蠢くは悪の意思18
痛い、体中が…。 口に次から次へと血が込み上げてくる
肺が恐らく一つ潰された
手足も切り落とされ、右目も抉り出された
耳をそがれ、背中にフックをかけられ吊るされたまま素肌に鞭うたれる
今まで勇者として戦って死にそうには幾度かなったけど、今以上に酷い状態になったことはない
もう私は前線への復帰は無理ね
芋虫のように這いつくばることしか出来なくなってしまった
これじゃあ勇者として戦うこともできない
それどころか、生きてここから出ることもできない
目の前には私の切り落とされた手足がはく製にされて転がっている
キャリーが言っていた
ここは彼女が作り出した時間の停止した世界で、異界と呼ぶらしい
そこで私は既にありとあらゆる拷問を受けた
感覚では二週間は経ったかしら
こんな場所に助けが来るはずもない
拷問されても情報は一切吐かなかったけど、私はもう命をあきらめていた
お姉ちゃん、ごめんね…。 助けてあげられなかった
視界がぼやけ、やがて真っ暗な闇に落ちていった
く、まさかこんなにも早い段階で悪魔自身がお出ましとは
こちらはまだ何の準備もできていないし、攻撃の要であったフロレシアさんもいない
いや、いないのではなく、最悪の事態も考えた方がいいかもしれない
「それで? あなた達は私をどうしたいのかしら? ふふ、聞くまでもないわね、殺したいんでしょう、私を。 いいわ、相手してあげる」
「くっ、やるしかないみたいですね!」
私はすぐに戦闘態勢を整えたが、ナリヤ含め仲間たちは身がすくんで動けないようだ
無理もない、彼女たちはいくら強いとはいえ精神面は少女だ
私も中身が大人でなければ、足はすくみ、声すら出なかっただろう
何にせよ彼女たちを守らなけらば
「フルカウルスクートゥム!」
私は彼女たちを包み込む盾を張ってから悪魔に向かって走った
その間彼女は一切動くこともなくただ笑っているだけ
舐められているのだろうが、それで隙をつけるような相手ではない
「フフ、威勢がいいのね。 貴方がリィリアでしょう? ミザリーのテラーナイトメアを一撃で屠った少女。 素晴らしい力だわ、貴方ならミザリーへの良い手土産になりそうよ」
「黙って殺される私じゃない」
「でしょうね、でも大丈夫、貴方だけは殺さないわ。 テラーナイトメアの素材は生きたままじゃないとだめなのですもの」
キャリーは笑い、私の後ろに目を向ける
「でもそっちはいらないわ。 だから殺してあげる。 弱い人間なんて糞の役にも立たないもの。 あの勇者もそう、あまりにも弱いから拷問していろんな悲鳴をあげさせたわ。 良い声で泣いてくれるからついついいすぎちゃった」
「な!? フロレシアさんに何を!」
「そうね、もう死んでるかもしれないから、返してあげるわ。 生きててもウジ虫のように惨めな人生しか歩めないでしょうけどね」
キャリーは突如何もない空間に指を添わせ、空間を裂いた
「クラフトディメンジョン」
その空間に穴が開き、そこから手足を引きちぎられた女性が転がり出て来た
「フロレシア、さん…?」
ピクリとも動かないその女性は、顔面がはれ上がり、体中に様々な拷問の痕がうかがえるが、間違いなくフロレシアさんだった
「お、お前! お前が! これを!」
「あらあら、お嬢さんはご立腹のご様子ね。 ええそうよ、私がやったの。 手足をもいだ瞬間、大声で泣き叫びながら無様に失禁してたわ。 あんまりいい声で泣くもんだから私、思わず濡れちゃった」
「貴様ァアアアアアア!」
怒りが頂点に達した私は魔法ではなく、神力でその悪魔に攻撃を放った
手に集約されるのは聖なる力。 悪魔が忌み嫌う力だ
だがキャリーはその攻撃をいともたやすく躱し、私の足を引っかけて転ばせた
「ぐぅ! この!」
すぐに立ち上がると聖なる力を剣のように手にまとわせて斬りかかった
「だめよ、そんな物騒なもの振り回しちゃ」
またもあっさりとその剣は指だけで止められ、押し返されて私は壁に叩きつけられた
