間違いを正せるか正せないかで人は変わる。 誰にでもやり直せるチャンスはあるということだよナリア。 私もかつて間違いを犯した。 だがやり直せるチャンスをいただくことができた。 私はその方のために世界を導こうと思う。 同じ志を持つのだろう?君も。 ならば手を取り合い、未来のために進もうではないか」
私の本心からの言葉。 口調は前世の時に戻っているがそれもまた一興だろう。 ナリヤは目を見開き、私をじっと見つめている。 その目から涙がこぼれた
「私、やり直せるかな?」
「ええ、きっと」
ナリヤは号泣し、私にしっかりと頭を下げた後、握手を求めてきた。 快くそれに応じ、掃除を済ませるとその足でライラの元へ二人で向かった
彼女がいるのは医務室。 癒しの力を持った教諭が彼女を治療し、休ませていた。 既に意識は戻っており、ベッドの上から嬉しそうに私を見た
「リィリアちゃん! 大丈夫? 怪我はない?」
ベッドから飛び降りて私の体をさするが、私には怪我一つない。 いやそれよりも君の方が大丈夫なのかな?
「私はもう何ともないです。 ほら、傷だって先生が治してくれましたし」
よく見ると額に小さな傷が残っている。 彼女の以前の傷は私が全て治したはずなので、これは転んだ時についたもので間違いないだろう
私は手を額にかざしてその傷を綺麗に消した
「まぁ! 女神さまの奇跡をここで拝見できるなんて!」
女性教諭は驚いているが、今は黙っておいて欲しいものだ
「あの、ライラ…。 その、私…。 ごめんなさい! あそこまでするつもりはなかったの。 ただちょっと驚かせようと思って…。 謝っても許してもらえないと思うけど、ちゃんと謝りたい。 本当に、ごめんなさい!」
ライラは黙っている。 彼女は手を振り上げ、ナリヤの頭に振り下ろした
コツン
何とも軽くて弱弱しい音が響く
「じゃぁこれでおあいこですね。 これでどっちも恨みっこなしです」
「許して、くれるの?」
「だって、不可抗力でしょう? 事故だもの、しょうがないことです」
それを聞いてナリヤはまた泣いた。 きっとライラが烈火のごとく怒り、色々言われると思ったのだろうが、彼女はライラの底なしのお人好しさを知らない。 だからこそ、私はこの子が好きなのだ
「じゃぁ仲直りしたところで、今日からは同じ聖女を目指すライバルで、お友達です」
私は二人の手を握ると三つの小さな手を交差させた。 俗にいう誓いと言うやつだ。 将来私達は聖人となり各国への布教へと向かうことになるだろう。 それまで良きライバル、良き友として互いを高めあい、研鑽しあうと誓うのだ
そこにもう一つ、少し羽毛の生えた手が加わる
「ずるいセリセリも握手するのです」
いつの間に来たのかセリセリが加わっていた。 彼女、気配を消す能力でもあるのではなかろうか? いや、神力は早々いくつも持てるわけではないし、私が特別なだけで…。 あとで女神さまに聞いてみるか
「いえその子天然で気配消していますわよ。 すごい才能ですわね」
起きていたのですか、回答ありがとうございます
「いえいえ、暇だったので」
この女神様、実はもっと動けるのではなかろうか?
「そんなことないですわ。 気のせいです」
まぁそれはいいとして、ともかくここに生涯の友情が芽生えた
それから私達は常に行動を共にした。 時折ナリヤの取り巻きだった者達も加え、それなりに楽しい学園生活を過ごせているのではなかろうか
いや、過ごせていたというべきだな。 なにせ一週間後に始まった武術の授業で地獄を見ることになるのだから(私は体力に恩恵があったためそこまでではないと言っておこう)
武術教諭、あれはただの戦闘狂ではないのか? いや、普段は気のいい男なのだが、戦いのこととなると性格が180度変わっている。 名はビース・ビーズ。 鬼人族という頭に角の生えた種族と魔族という魔力の高い種族のハーフで、ビーズと言う名字は父親である魔族の男性の名前だそうだ。 母親の旧姓はホウヅキと言うらしい。 鬼人族にはどうやら和風な名前の者が多いようだ
「立て! 子供だろうと容赦はせんぞ! あと12周だ!」
今私達は校庭を走らされている。 武術を学ぶにもまず体力づくりが肝心だと言うことらしい。 さらにはバランス感覚、つまり体幹を鍛える訓練もあり、初日は皆足腰が立たなくなるほどみっちりと扱かれた
私は息も上がりもしない。 どうなってるんだこの体は。 六歳児の体ではないぞ?
「それはそうですわ。 わたくしが腕によりをかけて作り上げましたからね」
腕によりをって…。 料理じゃないんですよ料理じゃ
「はう、わたくしは良かれと思って…」
いえまぁこの扱きに耐えれるのは私としてもありがたかったですよ
「そう言ってもらえると嬉しいですわ」
うむ、また一つ私の体の秘密が分かったわけだ。 大人になるまでに一体あとどれほどの秘密を見つけることができるのだろうか。 先が思いやられると言えば思いやられるが、楽しみではないと言えば嘘になる
楽しみ、としておこう