悪は嗤う1
虚無の少女は自らの不甲斐なさに笑った
自分を、本来の力を出せていないとはいえ破壊しうる存在がいたことに喜びを禁じえなかった
始めのうちは腹を立てたが、今は気持ちのいい敗北感に酔いしれ、自分を殺した少女を称えた
やはりこうでなくては世界は面白くない
自分には久しく命を脅かすような存在がいなかった
その長い退屈を打ち破ったのがただの人間の少女と言うのが面白くて仕方ない
「なぁ、もう一度体をくれよ。いい遊び相手が見つかったんだよぉ」
「駄目だワニュ、お前はもう十分遊んだだろう? 次はヒツメの番だ」
ヒツメと呼ばれた単眼の少女が暗がりから幽霊のように現れる
彼女はワニュに一礼をした
「なぁヒツメぇ、僕に変わってくれよ、頼むから、今度の時は僕の番をあげるからさぁ」
ヒツメは首を横に振って否定する
彼女はあまり話さない性格のようだ
「っちぇ、いいよもう。ヒツメはこうなると頑固だし。無理に奪ったら僕が殺されちゃう」
「分かっているならお前は別の世界でも消してこい。遊んでないで少しは役に立て」
「いいよわかったよ。でもあいつが出てきたら僕にやらせてよ。決着つけたいじゃん。それに、あいつはどんどん強くなりそうだ。僕らでも油断したら存在ごと消滅させられるよあれは」
「ふん、所詮は一世界の人間、ハクとコク様が出れば一瞬だろう」
「そうだろうけどさー、楽しみたいじゃん」
「まぁいい好きにしろ。その代わりその人間が出て来た時だけだ。それまではヒツメにやらせる」
「ああそれでいい」
ワニュはニタリと笑って条件を飲んだ
それまでは他世界を滅ぼして虚無空間を増やしていくことに専念することとなったようだ
そしてヒツメはリィリアのいる世界へと降り立った
これまで彼女に滅ぼせなかったものはない
その目で全てを壊してきた純然たる破壊者、それがヒツメだった
ヒツメは単眼を見開いて世界を見渡すと、この世界で一番力のある少女の前に来て、その少女を一瞬で殺すイメージを視た
“予見の目”
彼女の眼力の力の一つで、少し先の未来を見通すことができる
それで見た未来はほぼ確定された未来故に、力ある少女はヒツメが動き出した直後に死ぬことがほぼ決まっているのだ
ヒツメは少女のいる方向へと顔を向けると、無表情のまま移動を開始した
わずか数分で数千キロの距離を移動し、少女とその保護者と思われる女性の前に現れた
少女はかなり驚いていたが、ヒツメの危険性を感知した女性が少女の前に飛び出して、ヒツメの最初の攻撃をまともに受けた
目から放たれる異質の力は女性の体を一瞬で消し飛ばし、後ろにいた少女の右腕を消し去る
少女は目の前で仲間が消されたことに怒りが頂天まで達したようで、消し飛んだ右腕にも構わずにどんどん体が黒く染まっていく
消し飛んだはずの右腕から黒い右腕が生え、異形すぎる形に変質していった
ヒツメは驚く
自分の予見にはなかった光景で、その瞬間自分の死を悟った
とたん転がり落ちる自分の首と、崩れ落ちる胴体
ヒツメは戦慄した
目の前の少女は何かがおかしい。虚無の力を与えられていたことは知っていた
知っていたが、それでも歴戦のヒツメが一瞬で殺されると言うのはあまりにも異様だった
だが彼女はそれを仲間に伝えることができなかった
その攻撃で本体である意識体まで破壊されたからだ
ヒツメは恐怖と絶望のまま初めての、そして永遠の死を迎えた