05.これからと、これから。
「いや凄いな!まさか本当に勝っちまうとは!」
街の酒場でルマンは豪快に酒を煽った。
結局、決闘はアマクサ側の勝利となった。気絶から目を覚ましたマルエが喚いていたが、そもそも認めたのは自分だ。客という生き証人がいる以上、これ以上の手出しは出来ないだろう。
決着が付いた瞬間に妨害していた呪術師はルマンが取り押さえ現在騎士団で取り調べ中らしい。
舞台に乗り込んできた客に揉みくちゃにされながらなんとか脱出した僕は、出口で待ち構えていたルマンに捕まり、今に至る。
「アマクサも一晩休めば回復する様だ。心配するこたぁない」
そう、あの決闘の後、アマクサと話は出来ていない。意識が朦朧としていたアマクサは専属の医師に運ばれたし、僕はこうして連行されたし。
礼を言われるか、はたまた余計なお世話と罵られるか。
「おう英雄!今日は本当に助かったぜ!俺の女神があんなクソ野郎に取られずに済んでよ!」
「お前のじゃねえ俺の女神だ!」
飲んでいると来る客全員に声を掛けられた。どうやら今回の話は随分と広がっているらしい。
出来ることならあまり目立ちたくはないのだが。
「しっかし本当は強かったんだな」
強い、とは違う。実際ただの剣の勝負なら負けていただろう。
だが、何でもありだったら。スキルの力もあれば、基本的に負ける事はない。
ーーオーダー確認。それでもそれを成せたのはマスターの力量あっての事かと。
そうでもない、と思う。何せ相手は油断しきっていた。
勿論、油断させる為にスキル『隠密』でステータスの一部を隠蔽したし、無知を演じる為にステータスが他人に見せられる事も惚けた。簡単に避けられる事がバレない様に、致命傷にならない程度に傷付けられもしたが、正直成功確率は五割もなかった。
だから
「たまたまぶん投げた剣がマルエに当たったからな。外してたらあれで終わってたよ」
「謙遜するなって!なあ、この街で騎士やらねぇか!?お前の力は絶対世に役立てるべきだ!」
ルマンの言葉に周囲が同調する。そうだそうだ!俺は支持するぞ声が酒場中に響く。
その声にただ愛想笑いを浮かべるだけに留め、僕も目の前の木杯を煽る。
「今日は奢りだ!とことん飲もう!」
木杯を掲げて一気飲み。流石豪快だ。
そのペースにつられる事なく、僕はただ自分のペースで飲み続けた。
その結果、アマクサの屋敷に戻ったのは深夜も深夜だ。
全員寝静まり、入れなかったどうしようか悩んでいたが、アマクサに仕える執事やメイド達が待っていてくれていた。
「主人をお助け頂き、本当に有難う御座います」
老齢の執事が代表して頭を下げる。メイドの中には涙を流す者まで居た。
「リョウお嬢様はご両親が亡くなられてから、一人で家を守る為に頑張られておられた。中にはスワロ家の様に、アマクサの家柄を目当てに寄ってくる輩も居ます。その為リョウお嬢様はずっと頭を抱えておられましたが……貴方様が居て、本当に良かった」
涙ぐむ執事。そう手放しに感謝されるのは慣れていない。
「今後共、リョウお嬢様をどうか宜しくお願い致します」
深々と頭を下げる一同。
……ん?今後共?
ーーオーダー確認。恐らくマスターの知らぬ間に花婿候補になっているようです。
マジか。というかその辺アマクサ絶対知らないだろう。勝手に外堀を埋めようとしてるのか?
