聖乙女生まれる4
数日後、私は朝早くからティライミス様を信仰する教会へと来ていた。 母に手をつながれながら歩く道はこの小さな体ではなかなかに大変だ。 しかし母はそんな私を気遣って歩幅を合わせてくれた。 おかげで教会には少し遅れて到着することとなったのだが…
「もう始まっているわ。 リィリアも並びなさい。 聖王様が見て下さるわ」
「はい!」
たくさんの子供達が並んでいる。 これは月一回開かれる神力に目覚めた子供達の能力判別の儀式だ。 それぞれ違った力を授かるのだが、ここ最近は女神の力が弱まっているため、強い力を持つ子は稀だと言う。 数年前に一人強力な癒しの力を持った子がいたのだが、その子は成長して今は聖王を支え、人々を治療する教会付きの幹部となっているそうだ。 魔物はびこるこの世界ではなくてはならない存在だろう
ちなみにだが聖王は誰にでも優しく、人々の声を聴く良王だそうだ。 私としても会うのが楽しみである
「ほらお嬢ちゃん、君の番だよ」
聖王の顔が見える。 彼の本名はクローディス・ボルネルトと言うのだが、国民からは親しみと尊敬をこめて聖王様と呼ばれているそうだ。 そう、この聖王と言う呼び方は彼がそう言うように示したのではなく、国民たち自ら呼び始めたのだった。 そんな彼の印象としては優しい老人で、とても豪華とは言い難い普通の教会職員のような衣装を着ている。 その首からはロザリオを下げており、それが唯一彼を聖王とする証となっていた。 彼の心情は人々の安寧と女神への崇拝だ。 より良い世界のため尽力する彼は正しく聖なる王なのだろう。 そんな聖王は今私の目の前でにこやかに微笑んでいる。 怖がらせないためだろう、私に目線を合わせてくれた
「君は、リィリアちゃんだね?」
名前を呼ばれて驚いた。 私自身が名前を言ったわけでも周りの者が私の名前を呼んだわけでもない。 つまり彼はこの国の人間を、すべて覚えているのではなかろうか? そういえば前にいた子供達のことも彼は空で言っていたな。 超記憶とも言うべき才能だろう
「さて、君の力を見るからおじいちゃんに少し手を握らせてね」
しみいるような優しい声で、ゆっくりと、包み込むように私の手を握った。 温かく、気持ちがよくなるようだ
聖王は目をつむるとなにかブツブツと唱え始めた
「今私にアクセスしているのですよ」
急に目を覚ますな、この女神は。 だがアクセスと言ってもこの方は今私の中にいる訳である。 果たして女神の言っていた自動機構術式とやらはちゃんと作用するのだろうか?
「ほぉ、ふむふむ、何とこれは…。 おお、素晴らしいことです。 よもや私が生きている時代に、このような奇跡を目にすることができるとは…」
聖王は目頭を押さえながら涙を流し、ハンカチでそれをぬぐうと私に向き直った
「リィリアちゃん。 あとで私の部屋に来なさい。 そこにいるお母さんも一緒にね」
まさかの呼び出しである。 だがこうなることは大方予測はしていた。 何せ女神から多大な恩恵を受けて私は生まれたのだからな
「まぁ、聖王様からの直々のお呼び出しなんて…。 一体リィリアに何が見えたのかしら」
母は心配そうに私を見るが、逆に私は落ち着いていた。 女神の憑く私に聖王が何を見たのかが非常に興味があるからだ
私の後ろに並んでいた数人の子供を見終わった後、彼はすぐに私たちを自室へと案内した。 護衛の者を付けないあたり、よほど内容を隠しておきたいようだ
中に入ると聖王は私たちに座るよう促した
「あ、あの、聖王様、娘の力は一体…」
「ふむ、君は確かメィルだったね。 確か力は灯火。 トーチほどの火を出す力だったな」
「は、はいそうです。 覚えていてくださったんですね」
「もちろんだとも。 私が王になるより前から私は国全ての人を覚えているからね。 加えて言うとその記憶力が私の神力でもあるのだよ」
本当に超記憶が能力だったようだ。 彼は一度見たことは決して忘れず、記憶したことは瞬間的に思い出すことができる。 さらにもし魔法などを見た場合、見たことのない魔法でも直後に再現することが可能なのだそうだ
「ではまずリィリアちゃんの力なのだがね。 この子は素晴らしい。 女神さまがついておられる」
驚いた。 彼は私のことを正しく見抜いているようだ。 そうか、これも女神の加護。 王となった彼に女神が与えたギフトなのだろう。 お告げは彼に私の力と私の体に眠る女神について教えたようだ。 さすがは女神の自動機構術式と言ったところだろう
「わたくしだってやる時はやるのですよ」
ああ、女神さまはまだ起きておられたのか。 速く眠っていただきたい
「まあ、わたくし頑張って起きてましたのに」
不貞腐れるように女神は眠りについた。 きっと頬を膨らませていることだろう
「女神さまが…。 私の娘に? すごいわリィリア!」
母は私を思いっきり抱きしめた。 苦しいが、喜んでくれているのがよく分かる
「そこでなのだがリィリアちゃんや。 聖ホーネスト学園で聖女を目指す気はないかね?」
聖ホーネスト学園。 そこは先々代の王が才能ある者が聖人を目指せるように建てた学園である。 聖人と成れば他国への布教が認められるようになる。 だが他国に行くには魔物の徘徊する街道や、盗賊、布教をよく思わない者達による弾圧も当然ある。 そのためこの学園では戦闘に関する知識や技術も学ぶことになる。 そのため戦闘能力の高い聖人は世界各地に散らばって布教を続けていると言う
「私、聖女になれますか?」
聖王に子供らしく聞いてみた。 聖女は私の目標とするところである。 その学園にはいればそのための術が学べるのだ。 願ってもない申し出である
「なれるとも。 君はいずれ歴代の王たちよりも偉大な者になるだろう。 私が保証する」
聖王に認められ、私の学園入学が決まった。 本来ならば8歳からなのだが、今まで飛び級で入学した前例がないわけではない。 幹部たちの幾人かはそうである。 ただ、私は今までで一番若い入学となるらしい。 そのことに両親は手放しで喜んでくれた。 これから学園に入るにあたって寮暮らしとなるが、別に遠くに行くわけではない。 小さなこの国の敷地内にその学園はあるわけなのだから、週末にはいつでも両親に会えるというわけだ
それからとんとん拍子に入学までの手続きが終わり(聖王が手続きを省略してくれたと後で聞いた)、残すは入学試験のみとなった。 試験とは言っても神力を示すだけと言う簡単なものだ。 既に力の目覚めている者にとっては息をするかのように簡単なことである
そして数週間後、私は学園の門を叩いた