「そこで寝てなさい。 貴方のお友達もすぐそこの勇者と同じところへ送ってあげるから。 この世界では、神の御元かしら?」
「や、やめ、やめろぉおおお!」
キャリーの魔の手が仲間たちに迫る中、私は折れた右腕をかばいつつ立ち上がって走った
すでにキャリーの手が盾をこじ開け、ライラを掴もうとしている
その時私の足からパンという音がして、気づいたらキャリーの目の前にいた
「な、なに!? どういうことなの!?」
驚いているキャリーに向けて私は渾身の聖力を放った
「くぅああ!!」
その力はキャリーの腕を吹き飛ばすことに成功した
「クソガキがぁああ!! 殺してやる!殺す殺す殺す殺す殺すぅううう!」
火に油を注いだかのように怒りに燃え上がるキャリーは私の胸ぐらをつかんで持ち上げた
「もういい! ミザリーへの手土産にしようと思ったけど! てめぇは殺す! よくも! 俺の腕をぉおお!」
「はは、それが本性か、滑稽だ、な!」
私は持ち上げられながらも手に溜めていた聖力を今度は顔に向けて放った
「ギィアアアア! あっ、ごぁあ、 グゾがぁああ! ゴンナゴムズメニィイ!」
口と左目から左耳にかけてを吹き飛ばすことに成功し、私は手から逃れて地面に落ちた
先ほど発揮できた力を使って一瞬でナリヤたちを抱えると、転がっているフロレシアさんを抱え上げて部屋の窓から外へから飛び出した
フロレシアさんは、かろうじて息がある!
「待っててくださいフロレシアさん! すぐ、治療しますから!」
速い、この力は一体何なのだろうか?
女神様、私は一体
「分かりません、ですが今はその力に頼るのが吉ですわ」
確かに、恐ろしいほどの速さで走れているため、私は一気に国境を越え、首都を通り過ぎて目的の森へと着いた
聖国の小さな村から少し離れた森、その森の中心には小屋が建っており、そこには異世界人と呼ばれる最高峰の医者が住んでいた
私はその小屋の扉を叩いて中に飛び込んだ
「ラタリウスさん! お願いです! どうか、どうかフロレシアさんを! 帝国の勇者を助けてください!」
「んだよ気持ちよく寝てたってのに…。 なんだリィリアじゃねぇか。 どした?っておい! 何だその子は! すぐ診せろ!」
ラタリウスさんは私からフロレシアさんを奪い取るようにして小屋の奥へ運んでいった
「おいリィリア! お前も手伝え! この子今にも死にそうなほどの重体だ! 生きてるのが不思議なくらいだぜ…。 眼底骨亀裂骨折に頭蓋骨陥没からの脳内出血、肋骨の粉砕骨折に肺破裂、手足は、なんだこれは! 一体どんな力で引っ張たらこんな風にちぎれ…。 いや、ここは異世界だったな、そう言うこともある…。 何にせよ心臓が止まりかけだ、呼吸も弱い、一刻を争うぞこれは!」
私はラタリウスさんの指示に従って的確にサポートをしていった
手術用器具を滅菌し、指示に沿った器具を渡す
ラタリウスさんの腕前はそれはそれは見事なもので、複数の手術を同時進行で行なっているようだった
私もそれに合わせて手を動かす
そして手術開始から実に12時間後、フロレシアさんは何とか一命をとりとめた
しかしながら意識はなく、左目と手足を失ってしまった
もはや戦場をかけることはできないだろう
私が、もっと早く彼女を救えていたらと、そのことばかりが頭を巡り悔やまれた
薄い呼吸をするフロレシアさんを見て、私はその胸に手を置いた
「ごめんなさいフロレシアさん、貴女を、救えなかった」
涙を流し、その一滴が頬を伝って彼女の口に流れ落ちた
すると彼女の体が輝き始め、その変化が始まった
「な、何だこれは! おいリィリア! どういうことだ一体!」
疲れ切って寝ているところを起こされたラタリウスさんは飛び起きて質問を浴びせて来た
だが私にも何が何だかわからないのだ、答えようがない
光はやがて薄まり、フロレシアさんの姿がようやく確認できたのだが、そこには五体満足となって眠るフロレシアさんの姿があった