聖乙女生まれる38
魔人の少女の尋問が始まった
名前はアエトと言い、もともとは竜の因子を持った魔物だったそうだ
竜や龍は魔物とは違い、フィニキアちゃんのように聖獣や神獣の部類なのだが、中には魔を浴びすぎて魔物堕ちする者もいる
アエトはそんな竜の子孫なのだそうだ
「魔人化できるようになったのはつい最近です。 人型に成れたから人間の街や村に忍び込んで楽しんでたら、別の魔人に掴まっちゃって…。 あなたたちに会ったのはその時だったの」
どうやらアエトは私達のことを覚えていたようだ
少し顔を見た程度で覚えているのだから、彼女の記憶力はかなりのものらしい
能力は魔物の使役、召喚、強化、改造、それと自身の改変と竜化だそうだ
かなりの力を持っているが、本来の性格が平和を好む性格だったため、親しい魔物を人質のように取られ、魔王に協力していた
結論から言うと、彼女は処刑が決まってしまった
嫌々従わされていたのにもかかわらず、この結果は、あまりにも悲しいではないか
私は異議を訴えたものの、棄却された
彼女は翌日、街の広場で首を断たれてしまうだろう
どうにかならないものか…
「言葉を使うのですリィリア。 あなたの言葉を」
女神様…。 ならば私はあの子を助けてもいいと言うことなのですか?
「ええ、魔人とはいえあの子は平和を愛していますわ。 彼女によって確かに人間たちに被害も出ました。 亡くなった者もいます。 ですが、真に悪なのは魔の王です。 あの子の大切なものを人質に取り、無理やり従わせていた。 リィリア、あの子を助けなさいな。 わたくしの名のもとにそれを許します。 それにあの子はきっと、あなたの良き友人となるはずですわ」
ありがとうございます、女神様
私は裁判の場、聖王様やギルド職員、ハンターたちが見守る中、彼女のそばへ飛び出した
「何だね君は、異議は棄却したはずだが?」
裁判長の男が私を睨む
「私は、ハイプリエステス見習いのリィリアです。 どうか、私の話を聞いてください」
私の声の力は、その心に直接響く
彼らに、いや、ここにいる全員に私は説いた
「彼女は確かに多くの人をその手にかけました。 魔物を使役し、街を襲わせようとしました。 しかし皆さんも聞いていた通りに、彼女は本来やりたくもないことを人質を取られていたために無理やりさせられていたのです」
人々は段々と私の声に耳を向け始めた
「仮にこの子を処刑したとして、罪を償う気を持った者を殺っすることを女神様がお許しになるでしょうか? 彼女に罪を償う機会を与えるべきではないのでしょうか?」
人々は唸り始める
私はつたないながらも必死に考えて言葉を紡いでいく
「あなたたちは魔人だからと、この子の人格を無視し、今まさに魔人たちと同じことをしようとしているのです。 無理やりに戦いを強いられていた少女を、無抵抗な少女を殺そうとしているのです」
多少強引だが、とにかく私は彼女を助けたい一心で必死に訴えた
「だから、どうか、お願いです。 この子に生きるチャンスを、罪を償うための機会を、与えてください」
大声で叫んだためか、息切れを起こしていた
それに、いつの間にか涙がこみあげてくる
私の言葉が終わったところで、その場にいた全ての人が押し黙った
ほんの少しのささやきさえも聞こえない
恐らくみな考えているのだろう
「どう罪を償う? お前はこの先どう生きる?」
そう言ったのは処刑を言い渡した裁判官だった
「私は、私の殺した人達以上に人を守ると誓います。 そして、魔王を倒すお役に立ちます。 この生涯命を懸けて」
アエトの目には生きて償う正しい光が宿っていた
彼女の言葉は嘘偽りのない本心
そしてその言葉はこの場にいる全員に響いたことだろう
「最終判決を言い渡す。 魔人アエト、お前はこれより先、生涯ハイプリエステス見習いのリィリアと共に過ごし、彼女の補佐を行うのだ。 人々を、世界を守るための糧となれ」
それはつまり私の監視付きで無罪を言い渡された瞬間だった
納得しない人々もいるだろうが、それは彼女がこれからの頑張りで変えていくしかない
「リィリア、ありがとう。 私頑張る。 人質に取られてるあの子たちを救って、世界の人々を守る」
アエトは私に抱き着き、忠誠を誓った
私は忠誠などいらない。 ここにあるのは、芽生えた友情だけだ
アエトを友とし、私達は今回の任務を無事終えることができた
そして、私達はアエトの友達を救うため、その友達が囚われている魔人の隠れ家へと向かうことになった
だが、そううまくはいかないと言うのが現実だと思い知らされた
翌朝のこと、街に一つの積み荷が届いていた
誰が持ってきたのかも、誰に宛てられたものかも、どこから来たのかもわからないその積み荷
不審に思った兵が恐る恐る開けてみると、弾けるように大量の血液らしき液体がこぼれ出る
そして、中から出て来たのは
「そん、な…。 メリッサ、エヴォル、リカナ、ショーン…。 嘘、でしょ? なんでこんな」
アエトはショックでその場で吐いてしまった
その箱にはアエトの友達だった魔物がぐちゃぐちゃにかためられた状態で入っていたのだった
「ああああ、ああああああそんな! どうして! なんでこんなひどいことを!」
友達の死体にすがり、泣き続けるアエト
その光景を見て街の者、ハンター、聖女たちは彼女を同情し始めたようだ
それから数時間、ずっと泣き続けるアエトに、街の者も慰めるような言葉を向け始めていた
「リィリア、私ね、決めたの」
その日の夜、目を泣き腫らしたアエトは私につぶやいた
「魔王を倒したい。 この手で、友達の敵を取りたい」
その言葉に私はそっとうなづいて、アエトを抱きしめて、むせび泣き始めるアエトと同じベッドに入った
勇者となったナリヤも今頃頑張っていることだろう
私も一刻も早くハイプリエステスとなり、魔王を倒せる力をつけなければなるまい
決意を新たに、アエトと眠りについた