聖乙女生まれる36
ところは変わりロナウ平原
私とライラたちはそこよりも先で隠れつつ様子を見ている
魔物の群れが見え、反対方向の街側にはこちらの味方がその魔物を迎え撃つ準備を整え待っていた
「もう間もなくぶつかります。 ライラ、セリセリ、準備はいいですか?」
ここに来るまでにすでに準備は完璧に済んでいいる
心の準備も、済ませたはずなのだが、セリセリもライラも震えている
無理もない。 魔人は私達のトラウマだ
だが今回は幻術を見せる役目を担う私の護衛
万が一この場所に迫る魔物がいた場合彼女たちに討ってもらわねばならないのだ
今迫っている魔物は見たところセリセリやライラでも十分勝てる相手だ
Aランクの魔物は数匹程度。 これらはハンターたちの持った魔石に惹かれて確実に彼らの方向へ向かうだろう
ランクの高い魔物ほど魔石を狙う傾向にあるのは周知の事実だった
「リィリアちゃんを守るですよ。 セリセリは、絶対に負けないです!」
「わ、私も頑張ります。 リィリアちゃんを守ります!」
二人とも心を決めたのか、目つきが変わった
「衝突まであと20分ほどでしょうか。 もう一度確認しておきましょう」
ここからの作戦を再びライラとセリセリと共に確認する
私は紙を広げて指示を確認した
ただそこに書かれているのは幻術をかけることだけ
具体的な指示が何も書かれていない
「私達は体よく安全な場所に逃がされたのでしょうね。 バーロックさんに」
バーロックさんは子供を守ることに情熱を燃やす男だと聞いたことがある
彼は稼いだ金のほとんどを孤児院に寄付し、自らの懐には生活できる程度しか残していない
それゆえ彼はあの恐ろしい顔でも子供達のヒーローだった
彼のパーティのメンバーももともとは親を魔物によって亡くした孤児たちで結成されている
そう、バーロックさんも孤児だったのだ
彼はその経験ゆえに身寄りのない子供達に苦労をさせたくないとあがき、強くなった
そんな彼もいまだかつてない大規模な戦闘に赴いている
なんとしても死なせたくないものだが、私のこの術が役に立つのだろうかとつい考えてしまう
「リィリアちゃん、そろそろですよ。 ぶつかったら時を見て幻術をお願いします」
「はい」
ライラに言われて熟考しすぎていたことに気付いた
もう間もなく魔物は勇敢な戦士たちの元にぶつかる
それから数時間後に私の幻術で相手方の魔人の目を欺く予定だ
だが魔人はどこにいるのだろうか?
正確な場所は分からないため魔物たちの後方全域に向けて幻術を見せなければなるまい
戦闘が始まったようだ。 仲間たちの声と魔物が激突する激しい音が聞こえ始めた
もうしばらく、もうしばらく待たなければ
声が、仲間の声が聞こえる
生が死へと変わる声、それが頭に響く
「だめ、死者が、多すぎる…」
聞こえてくる。 死へと向かう仲間たちの声が
伝わってくる。 多くの悲鳴が
「リィリアちゃん!」
その中から一筋の光のように声が響いた
「ライ、ラ」
「急に頭を抱えて倒れちゃうからびっくりしたですよ」
驚いた。 あの多くの命が消えていく悲鳴の渦に当てられたのか
ほんの数秒私は意識を失っていたようだ
「ありがとうライラ。 おかげで眼が覚めました」
私は立ち上がると幻術を発揮するために走った
もうそろそろいいだろう
「あそこです。 ひときわ強い力、魔力を感じる」
この様子を見に来たのか、魔物たちの後方から大きな魔力を感じた
恐らくあちらで戦っている聖女たちにもその魔力は伝わっているだろう
「セリセリ、ライラ、走りましょう!」
三人で魔物の目に着かないよう茂みを使いつつ走る
魔物たちの後方までもうすぐだ
「待って!」
ライラとセリセリを止め、はぐれてきた魔物から隠れる
倒せばいいと思われるだろうが、それによって音が響けばこちらに魔物が向かって来る可能性がある
はぐれてきた魔物をやり過ごして再び走る
「この辺りでいいでしょうか」
ここならば魔物からも見えず、多少幻術を使ってもばれないだろう
敵が優勢だと言う幻術をゆっくりと、徐々に見せていく
「これで相手側には優勢に見えているはずです。 しかし実際は」
実際はこちらに多少なりとも被害はありつつも押しているようだ
聖女たちに被害はないようだが…
「来ます! 魔力の膨らみが!」
強大な力が膨れ上がって収縮していき、魔物の群れの最高峰に出現した
この気配は、恐らく魔人なのだろう
「ありがとうリィリアちゃん! ここからは俺たちに任せてくれ!」
いつの間にかバーロックさんが私の横にいる
おっさんいつの間に…
いや、お兄さんだったな
「で、でもあの力!」
バーロックさんはうなずく。 それで安心させているつもりなのだろうか?
魔人のちからは明らかにバーロックさんが対抗できる域を超えている
「俺はな、子供を守るためにハンターになったんだ。 君たち聖女様は自分たちを子供じゃないと思っているのかもしれないが、でもな、俺たちにとっては君たちも守る対象なんだ」
やはりか。 ここまで私を魔物は襲っていない
魔物たちが通るルートを計算して私たちをここに配置したのだろうな
しかも幻術がかけれるギリギリの位置だ
「さぁ、後は俺たちに任せて君たちは逃げてくれ!」
私の肩をポンと叩くとバーロックさんは行ってしまった
そのあとようやく見えた。 魔人の姿が
あれは、彼女は、あの時の…