蠢くは悪の意思14
激しい痛みと共に口から血液が込み上げる
一瞬自分の腹部を見るとそこからは化け物のものと思われる腕が突き抜けていた
その腕が引き抜かれるとそこから臓腑が零れ落ち、脊髄までも砕きつぶされたのか足に力が全く入らなくなった
そのまま倒れ込むと自分の今置かれている状況がよく分かった
どうやら下半身はほとんどちぎれかかっており、皮とわずかな肉で繋がっているだけのようだ
自分の臓腑の臭いが鼻をつき、うっすらとした意識の中目の前が少しずつぼやけて黒く塗りつぶされていく
これはあの時にも体験した
信者だった男の一人に私は刺殺された
彼の家族を信者として奪い、彼の家庭を滅茶苦茶にしたが故の報復だったのだろう
あの頃私が信じていたのは金だけだった
側近で私に陶酔していた者たちですら信じず、ただ言葉でだまし続けていた
何故だろうか、あの時見なかった走馬灯を今になって見るとは
しかしこのまま死んでしまうには心残りが多すぎる
私はまだ何も成し遂げていないではないか
「リィリア! 意識をしっかり保つのです! あなたはまだ死んでいませんわ!」
ああ、女神様の声が遠くから聞こえる
申し訳ありません、お役に立てず
そうだ、このまま私が死んでしまえば女神様も消えてしまう
それはだめだ。 私のせいで女神様は…
私は、私は女神様のおかげで人を、世界を愛されるようになったのだ
この世界は美しく、人々は輝いている守るべき価値のある世界だ
死んでいる場合じゃない
ここでこいつを野放しにするわけにはいかない
「ぐ、っくぅ」
内臓がずりずりと引きずられるのを感じるが、それが何だというのだ
動かなければ
手で体を引きずりながら私は仲間を襲うあの化け物に近づきその足を掴んだ
「エレ・ヴァナヘル!」
何故か頭に浮かんだ言葉を紡ぐと掴んでいた化け物の足がドロドロと溶け始め、さらにその溶けた部位が私の手から吸収されていく
吸収されたのは恐らくこの化け物の力なのだろう
その力からは人々の悲鳴が聞こえ、怨念が渦巻き心が裂けそうなほどの痛みを感じた
だがそれらの魂とも言うべき力は私の中に入るとどこか安心したのか、おとなしくなり、それどころか私に力をみなぎらせてくれたのだ
「これは、私の下半身が」
化け物の力を吸収したためか、下半身が再生し始める
骨や神経が生えているためか意識が遠くなるほどの途轍もない激痛が走るが、それでも私は化け物から手を離すことはない
化け物は暴れ始め、私を蹴り殺そうとその足を振り下ろすが、振り下ろされた足は私を踏み砕く前にボトリと転がり落ちた
「もとは人間だったのでしょう。 悪魔にそのような姿に変えられさぞやつらかったと思います。 今は、ゆっくりと休みなさい。 あなたの魂が向かう場所は我らが母ティライミス様の元です」
私がゆっくりとそう告げると、化け物は暴れるのをやめて目を閉じ、涙を流しながらドロドロに溶けて消えてしまった
化け物によって傷ついた仲間が駆け寄ってくる
幸い皆重傷は負っていたものの命に別状はなさそうだった
すぐに私の回復魔法で治療する
「良かったわリィリア、貴方が無事で…。 ほんとに、ホントによかった」
何とか立ち上がれるまでに再生した私の下半身は未だズキズキと痛みはすれど、問題なく歩けそうだ
いったい今発揮した力は何だったのだろうか?
女神様もどうやらこの力に関しては分かっていないらしい
あれやこれやと考え事をしていて気づかなかったが、フロレシアさんに言われて気づいた
「リィリアちゃん、とりあえずこれを履きなさい」
差し出されたのは下着とショートパンツ
そうか、私のちぎれかけていた下半身はそこに落ちている
それが再生したのだ
つまり今私は下半身を丸出しのまま立っているということになるな
遠慮なくフロレシアさんに下着をもらい履かせてもらう
まだうまくは立つことができないので手伝ってもらいながらだ
下着をナリヤに履かせてもらっていると、気絶していたセリセリとライラが起き上がって私の元へ歩いてきた
「リィリア!? 大丈夫なの!?」
セリセリが私の足をペタペタと触るが、どこにもおかしいところが無いと分かるとホッと胸をなでおろしていた
ライラのほうは私が貫かれたのを見て気絶していたから安心もひとしおと言った表情だ
「本当に体は何ともないの? 大丈夫なの?」
ナリヤがかなり心配してくれているが、自分でも思っている以上に下半身の調子はいい
さらにどうやら強化までされたようで、相も変わらず細い脚にもかかわらずその筋力は異常なほど発達していた
走る速さもさることながら、軽く飛んだだけで5メートルほど飛び上がったのには驚いた
いったい私の体で何が起こっているというのだろうか