聖乙女生まれる27
それから迷宮都市エルドで一晩宿をとり、翌朝一番の馬車便で首都ティライミスへ戻った
そして衝撃的なニュースを聞くこととなった
勇者と聖女が亡くなった…
私達を助けてくれたあの強い勇者様が、魔人に殺されたと言うのだ
それに優しかった聖女ミューシュさん。 二人とも無残な死体となって発見されたそうだ
頭がぐるぐるして吐き気が込み上げてくる
身近な人の死にここまでショックを受けたのは、前世での母が死んだ時以来だろう
「まさか、そんな…。 勇者にはわたくしの加護が多大にかかっていたはずですわ。 そんなはずは…。 やはりわたくしの力はもう」
女神さまも相当なショックを受けているようで、私の中で悲しみを爆発させている
「申し訳ありません。 しばらくわたくしは休みます」
無理もない。 勇者は女神様が愛と慈しみをもって育て、自らの子供同様に接していたのだ。 子供が亡くなったのと同じ喪失感を得ているのが伝わってくる
数日後、首都にミューシャさんの聖骸が帰って来た
彼女はこの国の一般家庭出身で、彼女のご両親がその聖骸にすがって泣いていた
親しくしていた私もその死に顔を拝む機会をいただけた
だが私はどうしても見ることができないでいた。 あの優しく素晴らしい姉のように慕っていたミューシャさんが死んだというのが信じられない
死に顔を見なければまた起き上がって笑顔で挨拶をしてくれるのではないか? そう思わずにはいられない
「ほら、リィリアちゃんも、挨拶してあげて」
ミューシャさんのお母様が私の手を引いた
やめてくれ、私は、見たくない
それでも彼女は親切心から、家族しかいないこの場に私を招いてくれている
私は見て、その死を受け入れなければならない。 そして、勇敢に戦った彼女に祝福と賛美の言葉を述べねばならない
これはこの国での風習だ。 死したものへのお別れの手向け。 いわゆる祈りである
「ミューシャさん…」
私はその遺体の顔を覗き込んだ
聖骸は綺麗に死化粧が施されている
まるで生きているかのように頬に紅を入れてあり、今にも動き出していつものように私の頭を撫でてくれそうだ
その顔を見て生前の彼女との思い出が込み上げ、涙があふれ出る
誰の目もはばかることなくその聖骸にすがって泣いた
私が祈らなければならない。 聖王様にもそう言われてここに来た
だが、彼女にすがって泣くことしか出来ない私を周りはするがままにしてくれた
「申し訳ありません。 女神ティライミス様の名のもとに、ここに祈りを捧げさせていただきます」
私は彼女に聖なる祈りをささげた
思い出を一つ一つ噛みしめながら
「女神ティライミスの祝福受けし聖女に祈りを」
私の言葉に続き、その場にいる全員が黙祷し、祈りをささげた
その時私の体が光り始め、周りが騒ぎ始めた
「な、何ですかこれ!?」
驚き声をあげると私の体から神々しい女神が現れて、聖女に悲しそうな顔を向ける
彼女は手を伸ばすと聖女の頬にそっと触れて涙を流した
「これは、女神さまが降臨された? ミューシャの魂を導いてくださっている」
遺族の一人がそうつぶやくと女神さまはミューシャさんの体から光る玉のようなものを取り出し、抱きしめて私の中に再び戻った
「まさか、リィリアちゃんが、女神様の化身、なのか?」
ミューシャさんの父上が私にそう聞いた
私はその問いかけに首を振った
「女神様は誰の中にもいらっしゃいます。 私もその一人にすぎません。 たまたま近くにいた私を依り代に降臨なされたのでしょう」
私の中に女神様がいることは知られてはいけない。 だからこそつい出た言葉だったが、女神さまが誰の中にもいらっしゃると言うのはうそではない
それは神力という形で寄り添っているからだ
「ありがとうございました。 ミューシャの魂も無事女神さまの元へ還ることができました」
私は、ミューシャさんを尊敬していた。 きっといつか彼女のような聖女になると心に決めていた
目標としていた人でこうありたいと思った人
それを奪った魔人を、私は許せない。 しかし力ない私が挑んだところで殺されるだけだろう
力を、つけなければ
勇者は国を挙げての葬儀が行われた
彼の聖骸は損傷が激しく、かき集めるのが大変なほどバラバラになっていたそうだ
恐らく聖女を守ろうとしたのだろうとのこと
彼は最後まで勇者らしく亡くなったのだ。 彼の遺志は必ず次の勇者が受け継ぐことだろう
国葬によって彼は歴代勇者が眠る墓へと埋葬された。 もちろん女神さまがその魂を祝福し、無事女神様の元へ還った
「まさか勇者様がなくなるとは…。 今までこのようなことはありませんでした。 今回の魔王は何かが違いますぞ」
首都ティライミス、聖王の住む教会の会議室にて聖王と教祖や聖女、聖騎士達が話し合っている
中でも聖王お付きの聖騎士ヴァース・クーロン、聖女フィネ・アレシアは友人だった勇者と聖女を殺されたことで魔人征伐に向かうと言ってきかない
「ですから聖王様! どうか我らに出陣の許可を!」
「それはだめです。 次の勇者が選ばれるまで君たちがこの国を守らなくてはならない。 そんな君たちがもし魔人にやられてしまったら誰がこの国の民を守るのですか」
聖王にそう言われ、ヴァースとフィネは黙り込んだ
「ひとまず、勇者がいなくなったことで各地の魔物は活性化するでしょう。 次の勇者誕生までは我々でその魔物たちを退治しなくてはならない。 頼みましたよ、皆さん」
聖王はそう締めくくって会議を終えた
勇者が死んで数年後
相変わらず魔物は人を、村を、街を襲っているが、魔人の目撃情報はぱたりと途絶えた
平和とも言い難いが、魔人による被害はまったくなくなっていることに人々は安心してた
そしてそんなある日、私の12歳の誕生日に、新たな勇者誕生との知らせが国中を駆け巡った