悪魔20
異様なことに気が付いたのはつい最近のこと
我々が座す大罪の椅子。その一つはずっと空席のままだった
ただ単にそれに値する者がいない故の空席だと思っていたけれど、それにしてはあまりにも期間が長かった
もしかしたら彼女は生きているのではないだろうか? そんな考えに行きつくのもおかしくないだろうな
でも他の大罪も、ましてや王位を持つ者たちは誰一人として信じてはいなかった
彼女は魂を、その心を砕かれたんだ。いくら僕らが不滅とはいえ、そうなれば存在自体が保てずに消えていく
今までそんな悪魔を幾度となく見て来たではないか
ある者は魔法によって裏世界に逃げ込んだところを精心ごと貫かれて死に、ある者は同じ悪魔に裏切られ、ある者は神によって滅ぼされた
ぼくだって信じてはいなかったさ、最初のうちはね
でも、ここ最近になってどうにも彼女がどこかで生きているような、まるで何かに包まれているかのような気配がするんだ
それはふとした瞬間に感じる
そしてつい最近、決定的な事件が起きた
彼女の気配がやはりしたのだ
それは僕含めた大罪、王位を持つ悪魔たち全員が感じたこと
すぐに僕ら大罪は会議を開いた。もちろん他の王位を持つ悪魔たちも出席している
「それで、ルシファー。本当にアスモが生きていると言うんだな?」
「ああ、生きている。と言っていいのか分からないんだけど、彼女の気配を強く感じたんだ」
「というと?」
「彼女は今、人間になっている」
「まさか!? 人間から悪魔になることはできるだろうけど、悪魔が人間に転生するなんて聞いたことないわ!? ましてや私の親友よなのよ?」
「分かってるよレヴィア。でも、君だって感じたんだろう?」
「え、ええ…。でも、信じられるわけないじゃない。自分で自分を疑うって言うのが当たり前じゃない?」
「うむ、俺もそうだ。だが、俺たちは全員感じた。一人ならまだしも全員だ」
「サタンの言う通りだ。これはもう疑いようのない事実と言っていい」
「なればどうすると言うのだ? 人間になっているというならばその子が死ぬまで待つか?」
「いや、幸いなことに近くにグリモアの気配を感じる。これは本当に幸運なことだよ。悪魔が幸運というのも変な話だけど、このグリモアの持ち主を操ってその子の元へ運べばいい」
「ふむ、しかしそううまくいくかね?」
「さらに幸いなことに、この子の住む地域一体は現在とんでもない凶作で餓死者も出始めている。見たところ優しい、アスモと同じく優しいこの子なら」
「なるほど分かった。家族のためにそのグリモアを使うのか」
「そっか、その子の魂をピンポイントでこっちに導けるって寸法ね?」
「うん」
僕はグリモアの持ち主である人間をグリモアを通して操り、それをあの子が歩くであろう道に捨てさせた
そして僕の予想通り、少女はそれを拾い、願った
「どうか、家族が、飢えることなく幸せに暮らせますように…」
僕は彼女の前に現れると、その願いを聞き入れて、少女の汚れ亡き純粋な魂を悪魔へと変えた
そこで驚くべき変化が起きた
下級悪魔に変化したのだが、通常悪魔になった時人間の記憶は失われる
しかし彼女は完全に記憶を保ったまま転生したのだ
僕は驚きつつも彼女をヨローナと名付け、四恐へ加えることにした
ちょうど空席だった一つの席に置いたのだ
この四恐はリーダーがエスターという中級の悪魔で、彼女は元々アスモデウスの部下だった
それなら、今アスモの頃の記憶が無い彼女を置いておけば大丈夫だろう
エスターは酔頭するほどにアスモを尊敬していたからね
一応騒ぎにならないように伏せておいた
それから僕はヨローナを見守りつつ、その記憶が蘇るのを待つことにした
そして月日は流れ、アスモの記憶も戻らないまま千年ほどが経った頃。四恐がたまたまどこかの世界へと呼び出されたことが事の発端となった
まずミザリーが魔界へと強制送還されてきた
おそらくその世界で殺されたのだろう
下級とはいえその世界では比類なき強さがあったはずだが、彼女はあっさりとやられていた
不思議に思いその世界を見てみるとなるほど合点がいった
そこはかつてあの悪魔の女王リリスですら落とせなかった世界
古き女神によって大いなる力で守られた世界だった
そして…
まさか奴らが力を与えた者がこの世界にいるとは…
これではアスモが回収できない
それに…、問題はそれだけではない
奴らだけならまだ何とかなっただろうが、奴らと協力してあいつらは一体何を考えているんだ
とにかく今はアスモが記憶を取り戻すことを祈るしかない
幸いすでに鍵は解かれている。あとはきっかけがあれば
僕はアスモを見守りながら、その無事をかつて世界を作り出した原初の一族に祈った