聖乙女生まれる1
設定を思いついたので書き始めました
民衆なんて、教徒なんて、私にとってはただの金づるで、何でも言うことを聞く道具でしかなかった。 ずっとそう考えて生きてきた。 私の声はたやすく人を惑わすほど甘美で甘いささやきであると自負している。 声だけではない。 一挙手一投足、その動きも話し方も全てが信者を操るための道具となる。 どうにも私はそのあたりにカリスマ性というものがあったようだ。 面白いように信者は釣れ、雪崩のように金は入った
「だが、退屈よな」
私は携えた顎髭を手でいじりながらこれから何をしようかと考えた。 自慢ではないが私の立ち上げた宗教は日本のみならず、世界各地に信者を順調に増やしていっている。 このままいけば有名な三教、キリスト、イスラム、仏教とまではいかないまでもそれなりに大きな勢力となるだろう。 信者にかこまれ、崇められる姿を想像してほくそ笑む
その時急に私のいる部屋のドアが乱暴に開かれた
「教祖様! お逃げください! 信者が裏切っがぁああ!」
信者の管理を任せていた者。 すまないな、私のためにと走ったのだろうが、新藤君、君を助けることはできなかった
倒れる彼の亡骸を踏み越えて信者たちがなだれ込んできた
「見つけたぞ三神宗重郎! お前のせいで俺の家族は!」
「あんたがお母さんをあんな風に!」
そうか、信者ではなくその家族か。 手に持っているのはナイフに包丁、ハハ、鍬とはまた面白い得物を持っているな。 そうか、ここまでか。 ここで、終わるか。 それもまた、一興。 私の名前は後世まで残るだろう。 それほどまでに私は…。 ああ、ここに来て思い出すか。 母さん。 私はあなたに…
思い出したのは母親の笑顔で、彼女は新興宗教の教祖に殺されたと言っても過言ではなかった。 私の父が病に倒れたとき、すがったのが新興宗教だった。 そしてその宗教に金を散財し、父は助かることなく死んだ。 ほどなくして無理がたたった母も死んだ。 私には何も残ってないんだ。 何も。 だからこの状況で死ぬことに未練などない。 ただこの世界から私という小さな存在が消えるだけ。 世界に何かを成せるわけでもなかったただの男が死ぬんだ。 私は、いつしかあの時の宗教家と同じになっていた。 気づいていた。 目を背けていた。 罪悪感に蓋をして、私はただひたすらに金だけを信じ…。
振り下ろされる無数の刃、君たちに私は感謝しよう。 このつまらなく退屈で、それでも素晴らしい世界に、ようやく終わりを迎えることができる
一瞬の痛みの後に私の体にいくつもの刃が突き立てられ、死と言う一つの終わりを迎えた
しばらくすると目が覚める。 そうか、これが死後の世界というものなのだろう。 不思議と体が安らぐのを感じる。 私の行きつく先は、地獄とやらなのだろうな。 ここで沙汰を待つのかそれとも私の意識はお空間で消えてなくなるのか。 もう、どうでもいい
「そういうことは思わないでくださいまし」
声が聞こえた。 その声は私の耳にしみこむように清涼感にあふれ、心が震える
「さて、少しわたくしの話を聞いてくださいまし」
良いだろう。 他にやることもないのでな
どうやら心で思うだけで相手に言葉が通じるようだ
「わたくしはこの世界の女神、ティライミスと申します」
まるで昔はやったデザートのような名前だが、女神、女神と言ったか。 すると神はいたことになるのか
「デザートとは失礼ですね。 せめてスイーツと言って欲しいですわ。 しかし、そうですね。 あなた方人間が思うように神はいます。 あなたのよく知る宗教の神々も確かに存在しておりますわね。 まぁあなたのいた世界のように対立はしていませんよ。 神同士での争いはご法度ですからね」
驚いた。 死んでから真実にたどり着いてそのうえで宗教観を否定されるとは思わなかった
「そんなことよりもです。 あなたの魂をあの世界からわたくしの世界へと迎い入れました。 あなたにはこれよりわたくしの世界をよりよく導いてもらうための役割を担ってもらいます」
何が目的かは知らないが、元悪徳宗教家の私に世界を救えと女神は言う。 そのために転生し、この世界の住人として暮らせと言うではないか
「あなたの力が必要なのです。 どうか、お願いします」
熱心に頼む女神の話をよくよく聞いてみると、この世界に現在乱立している宗教は、そのどれもが神の声を聴いた、加護をもらった。 奇跡が起こせるなどと言ったいわゆる嘘ばかりで、生前の私がやっていたことと変わりない。 それらの宗教の本性を暴き、元通り彼女のみを崇めて祀る正しい一神教に戻してほしいということだ。 幾度となく彼女は顕現し、訴えかけたにもかかわらずこの世界の住人は彼女を崇める者が少ない。 このままでは彼女の信仰心は失われ、存在できなくなってしまうらしい。 そうなればこの世界は滅んでしまうだろう。 現に彼女は力の大半を失い、すでに全ての生命に加護を与えることが難しい状況にあり、地上では魔物や悪がはびこり始めていた
「わたくしの、最後の力を使い、貴方を呼び寄せました。 きっとあなたならこの状況を打破し、わたくしを助けてくれると信じています」
なぜそれを私に求めるのか理解に苦しむ。 私は女神の嫌うどうしようもない宗教家なのだからな
「いいえ、わたくしは知っています。 あなたが本当は優しいことを。 心を痛めながらもそうするしかないように、お金しか信じないかのようにふるまっていたことを。 貴女がお金しか信じなくなったのは母を失ってからでしたね? わたくしは全て知っていますのよ?」
ずっと、見られていたのか…。 私はどうやらこの女神からは逃げられないらしい。 いいだろう。 あの世界で出来なかったことを、やり遂げようではないか
「あなたは信者を道具のように思っていたと言いましたね? 心のうちにその思いを秘めて。 それならその思い、精いっぱいこの世界で解放しなさい。 あなたには私の残り少ない神力全てを注ぎましょう。 魔物跋扈するこの世界でどんなものにも負けない力を授けます。 そして人々を癒す力と声を、心酔するほどの美しい姿を与えます。 始まりは赤子からですが、貴方の有する記憶と共に成長し、この世界を救ってください」
ああ、全てを受け入れよう。 私にもう一度やり直すチャンスを与えてくれるのならば
「では、ご武運を。 わたくしは力の行使のあと眠りにつきます。 さすがに力を使いすぎました。 このままではわたくしは消えてしまいそうです。 しかし安心してください。 信仰心が戻れば私は復活できます。 いずれまた、会いましょう」
こうして女神は私の前から消え、私は赤子から人生を再スタートした。 そして気づいた。 今まで私の中央にあった大切なものが無くなっていたことに
私の生まれ落ちた街は、この世界唯一あの女神ティライミスを信仰する国ティライミス聖国。 一人の聖王と呼ばれる男が筆頭の日本ほどの広さの小さな中立国だ。 中立国と言ったのは他でもなく、周りの国々は常に自分の国の領土を広げようと躍起になっている。 すぐ近くにはデトロライト帝国という国もあり、いつ大戦が起こっても不思議ではない。 そんな国だった
私はそこで普通の商家の一人娘として大切に育てられた
ああ、これが幸せというものなのか。 私が奪われ、私が奪った当たり前の生活。 それを噛みしめて私は罪の意識をよりいっそう感じた
そんな私に両親がつけた名前はリィリア。 リィリア・ロマネルだ
これは私が聖乙女として、教祖として、世界を平和に導く話である
宗教家がいかにして戦うのかを見守って欲しいです