聖乙女生まれる16
巨大な魔物と対峙する一人の男。 彼は神より賜った神剣を手に魔物と戦っている
男が剣をくるくるとまわしながら魔物に近づくと、魔物の巨大な爪が男を薙いだ
だがその攻撃はいともたやすく男に受け止められ、返す剣で逆に首を飛ばされ魔物は絶命した
「勇者様、お疲れ様です」
「様付けはやめてよ。 僕はそんな敬称を付けられるような人間じゃないよ」
「ですが勇者様は女神様より任命される大切な人類の盾であらせられますから」
男は困ったように笑う。 聖女と呼ばれる彼女は勇者の旅の疲れを癒し、時には寄り添い悩みを分かち合い、魔物から受けた傷を治し、まさに勇者になくてはならない存在だ
彼、勇者レギルスは女神ティライミスより魔物活性の原因である魔王と呼ばれる存在を討つよう使命を与えられた。 聖女ミューシュと共に旅を続け、各地の魔物を退治し、人々を助けるのが彼らの役目である
「さて、この村はもう大丈夫そうだ。 次へ行こう」
「はい」
ティライミス聖国出身である聖女ミューシュは、若干17歳にして勇者のお供に大抜擢された才能ある少女。 勇者自身も若く、歳は19歳。 ミューシュは優しく強いレギルスに惹かれていた
聖国に生まれて早10年と5か月か。 この10年で聖女に成れたのは5人。 そのうちの一人は今勇者のサポートをするため旅に出ているのだそうだ
勇者か。 魔王と呼ばれる存在がいるこの世界では数十年に一度女神によって選ばれる人類最強の一角だ。 当然勇者と共に歩む聖女はこの国で最も優れた聖女が選ばれる
数年前選ばれた聖女は聖王様が女神様より啓示されたミューシュ様が選ばれた。 私もよく知っている。 彼女は後輩の面倒見の良い優しく美しい少女だった。 私も教わったことが多い
ここで魔王の話なのだが、魔王とはその名の通り魔物の王だ。 魔物の中でも力のある者が突然変異的に知恵と知識をつけ、圧倒的な力をもってこの世界を支配せんとする世界の敵だ
魔王が誕生すると世界各地の魔物が活性化し始める
ここで活性化とは言ったが、実は今回のホブゴブリンの件とは関連性が低いようだ。 なぜならホブゴブリンは亜人種であり、魔王の影響を受けるのは魔王の配下に下った時だけだからである。 その際は体に紋章と呼ばれる入れ墨のようなものが現れるため、それがなかったあのホブゴブリンは関係がないというわけだ
まぁ全く関係がないとは言い切れないが、ギルドの方もそれについては現段階ではまだ調査中らしい
そしてもう一つ、数年前のブラックウルフ騒動だ
こちらは活性化と関係ありそうなのだが、レッドウルフしか見られなかったこの地域にブラックウルフが突然現れたのは何かの予兆のようなものだったのかもしれない
魔王誕生とこれらの事件。 繋がっているのか繋がっていないのか、神のみぞ知ると言いたいところだが、女神様もそのあたりの全容は掴めていないようだ
ついでに言うとこれらの情報、全て女神さまが“女神の眼”という力を使って集めてきた情報だ。 この力は女神像がある場所ならばどこだろうと覗けるというものである
女神信仰が薄れている昨今だが、女神像はいたるところにある。 芸術品としての使い道もあるからだ
最後に魔族と魔王の関係性なのだが、これは一切関係ない
なぜなら魔族とは強い魔力を持った一種族に過ぎないからである。 魔法の扱いに長け、身体能力も高いのだが、頭に生える特徴的な角のせいで、数百年前まで魔王の配下だと思われていたらしい
全く、見た目で判断するのが人間の愚かなところであると言える
さて、今日から私達は前期と後期の授業の間にある長期休暇に入る。 いわゆる夏休みというやつだ
こういう学園にも夏休みと年末年始の休みはあるそうで、実家に帰って家族と過ごす者が多い。 当然私もその一人で、今年の夏は家族水入らずのバカンス予定である
国外に出るわけではないが、商人である私の家はちょっとした財産があるわけで、別荘も一応持っているのだ
そしてその別荘があるのは避暑地コルゲナ。 少し高地にあるため、夏場過ごしやすいのである
毎年行っているから新鮮味はないが、空気は非常に澄んでおり、食べ物(主に高山で取れる果物や野菜)が非常に美味しい
また、魔物が入ってこないよう警備体制も万全なので夜も安心だ
「今年は私、海に行くの。 お父様がたまには泳ぐのもいいぞ、だって。 新しい水着買っちゃった」
ナリヤは嬉しそうにそう語る。 彼女も商人の娘、しかもこの国では知らぬ者のいない大商人家だ。 私の父も彼女の家と取引をしているらしく、たまに会話に名前が挙がっていた
「セリセリはお家に帰るのです。 お母さんとお父さんと妹たちと一緒に遊ぶのです!」
セリセリの家はかなりの大家族で、父親母親、長女のセリセリを筆頭に妹が22人もいるそうだ。 これだけいて男が生まれないのも凄いな。 姦しく賑やかな家庭だろうな
「私も家に帰ります。 お母さんに早く会いたいです」
ライラの母親は今女手一つで彼女を育てている。 魔物によって父親を失ったため、国からは補助金が出ているので生活には困っていないそうだ。 働き口もしっかりとあり、問題はなさそうだが、やはり一人で家にいるのは寂しいだろうと思う
それぞれ夏の予定を話したのちに、私達は次なる計画を立てた
それは、この四人で遊びに行く計画である。 どこに行くかはもう決まていた。 聖国一の観光名所、聖なる湖、クラヴァリヴィルレイクだ