04.初戦闘
昼、第二訓練場。
半径五十メートル程の円の周りには高さ三メートル程の壁が立ち並び、その向こうには円を見下ろす形で客席がぐるりと並ぶ。
客入りは上々。ほぼ満員となっており、皆が固唾を飲んで決闘の様子を見守っていた。
円の中央には、二つの人影があった。
大剣を構えるリョウ・アマクサと、長さ一メートル程の両手剣を構えるマルエ・スワロだ。
最初はアマクサの優勢だった。
長さ二メートル程の大剣を振り回し、まるで舞っているかのようなステップで、しかし一切の無駄のない動きで、着実にマルエ・スワロを追い詰めていた。
互いに剣を主とする騎士同士。ファンタジー特有の魔法でも出すのかと思いきや、剣と剣とのぶつかり合いだ。互いの剣が交わる毎に火花が散り、金属特有を甲高い擦過音が響いている。
攻めの姿勢を崩さないアマクサに対し、マルエ・スワロは終始防戦一方だ。
アマクサの剣を時に受け、時に避け、されど追い詰められないように巧みに立ち位置を変え、決定打を与えない。
この戦闘運びは、大抵相手をイラつかせ、精神的余裕を奪う為にするのだが、当のアマクサは本気ではないのか、息が上がるような事もなく、冷静に相手を追い込んでいく。
一方のマルエ・スワロは既に肩で息をするような状態であり、体力の差は明らか。今は何とか転がりながらアマクサの剣を避け、震える手で剣を構えている。
「とんだ思い過ごしだったようだな」
客席、隣に座るルマンが呟いた。片手には酒の入った木杯が握られている。当初いざという時は割って入る為に武器を所持していたのだが、スワロ家の警備に捕まり、没収されてしまっていた。
こうなら自棄だと酒を購入したようだが、矢張り根っこではアマクサが心配なのだろう、一口も飲もうとはしていない。
「単純に女に負ける訳がないとでも考えてか。案外頭の悪い奴だな」
頭の悪いのはどちらだろうか。
騎士団の調査を避け、悪事を続ける人間が、戦う相手の強さを測っていない訳がないだろうに。
マルエ・スワロとは殆ど面識はない。会ったのはギルドでの時だけ。その時でも別段会話をしたわけではない。
が、わかる。こいつは間違いなく劇場型だ。ただ勝つのではなく、貪欲に、一つの事で多くの成果を得る為、過剰に演出するタイプだ。
現に、追い詰められつつある筈なのに、表情は一切焦っていない。単純な疲労により陰りは見え、無駄に整えられたオールバックは乱れているものの、精神的には随分と余裕そうだ。
それがあるから、アマクサも警戒して踏み込みきれていないのだろう。
もし自分が同じ立場だとしたら、そろそろか。
アマクサが雑に構えたマルエ・スワロの剣を横薙ぎに弾き飛ばした。速度はこの決闘で一番早い。今までのは単なる布石で、この速度がアマクサの本気なのだろう。遠目から見ても剣の軌道すら見えなかった。
一瞬、マルエが飛ばされた剣を目で追う。その隙を見逃すほどアマクサは優しくはない。右に振られた剣の勢いのままに、アマクサはその場で回転。もう一度横薙ぎに剣を振るう。次の目標は剣ではなく、マルエの首。
然し、そこでアマクサは止まる。まるで電池が切れた絡繰のように。
物体が移動する際には、必ず慣性が働く。故に例え無理に剣を止めようとしても、そこには止める為の、同じ運動量が必要だ。
然しアマクサはそんな素振りも見せる事なく、剣を停止させた。一応寸止めルールにはなっているが、マルエの首まではまだ遠い。
アマクサは何を考えているのか、そのまま剣を落とし、二歩、三歩と後ろに下がる。
「おい、何だよありゃ!」
ルマンが声を荒げる。他の客達も同様に異変に気付いたようだ。先ほどまでの静かな雰囲気が一変し、騒々しくなっていく。
アマクサは剣を持っていた右腕を抑え、後ずさり。マルエを睨みつけてはいるが、何が起こっているのかわからない様子だ。
当のマルエは悠々と立ち上がり、飛ばされた自分の剣を拾っている。そこに焦る様子はない。恐らくわかっているのだろう。アマクサにはもう戦う力がないのだと。
「どうやら、勝ちを急ぐあまり自分のペースを乱してしまっただな」
マルエは態とらしく大声で話している。どうやら現状を闇雲に攻め続けたアマクサの失態であるとしたいらしい。
「馬鹿言うな。こんな事でへばる騎士が何処にいるってんだ」
ルマンが握りしめる酒の入った木杯からミシミシと音が鳴る。どうやら間違いなく、仕掛けてきたようだ。
ーーオーダー確認。対象「リョウ・アマクサ」ステータスを表示します。
自分以外の誰にも見えない透過窓が現れる。そこに映し出されているのはアマクサの現在のステータスだ。
各能力値や保有スキル欄は無視。見るのは一つ。
「腕力低下、脚力低下、視力低下、意思混濁、意識酩酊、痛覚鋭利化……めちゃくちゃだな」
戦う上でどれもこれも不利になる状態異常。戦闘前にはなかった異常の数々がそこには羅列されていた。
このままならば、反撃することはおろか、戦いにならないだろう。
ーーオーダー確認。「リョウ・アマクサ」への弱体付与行使者を確認。表示します。
ここから反対側の客席に小さく透過窓が表示された。続いて自分の目の前にも。そこにはフードを目深に被った如何にも怪しい男の姿が。手を胸の前で組み、小さく口が動いている。
「ルマン。悪いんだけど一つ頼まれてくれないかな」
