蠢くは悪の意思35
ヨローナの衝撃の事実を知って私は少し尻込みしてしまっている自分に気づいた
彼女は悪魔の中でも最上位に位置する王位を持つ悪魔、それも大罪を冠するアスモデウス
アスモデウスは驚くほど魅力的な女性で、さすが色欲を司っているだけのことはある
だがその雰囲気はまるで女神のように慈愛に満ちていた
王位を持つ悪魔は元々最上位の天使や神だったと聞く
堕ちたとはいえ彼女ももしかしたら何かの神だったのかもしれないな
「そうですわね。わたくしよりもはるかに強い力を感じました。悪魔とは言えど、彼女からはわたくしと同じ人を愛する気持ち、心を感じましたの」
「やはり女神様もそうですか…。いかがでしょう? 彼女は信じるに足る者なのでしょうか?」
「最上位の悪魔ですわ。わたくしの感知をだますくらいのことはたやすいでしょうが、どうにも彼女は信じられるような気がするのです。いえ、それすら彼女の権能なのかもしれませんが、今は何とも言えません」
「悪魔は契約を遵守すると聞きます。嘘はつかないと言うのがポリシーらしいのですが」
「地球ではそう伝わっているのですね?」
「はい」
とりあえずは彼女の力を取り戻していいのかどうかは分からないが、信じてみようと思う
どう見ても彼女が嘘を言っているようには感じれないからだ
ひとまずは様子を見ながら彼女を守ろうと思う
アスモデウスは言っていた。今のヨローナのままでは本来の力は一切出せず、この世界の住人でも容易く殺せると
それは自分の弱点を私達に正直に打ち明けたということだ
そのことだけで信じるに値しないだろうか?
ともかく今はこの山脈を超えることに集中し、エスターを捕獲するしかない
翌朝、すっかり晴れた快晴の空を見ながら私達は山脈越えを再開した
この先には山頂付近に夜天族が作った小屋があるらしいのだが、その先に進めば竜の領域。気を引き締めて目指さねばなるまい
数時間歩き通してようやくその小屋が見えてきた
雪の積もった地面を踏み歩き、小屋を目指す
つくづく雪山用装備を買いそろえておいてよかったと思う
これが無ければ途中で行き倒れていたに違いないな
「リィリア、あれ見て」
「なんですか?」
ナリヤが指さす上空を見ると、遠くに竜と思われる姿が見えた
距離が遠いため鳥のように見えるが間違いないだろう
こちらに気づいている様子はないが、念のため気配を遮断する結界を張っておいた
「これでよしっと。頂上へ行くのは今日は控えた方がいいかもしれませんね」
「そうね、ふぶいてきてるし」
先ほどまでとは打って変わって急な吹雪。山の天気は変わりやすいというが、本当にすぐ変わるんだな
とにかくこのままでは進めそうにないので小屋に避難し、乾いた薪を暖炉にくべて火をつけた
温かい
「取りあえず食事を作ります」
「あ、今日は私が作るわ。昨日お世話になったんだからそのくらいはさせて」
「そうですか、ではお願いします」
「うん、二人は休んでてね」
ヨローナはそう言うと手際よく干し肉と野菜を刻んで簡単なスープと野菜炒めを作った
作っているところを見ていたのだが、素晴らしい動きだ
それに、なんともいい香りがする
「えっとね、香味油で香りづけしてるの。口に合うかわからないけど食べてみて」
「いただきます」
私とナリヤはヨローナの料理を一口食べてみる
直後手が止まらなくなった
次から次へと口に運んであっという間にお皿が空になる
「ど、どう?」
「すごいですよヨローナ! 料理うまいんですね」
「うんうん、なにこれすごくおいしい」
シチューも隠し味が入っているのか、私が昨日作ったものとは比べ物にならないほど美味しい
「えっとね、昔から、あ、昔って言うのは人間だったころなんだけど、家族によく作ってたの。料理、大好きでね、ほんとは人間の魂を集めたりせずにこういうことだけやってたいんだけど、そうもいかない、から」
「いずれいくらでも料理出来るようになりますよ。カレアナちゃんやアエトに食べさせてあげればいいじゃないですか」
「うん! その時はあなた達も食べてね!」
意外な事実、ヨローナの料理は達人クラスだ
正直毎日でも食べたいほどである
腹も膨れた私達は満足し、夜までの時間を他愛のない話で過ごした
私達は当然夢の話
私の場合は平和になった世界でゆっくりと余生を過ごす、だな
それを言うとまだ10歳なのにその夢はじじ臭すぎると言われた
仕方ないだろう、中身がそうなのだから
ナリヤの場合は友達とショッピングに行ったりスイーツを食べたりといった少女らしい夢
ちなみに勇者が必要なくなったらお菓子屋さんになりたいと可愛らしい夢も語ってくれた
そしてヨローナはやはりカレアナとアエトと共に小さな家でつつましく暮らすという夢
平和そのものの夢でほっこりしたところでそろそろ寝ようということになった
その日の夜はヨローナもうなされることはなく、アスモデウスも顕現することはなくぐっすりと眠れた