「アマクサの容体はどうですか?」
「あれから随分と落ち着かれ、今は自室にてお休みに。様子を見られますか?」
「いえ、明日の朝にでも話せればと思います」
承知しました。と一礼。その後メイド達に指示を飛ばし、僕は借りている客間に通された。
「朝また参りますので、ゆっくりと休まれて下さい」
またも深々と一礼。メイドは音の鳴らぬように扉を閉めた。
翌朝。メイドに起こされた僕は、中庭でアマクサが待っていると告げられた。
準備されていた服を着て、慌てて中庭に向かう。
そこには、鎧を身につけ、剣を地に刺し、堂々と佇むアマクサが居た。
「おはよう、アユム」
白の髪が風に靡く。朝日に照らされ、銀色に輝いている。
「嗚呼、おはよう。アマクサ」
ーーオーダー確認。対象「リョウ・アマクサ」ステータスを表示します。
透過窓に記されるのは、アマクサのステータス。昨日の状態異常は全て解除されているらしい。
「元気そうでよかった」
「お陰様でね。さて、まずは」
と、アマクサがその場で片膝をついた。そのままこうべを垂れる。
「昨日の貴殿の働きにより、我がアマクサ家は悪党の手を逃れる事が出来た。アマクサ家当主、リョウ・アマクサの名において、礼を申し上げる」
その動作があまりにも似合いすぎていて、あまりにも神々しくて。
僕は思わず固まってしまった。
対するアマクサはピクリとも動かない。おそらく待っているのだ。僕の反応を。
「えっと……如何いたしまして」
その言葉を聞いて、アマクサは腰を上げた。
そのまま側に突き刺していた剣に手を伸ばす。
ーー警告:後方への回避行動を推奨
声を聞いて反射的に後方へ飛ぶ。
先程まで首があった場所に長剣が通過した。
後方に下がり、意識的に拳を構える。横一線に剣を振るったアマクサはそのまま微動だにしない。
「……どういうつもりか聞いていいかな」
ゆっくりと剣を構え直す。その表情には怒りや悲しみの負の感情は浮かんでいない。どちらかというと、喜びか。
「騎士マルエは腐っても騎士職。生半可な実力で倒せる相手じゃない。まさかそれほどの手練れだったとは思わなかったよ」
「油断していただけだよ」
「その油断を突くのも実力が必要だ。で、騎士を打倒できる程の腕前を隠し、一体何が目的なんだ?」
目的、か。
「実は別の世界からやってきて、ここの神様を殺すのが目的だって言ったら、信じてくれる?」
その言葉にアマクサは眉を上げた。信じているわけではないが、嘘だと決めつけていないのか。突然言われた事に対して理解が追いついていないような表情だ。
「そうだな、私に勝てたら信じてやろう」
笑いながら彼女は答えた。
「別に信じてもらう必要はないから、戦わなくてもいいかな?」
「それは出来ない相談だ。そのつもりなら騎士らしくないが、一方的に斬らなければならない」
ふむ。どうしても僕と戦いたいらしい。つまりそれは、どうしても戦いたい理由がアマクサにはある、という事か。
「僕には戦うメリットがないんだけど」
「ではこうしよう。もし私が勝てば、アユムには私の言うことを聞いてもらう。もしアユムが勝てば、私はアユムの目的を手伝う」
ーー神を殺すのあれば、その手伝いをしよう。と彼女は言った。
「……因みに僕が負けたら何を命令されるの?」
「簡単な事だ。私と共にこの街を守ってほしい。騎士でなくてもいいから、私の相棒となってくれ」
悪い話ではない。恐らくこの世界で生きていくのであれば、立場と権力、更には居場所も得られるというわけか。
だが、残念ながらそれは許されない。
「わかった。それじゃあやろうか」
息を吐く。肺の空気を全て出しきり、その分無理ない範囲で肺に空気を入れる。
首から肩、肘、手のひら、腹、太ももと徐々に脱力し、意識を戦いに向ける。
「守護騎士リョウ・アマクサ。未来を共に在る者を得んが為、いざ参る!」
「一般人木崎・歩。役目から逃げられそうにないので、いざ参る」
アマクサは雄叫びを上げ、こちらに向かってくる。
そっと片目を閉じて臨戦態勢。視界は二つ。現在と、数秒先の未来。
さあ、神様の前に、先ずは目の前の協力者を倒していこうか。




