聖乙女生まれる40
都市の周囲には無事平穏が戻った
それもこれもアエトが頑張ったおかげだろう
彼女は友達魔物の力を借りなくても自身の力自体が非常に強い
Bランクまでの魔物は彼女の拳による一撃で消し飛んでいる
私たちが三人掛かりで倒すのがやっとの魔物でも、彼女は難なく倒しているのだ
「どうでしょう? 私はお役に立てたでしょうか?」
「ええ、素晴らしい活躍でした。 ナコさんも喜びますよきっと」
アエトはニコリと微笑んだ
あとは報告するだけだ
私達は街に戻って教会に足を運ぶ
ナコさんは既に老人の姿に戻っており…。 とはいってもこれが本来の姿なのかは分からないが、落ち着いた優しい笑顔で迎えてくれた
「ありがとうございました聖女様、どうでしょう、今夜は教会にお泊りになりませんか?」
それはありがたい
私は教会の雰囲気が好きだ。 女神様に守られているのをより感じることができるからな
ナコさんは教会の客室をあてがってくれた
質素倹約をモットーとする教会の教えに適した、小さな、こざっぱりとした部屋だが、まるで長年住んでいたかのような安心感がある
ちょうど四人で入れる部屋だ
荷物を置いて用意してくれた食事をとる
粥とふかし芋、それとぶどうのジュース
粥は少しの塩で味付けしてあるので食べやすいし、芋は甘みが強い品種なのかこれがまたうまかった
ぶどうジュースはさっぱりとしていて口がすっきりする
食事を終えた後は教会の一般人にも開放している大浴場で入浴だ
教会の大浴場は混浴なのだが、それが一般的なこの国で今更裸を恥ずかしがって入れないなどということはない
私達は大人の男性や女性が入っている中、堂々と入り、体を洗い、浴槽に浸かってその日の疲れと汚れをしっかりと落とした
やはりアエトは目を引いたようだが、翼を隠していたため、リザードマンという種族に間違われていたようだ
リザードマンはアエトと同じように手足にうろこの鎧をまとっているものが多い
目を引いていたのはリザードマン自体がこの国では珍しい種族だからだろう
「うひぃ~、お湯が気持ちいいです~」
アエト、ライラ、セリセリはまるでとろけているかのように湯を楽しんでいた
確かにここの湯は体の疲れが一気に取れる
恐らく私も顔がとろけていたはずだ
浴場から出ると私達はすぐに部屋に戻って眠りについた
明日はまた別の依頼主の所に行かなくてはならない
幸いなのはこのエルディーラに次の依頼主がいることで、移動する必要がないところだ
翌朝、大きな音がして飛び起きた
まるで大砲の着弾でもあったかのような爆撃音である
「何事ですか!?」
私はすぐに着替えをすますと外に飛び出た
遅れてライラ、アエト、セリセリも続く
外では街の人々があわただしく走り回っており、警備兵や教会の職員もその音のあった方向へ向かっていた
当然私達もそれに続く
音のした場所はこの街の外壁
本当に大砲の弾でも飛んできたのか、大きな穴が開き、外壁が崩れている
「これは一体、何があったんですか?」
私は近くにいた教会のシスターに聞いてみた
「あ、聖女様、おはようございます。 それがその、どうやら魔物の襲撃のようなんですが、肝心の外壁を破壊した魔物が見つからないのです。 現在兵やハンターが捜索しているようなのですが…。 そもそもこの周辺の魔物では街の外壁を崩せるほど脅威ではありません。 この街の外壁を崩せるとなるとそれはもうSランク越えでしょうから」
なるほど、魔物、か
昨日の討伐ではそこまで強い魔物が見当たらなかったということは、今朝になってこの街近辺に来たということになる
「アエト、魔物に詳しいあなたなら、この外壁を崩したモノの正体が分かりませんか?」
「や、やってみます。 現場を見せてください」
アエトは崩れた外壁に案内され、しゃがみ込んで匂いを嗅ぎ始めた
「クンクン、この独特な匂い、それと魔法ではなく物理的な攻撃による外壁の崩れ方…。 思い当たる魔物は数十体に及びます。 その中で、この辺りに出没しそうな魔物を絞り込むと、5体…。 クンクン、あ、足跡がありますね。 大きな爪、三つ指で二足歩行、足跡の間には尻尾の跡、この尻尾は爬虫類タイプだから、分かりました! 犯人はニーズリザードです! 気を付けてください! 奴は姿を消せまっ」
ドチュッ!
辺りに嫌な音が響いた
アエトの話を聞いていた兵士の一人が何かに頭を噛みちぎられ、血を吹き出している
「キャァアアアアア!」
野次馬の女性の悲鳴を皮切りに民集が逃げ出し、兵は見えない何かへの臨戦態勢を取った
「聖女様! これは一体…」
私に声をかけてきたのは次の依頼主であるこの街を束ねる長、ベネディクトさんだった
「ニーズリザードという魔物が襲撃しました。 奴は姿が見えません、ベネディクトさんは逃げてください」
「は、はい! 聖女様、ご依頼の件ですが、私の依頼書にある討伐対象は、恐らくあれで間違いありません」
私はすぐに依頼書の束を取り出して目を通す
なるほど、最近この街から旅立った商隊が忽然と姿を消し、無残な姿となって発見されると言う事件が多発、唯一の生き残りたちの証言によると、見えない何かに襲われたとのことだ
ふむ、確かにあれで間違いなさそうだ
はてさて、Sランクの魔物、私達だけで倒すのは難しいだろう
ここは兵やハンターと協力するしかない
ハンターは最高でもCランクの者しかいないが、こちらにはアエトがいる
何とかなるかもしれない
「アエト、出来るだけ強い魔物を召喚できますか!?」
「は、はい! ルビー、お願いね!」
アエトはルビーと名付けた人型の兎を召喚する
二足歩行できる兎で、目がルビーのように美しい赤、手のひらは人間のような五本指
ルビーは周りの状況を理解したのか、すぐに戦闘態勢を取って何もない場所を睨んでいる
「ルビーはAランク相当の私の友達です。 その目は魔眼で、何でも見通しますよ!」
どうやらルビーはニーズリザードを睨んでいたようだ
彼女の目には奴がしっかりと映っているのだろう
そしてルビーは、まさしく脱兎のごとく駆けだした