動き出す思惑
聖国の隣国にして大帝国のデトロライト帝国
我はこの国の皇帝である
反逆する者には死を、従う者には楽園を与えよう
このところの我には悩みがある
忌々しいティライミス聖国めが! いつも我の目の上の瘤としてあり続ける
攻め入り一気に制圧してしまいたいが、神の加護を持つ奴らは一般市民だろうと一人で一個大隊をつぶせる力を持つ者がいるらしい
さらに神に選ばれた勇者…。 国でも滅ぼせる力を持つ奴の存在が一番厄介だ
それに周辺の同盟国のこともある
我に神への信仰心などないが、神が存在するのは分かっているつもりだ
どうしたものか…
どうすればあの国をつぶせる?
あそこさえ手中に収めることができれば、やがて世界を支配するのも時間の問題となるだろう
だが、我にはその方法が思いつかずにいた
「だったら、力を貸してあげるわよ?」
後ろで女の声がした
「馬鹿な! ここは我の自室だぞ!? 何故貴様のような下賤がこのようなところまで入り込んでいる! 警備の者は何をしているのだ!」
女はゆっくりと妖艶にこちらに近づいてくる
我も腕に自信はあったのだが、それ故に分かる
この女には絶対に勝てぬことを
想像しうる最悪のシナリオを思い浮かべるが、それすら生易しく感じるほどの狂気が女から伝わって来た
「私は、どこでも自由に出入りできるの。 んふっ、委縮しちゃって可愛い」
「お、脅しには屈さんぞ」
我は寝具の上に置いてあった魔刀を手に取ると抜き、女に向けた
「物騒なもの向けないでくれる?」
あろうことか女は、持ち主以外が触れるとたちまち命を奪う魔刀、その切っ先を指で押さえると簡単に折ってしまった
それと同時に我の辛うじて保っていた心も折れる
「な、何が目的だ」
女はうっとりするような微笑をこちらに向け、我の頬に指を這わせると吐息をかけた
甘い香りに我はとろけるような感覚を得た
「あなた、あの国を滅ぼしたいんでしょう? だから私が手を貸してあげるって言ってるの」
手を貸すと言われても、見返りに何を要求されるかわかったものではない。 だが、断ればこの国が亡びるかもしれない
「要求は、なんだ?」
「あらん、要求だなんてなにもないわ。 ただ私はあなたのお手伝いをしたいだけ。 あ、でも一つだけあるわ」
女は魂を掴むような歪んだ笑顔を向けてこっちを見る
心臓が痛いほどに脈打っていた。 ずっと魂を掴まれているようだ
「とある聖女を生け捕りにして。 それ以外はみんな殺していいわ」
「わかった、だがその聖女とは誰だ? あの国の聖女と言えば一人で一騎当千をするような強者だぞ? 我の兵だけでは勝てぬ」
「一度に質問二つなんて、がっつくわね。 嫌いじゃないわ…。 名前はリィリアちゃん。 まだ10歳の女の子ながらとんでもない力を秘めているわ。 それと、聖女に関しては私に任せて。 鏖てあげる」
なんという恐怖か
この女はそれをやってのけるだけの力がある
考えてみればこれはチャンスかもしれない。 我が世界を支配するための
「良かろう。 我がその少女を捉える。 お前の名は?」
「私はキャリー。 悪魔よ、ロクサーナ陛下」
悪魔?
そう言えば異世界から来た男に聞いたことがある
別世界にいると言う強大な力を持った種族で、一つの世界を滅ぼしたこともあると言う危険なモノ
この世界にいたという記録はなかったはず…
だが、いいだろう、この女の計画に乗ってやるとしよう
我は世界をこの手にできるのならば、その悪魔とやらとも契約しようではないか
「じゃ、契約成立ね。 破ったら、永遠に死ぬから気を付けてね」
キャリーはまたあの魂が凍えるような笑顔で笑った
覇道を歩もうとしているのか、破滅に向かおうとしているのか分からぬが
我はとんでもない契約をしたのは間違いない
だが、彼女のためならば我はどんな犠牲を払っても良いと思えたのも事実だ
その日からキャリーは我の補佐官として横に常にいるようになった
時には指示を出し、自ら赴き、口添えし、我に意見することもしばしばあった
だが、彼女といる時間が段々と心地よいものに変わっていくのを感じる
これが恋というものなのかもしれん
「さぁロキシー、もうすぐ準備が整うわ。 いよいよあの国があなたのものになるの」
「ああキャリー、我はお前と共に歩むこの覇道が楽しくてたまらぬぞ。 あの忌々しい聖王に目にものを見せてくれよう」
キャリーは我の頬に口づけをすると微笑んだ
あれだけ恐ろしかったあの笑顔が今では癒しとなっている
我は臣下に命令すると、キャリーと共に私室へ戻った
彼女と私、女二人だけで愛し合うために