聖乙女生まれる31
上流までの道は藪だらけで私のカリスや風魔法で斬っていきながら歩いた
その最中にも魔物は絶えず襲ってくる
ランクはE~Dと私達なら十分に対処できるレベルだが、どうにも多すぎるため休憩を挟まなければ進めない
ここも十年ほど前はきちんと舗装された道があった
しかしながら近年増え続ける魔物の影響で上流までの道が閉ざされてしまった
魔物は一般的な村人よりもはるかに強く、歯が絶たない
それでもまだ水がなんとか来ていたから生活できていたようなものだった
「うーん、まだ着かないのかな? あ、リィリアちゃん、そこムカデ」
「ひっ」
私はどうにも虫含めて虫型魔物が苦手だ。 前世でもそうだったのだが、あの足と裏側にゾワゾワとした感覚が止まらなくなる
セリセリにムカデを追っ払ってもらう
そういえばこの世界にはインセクトイドと呼ばれる蟲人というものもいるらしい
布教の都合上いつかは会うことになるだろう。 だが蟲と言っても人型なら大丈夫だろう
「あわわ! リィリアちゃん、後ろ後ろ」
振り向くと大きなカエルが今にも襲い掛からんとこちらを見つめていた
「カエル、の、魔物ですか。 グランドトードですね」
私はその魔物に有効な雷の魔法を放った
「ボルティッカ!」
バチバチとグランドトードの体を電流が走り、その身を焦がした
こんがりと焼け、鶏肉を焼いたようなにおいがする
「なんだか少し美味しそうですね」
「うん、確かグランドトードは田舎ではごちそうだよ。 私も食べたことあるけど、ちょっと弾力のある鳥肉みたい」
昔なら魔物を食べると言うのは抵抗があったのだが、豚肉と思われる肉がピックプルという豚型の魔物の肉だったり、鶏肉がチリチキンという家畜化された魔物鳥だったりと、この世界では魔物が人々を脅かしていると共に、助けになっている面もあるようだ
また魔物を従えることのできる職業もあると言うので表裏一体だな
「これ、食料になるんじゃないですか? 村人たちの」
「なるね~。 じゃぁ持って帰ろうよ。 リィリアちゃん確か収納できますよね?」
セリセリの言ったように私には大きなものでも簡単に持ち運ぶ手段がある
それが最近女神様が教えて下さった私の力の一つ、アイテムボックスというものだ
これがまた何かにつけて便利で、重いものをいくらでも収納して運ぶことができた
ただこれは女神ティライミス様の加護ではなく、別世界の神様が提供してくださったらしい
どういうことなのか訳を聞こうとしたが、そこは口をつぐんで話してくれなかった
別世界があるのは分かるがなぜその別世界の神様が私にギフトなど?
考えたが答えは見えない
「じゃぁ収納しますね」
私はそのカエルを収納し、再び上流への道を歩いた
上流まではあと1キロほどだが、山道は険しいため数時間はかかるだろう
道中に出てくる魔物も厄介だ。 対処のために戦っていると時間がとられる。 逃げようにも茂った藪に脚がとられるため結局戦わなければならない
「セリセリ、体力は大丈夫ですか?」
「うん、全然疲れてないよ~」
私達四人のうちで一番体力があったのがセリセリだった
とにかく持久力に優れているのは空を飛ぶのに必要であるためだろう
その時奇妙な声が響いた
魔物の声だろう。 頭の中に響く声だ
「何ですかこの声! 頭が、割れそう!」
「うぐぐぐ、耳が痛いですよ」
空気が震えている? なんというおぞましい声だ
がさがさと藪をかき分けて人の形をした何かが歩いてきた
「ぐじゅぶぶぶぶぶ」
それは潰れたスイカのような頭から真っ赤な血と肉を吐き出しながらこちらに迫ってくる
「ひっ! ああ、何ですかあれ! リィリアちゃん! 逃げ、逃げないと!」
確かにこれは、恐ろしい。 私もこのような魔物は見たことがない
いや、そもそもこれは魔物なのだろうか?
「セリセリ! こっちへ!」
急いで彼女の手を引いて藪を風魔法で蹴散らせながら走った
魔力が亡くなるのもお構いなしにだ
おかげで上流付近に近づくころには私の魔力はつきかけていた
「はぁ、はぁ、もう、追って来てない?」
「うん、もう大丈夫みたい」
後ろからあれが追ってくる気配はない
それにしてもなんだったのだあの不気味すぎる化け物は…
ゾンビやグールがいるのは分かっていたが、あれはそんな生易しいものじゃない
人間を恐れさせ、精神を崩壊させる類の化け物だ
恐ろしい。 あれがまだ私達を追っているのだとしたら…。 再びあれと相まみえるのだとしたら
「あらあら、逃げちゃったの? せっかく面白いモンスターを作ってあげてたのに。 ほらダニエル」
いつの間にか私達の目の前に美しい女性が立っていた
だが人間ではない。 下半身はヤギのようで、まるで悪魔…。 そう、悪魔のようだ
「ダニエル、あの子たちを壊しちゃって。 聖女なんてぜーんぶ殺せばいいの。 あの聖女も最後は無様も無様。 勇者様!勇者様!ってね」
こいつが…。 勇者様とミューシャさんを、殺した?
「ほら見て、そいつらの死体からこーれ、もらっちゃった」
女が胸元から取り出したのは、勇者様が首にぶら下げていた女神アウラスタリア様の紋章が刻まれているアミュレットだった
このアミュレットは勇者様が母親から送られたものだ。 死体になかったことから魔物に喰われたのかもしれないと思われていた
「お前が、お前が勇者様とミューシャさんを!」
女がダニエルと呼んだ気持ちの悪い化け物が迫ってきているが、私の右手で霧散した
「な!? え? 私のダニエルが一撃で…。 フフ、凄いじゃない。 気が変わった。 あなたはもう少し育ててから食べることにするわ」
何を言っているんだこの女は
私達を食べる?
「あら、食べるって言っても比喩的によ。 もっともっと強くなったら私が刈り取ってあげる。 魔人たちにやられちゃう前にね」
「お前は、魔人じゃないっていうの?」
「あんな低能なカスどもと一緒にしないでくれる? 私はれっきとした悪魔よ! たかだか魔物上がりのあいつらよりもっと上等ってわけ。 名前はミザリー。 覚えておいて頂戴ね。 聖女ちゃん」
そう言うと彼女は黒い霧に包まれて消えてしまった
以前に魔人と出会い殺されかけたときも力の差を感じたが、ミザリーとの差はもっともっと埋めることのできないような差に感じた。 次元が違う…
「悪魔、まさか、なんでこの世界に…」
驚いたのは私達だけではなく、私の内にいる女神様ものようだ
しかし、この世界に悪魔はいないのですか?
「ええ、もっと上位の世界のモノですわ。 こんなところにいるはずないのに」
女神様は悪魔を恐れている。 それが伝わってくるのを感じた
「とにかく、今見逃されたのは運がよかったですわ。 戦っていればこの場に骨も残らなかったでしょう。 それほどまでにあの悪魔は常軌を逸しています」
なぜこの世界に悪魔がいるのかなど分からないが、また悩みの種が増えたことは間違いなかった