蠢くは悪の意思12
要塞都市とも呼ばれる聖国と帝国との間にある都市クラルベルド
聖王様はここで再び兵たちを動員しなければならない事態に心を痛めていた
しかしそうでもしなければいつ帝国に攻められ、大切な国民、聖王様からすれば家族が傷つくかもしれないのだ。 苦渋の決断と言ったところだろう
「なるほど、ではあなた方で帝国へ侵入、その後は女帝の洗脳を解くという手はずでよろしいですかな?」
作戦を再確認するのはこの街の街長であるコバルトさんという、いかにも紳士と言った特徴の男性だ
彼には一応作戦を伝えておいたのだ
もし帝国が攻めてくるようならこちらに連絡をしてもらうためだ
いまだに帝国からの動きは見られず沈黙を続けているのだが、聖国の守りの砦でもあるクラルベルドを攻め落とされる前に決着をつけなければならない
いつ攻めて来るか分からないだけに時間との勝負ともいえるだろう
「それではその時はよろしくお願いします。 私達はこれより帝国へ向かいます」
実を言うと帝国へのルートは一つではない
聖国を抜けず、少し回って属国であるノースーンという小国を抜けるルートもあった
しかしそのルートは危険な魔物が多く、かえって消耗してしまう
それにフロレシアさんも勇者会議に向かう際にはこちらから来たそうだ
勇者は人格者でなければなることができないというのは周知の事実で、それ故にフロレシアさんもほんの少しの身体検査のみでこちら側に来れたのだ
帝国と冷戦状態にあるとはいえ、もともとは友好を結ぼうとしていた国である。 なんとしてもロクサーナ陛下を元に戻さなければこのままでは戦争が本当に起きてしまうだろう
それも世界を巻き込むような大規模なものが
「ありがとうございます勇者様、聖女様、どうか帝国を元に戻してください」
コバルトさんも複雑な心境なのだろう
ここ数年で状況は悪化の一途を辿ったが、以前のロクサーナさんのおかげでここも帝国との貿易が盛んな商業都市として繁栄していたのだ
人々が楽しく交流し、多くの笑顔が溢れていた
私はその笑顔を取り戻したい
帝国との関係を元通り有効なものにし、魔王を倒して世界に平和を
平和とは犠牲の上に成り立つものだと誰かが言った。 そんな犠牲すらも出したくないと思う私は間違っているだろうか?
偽善かもしれないが、今の私は平和を愛す一神徒でありたいのだ
「帝国までもう少しです。 この山を越えればもう帝国領ですよ」
フロレシアさんが指さしたのは比較的機構の穏やかな、魔物の少ないコーデリア山脈に連なる一山だ
標高は600メートルほどとやや高いが、この時期は雪も降らないため行路としても利用できる
もっとも雪が降るのは一年のうちで一月ほどだが
私達は今度はアクバというロバに似た魔物に乗って山越えを始めた。 アクバは馬よりも足腰が強く、山越えに向いているらしい
表情はどことなく間の抜けた顔だが、そこが何とも愛らしいではないか
性格もおとなしくて人懐っこいためペットとしても飼えるようだ
「はいリィリア、皆、これ飲んどきなさい」
ナリヤが私達に水の入った水筒を渡す。 確かにこの暑さはこたえるな。 水分補給をこまめにしなければ
気温はそれほど高くないのだが、熱いと感じる。 それがこのコーデリア山脈の特徴で、とにかく汗をかかせるような特殊な鉱石が多いらしく、その鉱石はサウナなどにも用いられるのだとか
「あっついですよ。 セリセリは熱いの嫌いなんですよね」
暑さでアクバの背でとろけているセリセリが水をコクコクと飲みながらつぶやく
私も暑いのは苦手だ。 寒さならば着こむことでどうとでもなるが、暑さばかりは脱いでも暑い。 それにこの姿だと色々と問題があって薄着で外を徘徊することもできないのがもどかしい
山は段々と険しくなるが、アクバにとってはそれほどでもないようで、風魔法で枝葉を切って進みやすくしてやると、それを餌だと思ったのか食み始めた
その表情がまた可愛い。 マスコットにでもなれるのではなかろうか
「む、魔物の気配です!」
フロレシアさんは常に気配察知の魔法を使っていたのか、いち早く魔物の気配に気づいて警戒を促した
草藪をガサガサと何かがならしている
危険な魔物の可能性もあるためアエトに確認してもらうことにした
アエトならば魔物の動きを能力で止めることができるための人選だ
「ま、魔物さん、私達は怖くないですよ。 ほら、ご飯もあります」
アエトが干し肉をもって草藪に声をかけると、小さな猫のような魔物が飛び出した
「この子は、レブロパルドの子供ですね。 脅威度はAランク指定で、縄張りに入ったものに攻撃を加える危険な魔物ですが、逆に言えば縄張りを犯さなければ問題ないです。 ただ、子猫がいるということは、ここはなわばりであるはずです。 警戒、を…。 あれ、この子怪我してます」
アエトが抱え上げると確かにその前足に割と大き目な傷が見えた。 骨まで達しているようで痛々しいので、私は回復魔法をかけてその傷を治す。
アエトが干し肉を与えるとよほどお腹がすいていたのか、がっつき始めた
「おかしいですね、このくらいの子猫なら絶対に親と一緒にいるはずなのですが」
しかしまわりを探知してもその親らしき魔物の気配は一切感じれない
かといって探すには時間がかかる。 急いでいる私達にその時間は取れない
「どうしましょう…」
ひとまずこの子猫を連れて行くことにし、アクバを走らせようとすると上から何かが落ちてきた
「ひぃっ!」
私は思わず声をあげたが、それが何かの死体であることは分かった
「こ、これは! レブロパルドの成体です!」
アエトにはその死体が何かが分かったようだが、まさかこの子猫の親、なのだろうか?
子猫の方を見ると私の腕からもがいて飛び出し、その死体にすがって悲しそうに泣き始めた
どうやら本当にこの子の親だったようだ。 なんとも後味の悪い…
しかし気を付けなければならないのは、Aランク指定の魔物をいともあっさりこのような姿にした別の何かだ
この山脈にはレブロパルド以上に強い魔物はいない。 ならばどこからか流入してきたのだろう
それに空から落ちてきたと言うことは…
一瞬でそこまでの思考をし、私が上を見上げると、絶望とも言うべき何かがこちらを見下げていた