蠢くは悪の意思8
部屋に通されてから数分後、慌てた様子で少女が入って来た
この子がフロレシアさんだな。 モニターで見たときよりも可愛らしい印象を受ける
「お待たせしました。 帝国の勇者フロレシアです。 あなたは…」
「申し遅れました。 聖国のハイプリエステス見習い、リィリアです」
「ハイプリエステス? 聖女様ではないのですか? 聖国と言えば聖女様が有名と聞きますが?」
「はい、私は各国を自由に動くためにさらに上を目指しているんです。 そんなことよりも、帝国の動向についてなのですが…」
そう切り出した途端フロレシアさんは悲しそうな表情を浮かべた
やはり姉君のことゆえにショックが大きかったのだろう
「そう、ですね。 姉、ロクサーナ陛下は世界に対して宣戦布告をしました。 あの優しかった姉が、なんで」
優しかった、か…
最近はめっきりおかしくなっていたが、私がもっと幼いころには各国との友好に力を注いでいた
世界情勢はそれで安定していたのだ
数年前のことである。 彼女をおかしいと感じ始めたのは
聖国との友好を結んだ直後のことだった
その友好条約を一方的に破棄。 聖王様をさんざんののしるような手紙を送りつけてきたのだ
直接出会った聖王様はロクサーナ陛下の言葉ではないとしたが、筆跡は一致している
彼女からの手紙で間違いなかったのだ
しかし聖王様はお認めにはなっていない。 友好条約を結んだ時のロクサーナ陛下からはまったく邪気を感じず、澄み切っていたとおっしゃっていたのだ
「姉がおかしくなっていたのは気づいていましたが、私は認めたくなかったのだと思います。 まだ元の姉に戻ってくれると心のどこかで思っていました…。 強い方ですから…。 しかし、此度の宣戦布告、あれはどう考えても姉の意思とは思えません! 何者かに操られているとしか思えないのです」
フロレシアさんの考えは分かった。 彼女は自分でロクサーナ陛下の正気を取り戻そうとしているのだ
操る何者かを排除する気なのだろう
しかし、誰にも気づかれることなく、猛者のいる帝国に侵入し、ロクサーナ陛下を惑わせる何者か…
一筋縄ではいかないことは明らかなのだ
「一人、心当たりがあるのです」
その言葉は意外なものだった
てっきり全く分からない敵を追うものだと思いきや、すでに見当はついているのか
「その者は突如帝国の宰相として抜擢されました。 経歴はまったくの不明。 ただ言葉の節々に妙な魅力を感じる女性でした。 普通の人間ならあの言葉に、声に快楽を覚えることでしょう。 名前はキャリー。 人間でありながら底知れない恐怖を感じる異常な人物」
そのキャリーという女性の名前を言っただけであの新人最強と謳われる勇者が震えているのが分かった
彼女をして恐怖を与えるキャリーとは一体何者なのだろうか
兎にも角にも私はその者を調べる必要がある。 帝国に行かなくては
「フロレシアさん、どうにか私が帝国に向かう手立ては無いでしょうか?」
「え?」
「微力かもしれませんが、私達も陛下を元に戻したいと考えています。 協力させてはもらえないでしょうか?」
「いいの? 相当危険よ?」
「大丈夫です。 私には女神様の加護がありますから!」
「そう、ね。 あなたは聖国の人ですものね。 ありがとう、すごく心強いわ」
フロレシアさんは私の同行を許してくれた
彼女はロクサーナ陛下の妹だ。 帝国には顔パスで入れる。 その彼女が私達を勇者の仲間として帝国内に引き入れてくれるそうだ
幸いにも私達の顔や聖女だということは知られていないとのことだ
彼女を筆頭に私達四人、それともう一人同行者がいるらしい
「私に協力してくれる若い勇者がいるの。 その子は恐らく潜在能力は私よりも上よ。 きっと今回の作戦で大いに力になってくれるはずよ。 ただ、今回の勇者会議で顔が知られてしまっているから、変装の勇者の力で変化させてもらって変装してもらうつもり」
なるほど、他の勇者がついて来てくれるのはかなり心強いな
それに顔は変装の勇者という勇者は確か自らが様々なものに変化できるだけでなく、他人の姿も変えてしまう力があると聞いたことがある
同行する誰かは分からないが、勇者は誰もが人格者と聞く。 そうでなければ勇者など務まらないからだ
まぁ会えばどんな人物かわかるだろう
気が合うといいが
なんて思っていたのだが。 気が合わないはずなどなかった
紹介されたのはよく見知った顔、親友のナリヤだった
「リィリア!?」
「ナリヤ!?」
見事にハモッた瞬間である
そうか、ナリヤもここに来ていたんだったな。 だが協力者がナリヤだったとは思わなかった
「よかった、元気そうで」
「ナリヤこそ元気にしてた?」
二人で話し合う
フロレシアさんやライラたちはいつの間にか遠くから見守るように見ていた
「そっか、同じ国だったわね。 それに親友だなんて、これは運命の女神様が二人を引き合わせて下さったのよ」
フロレシアさんがそう言っているので私の中の女神様に尋ねてみる
「いえ、運命の女神様の神力は感じられないので偶然ですわ。 あ、偶然の女神様もいらっしゃいますが、あの方の神力も感じませんわ」
とのことだ
まあここに来れば会えるかもと思っていたので、ほとんど必然だな
ひとまず部屋を用意してもらい、六人で話をすることにした