咲き誇るは惡の華18
「その子は、私と同い年くらいに見えました。ちょうどあなたも同い年くらいですよね。背格好はそのような感じです。顔は、真っ黒で目と口のみが赤く光っているようでした。その子は特に何かをするでもなく、様々なものに興味を向けていたくらいで、むしろ何か安らぎのようなものを感じました。この国の者たちも彼女を気に入って食べ物などを与えると喜んだようです。ただ、いつの間にか姿を見せなくなりました。最後の目撃証言によると、国の奥にある明星の花畑で嬉しそうに花の香りを嗅いでいたそうです。その後から一切国では姿を見せなくなりましたが…。ただ、どうにも私はあの子が悪い者には見えませんでした。無邪気で、本当にただの女の子、そういう印象を受けました」
エイレミリナ様は一気にそこまで話して下さった
それにしてもここまでのその少女に関する目撃証言は誰も彼もが一致している
無邪気で、普通の女の子、か
一体何が目的で様々な場所を回っているのだろうか…
「明星の花畑の先には翡翠の凍て地というものがありまして、そのさらに先へ進むと竜人族の里があります。恐らくそこへ向かったのではないでしょうか?」
「なるほど、貴重な情報ありがとうございます」
「あ、一つ心配なことがあるのです」
「なんでしょう?」
「その、翡翠の凍て地にはアイスナイトというアンデッドが徘徊していまして、入り組んだ場所なのでめったに遭遇しませんが、その危険度はAランクと高いのです。リィリア様なら問題はなさそうですが、あの子からはそういった力の流れを一切感じなかったのです。一般的な子供と同等、いえ、普通はあるはずの魔力の流れすら感じなかったので、恐らくそのあたりにいる弱弱しい魔物にすらやられてしまうかもしれません。もしあの子を見つけることがあったなら、どうか、守ってあげてください…」
守ってほしい、か
確かにここまでその子は悪いことは何もしていない
しかしこればかりは出会ってみないと分からないからな
「その、少女がいたのはいつごろでしょうか?」
「えーっとですね…」
「半年ほど前ですよエイレミリナ様」
「そ、そうですそうです、半年前です」
「ありがとうございます」
だんだんと、彼女に近づいているようだ
このまま先に進むべきだろうか? 一旦帰るか?
いや、このまま進もう
ケスティル様には悪いが、私の目的はその少女に会うこと
一体何者なのか、力を感じない少女…。その言葉がどこか私の心に引っかかる
「色々とありがとうございましたエイレミリナ様。私はこのまま竜人の国へ向かおうと思います」
「そんな、もう少しゆっくりしてもいいですのに。そうだ、美味しいフルーツのケーキがあるんです。一緒にどうでしょうか?」
「その申し出はありがたいのですが、私は先を急がなければならないので」
「そう、ですか、ではまたこの国に来た時は是非とも顔を見せてくださいね」
すでにペイオスさんから降りていたエイレミリナ様は私の手を握ってそう言ってくださった
どうやら気に入られたようで、ペイオスさんもニコニコしてその様子を見ている
名残惜しそうなエイレミリナ様に別れを告げてから私は件の明星の花畑へ向かった
到着すると花の甘い香りがしてきた
その光景は天国のようで…、天国など一度死んで転生した私としては真っ白で何もない空間だったが、人々が想像する天国とはこのような光景を言うのだろう
ここにある花はまさしく明けの明星のようにキラキラと輝いており、それはそれは美しかった
その花畑を抜けた先が翡翠の凍て地という翡翠色に輝く氷柱がそびえ立つ場所があるらしい
目を凝らすと確かに氷柱のようなものが遠方に見える
この辺りは温暖なはずなのにその先が凍えるほど寒いのは、エイレミリナ様がおっしゃっていたアイスナイトというアンデッドのせいなのだと言う
体にまとった霊気が冷たすぎるために起こった現象
ただそのアイスナイトを倒すと、すでに出来上がってしまったここの生態系が崩れるため、討伐対象になっていないのだそうだ
動きは遅いため、遭遇したときは逃げの一手に限る、か
遭遇の可能性は極めて低いが、万が一出会ってしまった時は私も逃げるとしよう
歩き続けて約20分、突如として氷柱が生えている土地、翡翠の凍て地に到着した
確かに凍えるように寒く、魔法で温気を体まわりにまとわせていなければすぐに動けなくなっていただろう
私はゆっくりと足を踏み出し、凍った地面を歩き始めた
氷柱の中を歩いていると恐るべきものをいくつも見つけた
この氷柱、中には魔物などが閉じ込められているものもあったのだ
さらに、かつてアイスナイトを討伐しに来たのであろう冒険者のような者たち、どこかの国の兵、腕試しに挑んだのだろうか、格闘家のようないで立ちの者もいた
どこからかアイスナイトが出てきそうで、恐ろしい雰囲気もあいまって、私は心臓の鼓動を速めながら歩き続けた
そして、運がいいのか悪いのか、私は奴と遭遇してしまったのだ