悪魔19
ようやく指の治療は終わって、すっかり元通りにはなったんだけど、カレアナは私が触れようとするたびに私を恐れてがたがたと震えるようになってしまった
もう、私とは一緒にはいられないのかもしれない
私、は、どうすれば?
「カ、カレアナ、行きましょう。あなたが安心して暮らせる場所に」
「ひぃ、ひ、あう、うぐぅ」
可哀そうに、おびえ切って言葉すら発せなくなっている
私はなるべくカレアナには触れないように気を付けたけど、私を怖がってばかりのカレアナはそれでも私について来てくれた
指を引きちぎられる痛みと、エスターによって直接脳内をいじくられた形跡
恐らく想像を絶するような恐怖を与えられてトラウマになってしまったんだろう
私は涙が込み上げてくるのを我慢してあの国を目指した
私は殺されても構わない。でも、この子だけは何としても守りたい
話を聞いてくれるかは分からないけど、もうどうしていいのか分からなかった。だからティライミス聖国を目指した
「ほらカレアナ、もうすぐ着くわ」
「ひぐっ、えっぐぅ」
手を伸ばすと頭を抱えてしゃがみ込んでしまった
この子の恐怖を取り除くには忘れさせるしかないけど、そんなこと私にはできない
私はカレアナが落ち着くのをしばらく待った
可愛いカレアナ、私の大事な子。守ると決めたから、幸せにすると決めたから、私はこんなことでめげてはいけないんだ
少し落ち着いたカレアナは相変わらず私と距離を取りながらもついて来てくれる
そのまま連れ立って歩き、ようやく聖国に入ることができた
でも首都まではもう少し歩かなきゃいけない
「カレアナ、もうちょっとだから、頑張って」
「ううう、あああ」
首都はとてもきれいな場所だった
街並みもそうだけど、人々の魂が輝いてる
純粋な魂がこんなにも…。全ての悪魔が欲しがるような、まるで赤ん坊だけが住んでいるかのような国
これほどまでの人間力を身につけている住人達はきっとこの子のことも受け入れてくれるんじゃないだろうか
人は、その魂を究極にまで高めることができると進化する
仙という種族に
私は今まで見たことが無いけれど、ここの住人はもう少しで仙へ至る者が出て来るんじゃないかしら
そんなことを思いながらキョロキョロと周りを見ていると、なんだか人が私達の周りに集まってきている気がする
いえ、これは取り囲まれている?
「まさか堂々とこの国に入ってくるとはな、悪魔!」
「やっぱり狙いはリィリアかしら?」
「残念、あの子は私達が守っているの。手は出させない」
私に向かって武器を掲げる聖女たち
私はおとなしくその光景を見ていたけど、八ッと気づいてカレアナを見た
カレアナも同じく取り囲まれていたため、私は包囲を突っ切ってカレアナを抱きかかえた
この子だけは守らなきゃ。死んでも!
「ふん、悪魔でも悪魔をかばうことがあるんだな」
「安い同情を誘おうとしているんだろう。だが騙されてはいけない。こいつは悪魔なんだからな」
震えているカレアナを見ると、私の顔を見てぎこちない笑顔を向けてくれた
「お願いが、あります。私を殺してくれて構いません。でもどうかこの子は、この子だけは…」
「何を、言っているの? その子が何だと言うんです?」
「この子は魔王、でも、優しい子なんです。お願い、この子を魔王という縛りから解放してあげてください。何でもします! どうか! どうか!」
その時私達に駆け寄ってくる何者かの気配を感じた
殺されるかもしれないと思い、ギュッと目を閉じると
「お姉ちゃん? ヨローナお姉ちゃんなの!?」
その声は聞き覚えのある、胸が熱くなるような声だった
「アエト?」
「そうだよ! よかった、無事だったんだ」
「な、なんでこんなところに?」
「私ね、リィリアちゃんって子に助けてもらったの。で、今そのリィリアちゃんと一緒に…。あ、ちょっと待って」
アエトはそういうと聖女たちに向き直った
「この悪魔さんです! この人なら大丈夫ですよ!」
「じゃ、じゃぁその子がアエトちゃんの言ってた優しい悪魔? でもなんで魔王なんか連れてるわけ?」
「さぁ、それは私にもわかりません。なにせ魔王様には私は会わせてもらえませんでしたから…。それにこの子、私よりも小さな魔人ですし…。ヨローナお姉ちゃん、本当にこの子が、魔王なの?」
「ええ、それは間違いないわ。監禁されて魔物を生み出すためだけの魔力タンクにされていたの。何とか救い出して、ここまで一緒に旅してきたの。そ、それよりも、この子の記憶を消すような力を持った聖女はいない? 他の悪魔に殺されかけて、頭に恐怖を植え付けられてしまったの」
「それなら、多分リィリアが」
「呼びましたか?」
「うわっ! びっくりした」
アエトの横にはこれまた小さな少女が立っていた
でも、その体からは計り知れないほどの力を感じる
「話は聞いていましたよ。あなた、悪魔なんですよね? 私の仲間をあのような姿に変え、勇者を殺した、あの悪魔」
「え、ええ、そうよね、あなたにとって私達は敵でしかない。分かってる。でも殺すなら私だけにして。この子は、何も知らない本当にただの子供。魔王という悲劇に見舞われただけの、ただの子供なの」
「大丈夫ですよ。殺すなんて言ってませんよ? ただ確認しただけです」
この子、ちょっと性格がひねくれてるんじゃないかしら
でも、これなら無事カレアナを保護してくれそう
「あなたも疲れたでしょう。お話を聞きがてら、少し私達とお食事でもどうですか?」
リィリアと呼ばれる得体のしれない力を持った少女は、そうニコリと笑って手を引いてくれた