咲き誇るは惡の華20
「あの少女は私の目の前に突然現れたの。真っ赤な目と口。始めは恐ろしかったわ。でも敵意も悪意も全く感じない。それどころか優しさに包まれるような感覚すらあったわ」
ネフィラ様はそこで一息ついて紅茶をすする
そしてまた息を吸うと続けて話し始めた
「それで、とりあえずそばにあったお菓子をあげたら、すごくおいしそうに食べてた。きっと食べるのが好きなのね。それから飾ってあった花の香りをずっと嗅いでたわ。あの子、普通の女の子にしか見えなかった。花を愛で、お菓子の好きな普通の女の子」
「その子はどちらに?」
「つい数日前突然いなくなったわ。最後に目撃されたのは、私の部屋。つまり私が最後に見たってこと」
「どこかに行くようなことは言ってませんでしたか?」
「いいえ、あの子は何も話さない、というより話せないんだと思う。ずっとジェスチャーのようにしてコミュニケーションを取ってたから」
「そうですか…。困りました」
「力になれずごめんなさいね」
「いえ、情報ありがとうございました」
ここにきて黒い少女の情報が途絶えてしまった
一体この先どう探せばよいのやら…
一旦聖国に戻って聖王様に指示を仰ぐか?
「あ、そういえば一つ気になることが」
「何ですか!? 何でも教えてください!」
「えっと、あの子、何か持ってた。ずっとね。確か紋章が入ってたはずよ」
「どのような紋章なのですか?」
「うーん、勲章みたいな、何だろうかな? セン君、ちょっと紙とペン持ってきて」
「はい」
ネフィラ様は紙にスラスラとその紋章を描き始めた
それは亀甲のようで、確かに何かの紋章のようだ
ただ全く見たことが無い
「これ、いただいてもいいですか?」
「ええ、ただの落書きだけど、役立てそうなら持って行きなさいな」
「ありがとうございます」
「それで、もう帰るの? 一回だけ手合わせしない?」
「申し訳ありませんが、またの機会ということで」
「そう、残念。貴方も相当強そうなのに」
ネフィラ様はかなり残念そうにうなだれる
根っからのバトルジャンキーなのだな。しかし今は彼女の相手をしている暇はない
また時間のある時にでも伺うとしよう
竜人たちに見送られるとセンさんが突如私を抱え上げた
「え、ちょっと何を」
「ネフィラ様から送るようにと頼まれました。このままダークエルフの里へ向かいます」
「それは助かります。またあのアイスナイトに出会うのは勘弁願いたいですからね」
センさんに抱えられながら一気に空高く舞い上がる
そして、私は竜人族こそ空では世界最速の種族と呼ばれる理由を知った
速い速い、目が回るほどの速度に驚いているともう到着したようだ
なんという速さなのか
ただ抱えられ心地は正直最悪と言える
できればもう二度と運ばれたくないものだ
「では私はこれで帰るとしよう。あの少女が見つかるといいな」
「はい、ありがとうございました!」
センさんに礼を言ってからすぐにケスティル様に会いに行った
彼女は研究室という場所にいるらしく、そちらに案内される
「ケスティル様」
「おお、来たか。まだ完全じゃないが、これを見て欲しい」
「これは…」
私の皮膚の一部がそこに置かれていた
しかしどういうわけか、元の皮膚に戻っていたはずのそれは真っ黒に染まっている
「なぜこのようなことに?」
「うむ、色々と実験をしてみた結果、この皮膚は攻撃に反応してこのように黒く染まることが分かった。つまり、その腕もどうにかすれば元の皮膚に戻るんじゃないか?」
「どうにかと言われましても…」
「ほれ、なんじゃ、心を穏やかにとか、冷静にとかじゃないか? お主今冷静じゃないじゃろ? 初めて会った時からそうだったみたいじゃが」
「そう、ですね。ここの所色々ありすぎて心の平穏を失っていたかもしれません」
「ふむ、ならこれを使え。安らぎのお香じゃ。目をつむり、ゆっくりと深呼吸してみろ」
「はい」
言われた通りにすると、確かに安らいでいくのを感じる
体が軽くなって来た
「よし、そのままこっちのベッドへ。眠くなったら寝てもいい。とにかく今お主には安らぎが必要じゃ」
「はい」
段々と眠くなってきた
私はそのまま深い眠りへと落ちるように沈み込んでいった
目を覚ますとあのベッドの上だった
「お、目を覚ましたかの?」
「あの、どのくらい寝ていましたか?」
「数時間ほどじゃの。して気分は?」
「はい、すっきりしています。なんだか不思議な高揚感もありますね」
「うむ、それで、右腕を見てみよ」
「あれ? これ、は…」
「うむ、元に戻ったようじゃな」
確かに手は普通の手に戻っている
「試しに戦闘に入る前の気持ちを引き出してみてくれ」
「はい」
力を使うイメージを頭の中で思い浮かべてみると、手は真っ黒に染まった
また心を落ち着かせると、手は元に戻る
「おお、自由に変質させれるではないか」
「ええ…」
やはり力の流れは感じないが、どこか温かい
闇のような黒さを持った腕なのに、懐かしく、ぬくもりを感じるのは私が変なのだろうか?