咲き誇るは惡の華13
私はどうなったのだろうか? 真っ暗な闇をずっと漂う私の意識は、もう何も見ていなかった
苦しみと悲しみ、怒りと絶望、そう言った負の感情が私にまとわりついて離れない
ここは恐らく私の深層心理内なのだろう
つまり今私の体は私の負の感情が動かしているということになる
あの時、私は目の前でレニさんが消滅するのを見てしまった
恐らく自分が死んだと思う間もなく彼女は死んでしまったのだろう
故郷に愛する人と、大切な孤児院の子供達を残して…
何もかも私のせいだ
そう思うとよりいっそう暗闇は深く、負の感情は沸き上がって来た
今まで親しい人の死を幾度か体験したことはあったが、ここまで飲み込まれたことはなかった
聖国の先代勇者や蘇ることができたセッディちゃんとはまた違う喪失感。目の前で消えた彼女がもう戻らないとはっきりわかったからだろう
しかしこうして真っ暗な空間に閉じ込められていると意外なほど冷静になれる
そうだ、冷静に、私の大切な者を奪うやつらを殲滅すればいいのだ
そう考えた瞬間私の中の何かが弾け、私の思いと合致した感触がした
心地よいほどの怒りと悲しみに心が馴染んでいくな
「私は世界を守る者。この怒りと悲しみを世界に捧げ、私から大切な者を奪おうとする悪を全て消す。それが私の使命」
そのために私はこの世界に生まれ、これほどの力を持ったのだ
だから力を有効に使わなくてはなるまい
今、この世界に扉を越えてやってくる者、それこそ私が打ち倒すべき者なのだ
やがて来たるは少年のような悪
悪は滅ぼさなくてはならない。私がどのように汚れきろうとも
少年は嗤っている
私は獣のような咆哮をあげながらその少年に攻撃を開始した
こいつの力の流れからレニさんを殺した者と同じ虚無なのだろう
何がおかしいのか、嗤う少年を私は許せない
少年の腹部をもぎ取ると少年はさらに大声をあげて嗤い出した
怒りでまた我を失いそうになったが、グッと抑え込んで攻撃を続ける
相手は私が何をしているのか分からないようだが、私はただ普通に手を伸ばして千切り取っているだけだ
何か特殊なことをしているわけじゃない
だが自分でもなぜここまで簡単に、思いのままに相手を攻撃で来ているのか分からない
普通の攻撃、のはずだ
それなのにどこか補正が付いているのか、攻撃した場所とは別の場所にその攻撃が通っているようだ
しかもこの力、全く力として認識できない
この世には魔力、気力、妖力、霊力、聖力、仙力、神力などの力があるのだが、この力はそのどれとも違う
ましてや虚無の力でもない
よくなじんだ私だけの力と言えばいいのか、あまりにも強力な力、恐らく私は飲まれたのだろうな
だから、この力を振るいたくてしょうがない
だが一本の線のようにその目的は一貫している
世界を救いたい、守りたい
もう二度と大切な者を目の前で奪わせないように
逃げようとする少年、私はその背に向かって力を使った
次元を切り裂き逃げる少年だったが、私の力はその次元すら超えて少年を攻撃したようだ
少年の下半身だけが転がり、黒い砂となって消えていった
「逃げた、か」
体中が染まっていく
気持ちが高揚していく
「女神、様」
ふと私の中に声をかけたが、もはや女神様のお声も、秘神の声も聞こえないのか
それは恐らく、私の背徳心によるものに違いない
私は心で、彼らの声を聞くに値しないと判断したのだ
だが彼らの思いは決して忘れない
その思いは私の願いでもあったからだ
「この姿では、ナリヤやライラ、セリセリにも会えないな。いや、会う資格がないと言うべきか」
力に溺れた私など、もう人ではない
人ではない何かにはふさわしい
「来るなら来るがいい、その全てを私の手で消してくれる」
そのとき頭に声が響き始めた
ノイズがひどくて聞き取りにくいが、確かに女神様の声だ
「リア…。リィリア! よかった、やっとあなたの魂と繋がり直せましたわ! ああ、そんな姿になってしまって…。リィリア、きっと私達が治してあげますわ」
「リィリア、レニなら大丈夫、ギリギリのところで彼女を保護できた。今彼女は眠っている。小指だけ欠けちゃったけど健康状態に問題はないよ」
この声は、“時”の秘神エススの声…。レニさんが、無事?
「僕がギリギリで時間を止めて何とか連れて来たけど、それが精いっぱいでね。僕はしばらく君に力を貸せなくなった。声だけは相変わらず送れそうだから助言くらいなら」
「いえ、いいんです。レニさんが無事だったという報告が聞けただけで私は」
ほっと安心した拍子に私の体から力が抜けていくのが分かった
真っ黒に染まっていたはずの体は黒い右腕を残すだけ
ちぎれ飛んだ右腕は戻らなかったが、それは戒めだ
油断がこのような結果となった
絶対にもう、油断などしない
私は戻って来た眠るレニさんを抱えてそのまま一度エルフの国へと戻ることにした