声掛けた僕に対し、かなりキツめの反応が返ってきた。
「んだよこんな時に!」
「向かいの客席。前から二列目に居るフードを被った男、見える?」
流石元騎士。その情報だけで事態を把握したのか、客席に目を光らせた。
「成る程、あいつを捕まえりゃいいんだな」
「捕まえるのは僕に合わせて欲しいな。多分タイミングは分かると思うから」
見れば、マルエが切っ先をアマクサに向けている。勿論この試合で死ぬような事はない。けれど、もしアマクサが試合を放棄してしまったら、もう何もかも取り返しがつかなくなってしまう。
だから僕は前に出た。前には簡単に乗り越えられる低い台。そしてそれを乗り越え、三メートル上空からの着地の衝撃に耐える事が出来れば、
そこは、決闘が行われる舞台だ。
「こんにちは。その決闘、ちょっとだけ邪魔させて貰う」
ただ強くあれ。
それはアマクサ家の教えだ。
ただ強く、ただ強く。
だからそうした。幼い頃から剣を磨き、騎士団に入り、今では守護騎士として一部隊を任せられている。
ただ強くあれ。
それは、自分の欲望や自尊心、驕りに負けないようにと、古くから家訓として残る言葉だ。
だからそうした。家を大きくする為の婚姻の話や、政治を扱う仕事への誘いも全て断ってきた。
偉くなりたい、とは思わない。
凄くなりたい、とも思わない。
私はただ、教え通りに、そして出来る事なら、一人でも多くの人を助けられるように。
騎士は泣かない。騎士は泣き言を言わない。騎士はいつも不敵に笑い、正義の味方でいなければならない。
だから私は、そうやって生きてきた。
周りの人に支えられながら、助けられながら、それでも懸命に生きてきた。
だけど、歳を重ねるにつれ、不安が過ぎる。
私の体には無数の傷跡がある。騎士団では名誉の負傷と褒められるが、一般的にはどうなのだろう。
傷だらけの娘が、もし大怪我なんかで剣を握れなくなってしまったら。
果たしてどうやって生きていけばいいのだろうか。
それだけではなく、もし騎士としての立場を失ってしまったら。
今のように、人は私に優しくしてくれるのだろうか。
解らない。答えは出ない。
だからせめて、其の時までは誇り高き騎士でいようと決めたのに。
「さて、出来れば貴女の口から、負けを認めて欲しいものだが」
騎士マルエはゆっくりと剣を上段に構える。もし振り下ろされてしまったら、私はそこで意識を失うだろう。
この決闘は殺し合いではない。だから死ぬ事はない。少なくとも命を取られる事はない。
だけど、この負けは、騎士としての死を意味する。
右腕は何故か痛みで動かず、全身は重く、視界もぼやけている。更には昔の事まで思い出され、思考がうまくまとまらない。
だけどせめて、最後の瞬間までは騎士で居たい。
定まらぬ視線を持って、騎士マルエを睨みつける。霞んで見えないが、恐らく下卑た笑みを浮かべている事だろう。
嗚呼、騎士団のみんなに迷惑かけちゃうな。
ごめんなさい、と小さく呟く。今私が出来るのは、これだけ。
なんと無力なのだろう。私はただ強くあれという家の教えすら守る事が出来ず、ここで騎士生命を
「こんにちは、その決闘、ちょっとだけ邪魔させて貰う」
そういえば、と思い出す。
ここ数日聞き慣れた声を聞きながら、父親のこんな言葉を思い出す。
ーーただ強くあれ。人を助け続ければきっと、巡り巡って自分に返ってくる筈だから。
「神聖な決闘に割り込みとは、貴様何者だ」
上段に構えた剣を構え直し、こちらに向き直る。
「誰という程の者でもありません。そうですね……こちらのアマクサさんの弟子、みたいな者でしょうか」
実際に色々教わっているのだから、弟子といっても間違いではないだろう。
マルエはジロリ睨みつけ、
「嗚呼、ギルドで会った時に側にいた男か。だからどうした。この決闘は私とアマクサで取り決めたーー」
マルエの話を無視してアマクサに駆け寄る。小声で声をかけるが返答はない。意思混濁と意識酩酊の効果が続いているのだろう。
ーーオーダー確認。状態異常の解呪は専門職「呪術師」もしくは「高位聖術師」出なければ不可能です。
まあ何も魔法なんて覚えていない僕には難しい話か。可能なら早く休ませてあげたいな。
「この私を無視すると、いい度胸だなおい!」
と、無視していたマルエが怒りに任せ僕の襟首を掴み、強引に立ち上がらせた。
身を任せる。僕も向き直らせ、首元に手を掛ける。
「決闘に割り込む不届き者は、この場で殺されたとしても文句は言えない。分かってるのか貴様」
予定通り。自分から小声で話しても大丈夫な位置まで来てくれた。有難いというか油断が多い奴だ。
「後方客席フードの男」
マルエが一瞬目を丸くした。だが総じて悪党というのは自分に不利な状況では頭の回転が早い。
「なんの事だ?」
「側に騎士が待機してる。合図をすればすぐに捕まえられるし、尋問でもすれば誰が依頼したか吐くだろう。もっとも、決闘でそんな事をしても、得する人間は一人しかいないのだけど」
勿論、マルエが直接指示した訳ではないだろう。足がつかないように策を張り巡らせている筈だ。
だが現行犯となれば話は別。真実はどうあれアマクサを貶めた事実があれば、疑いは対戦相手のマルエに掛けられる。疑惑を持たれた時点で、この決闘の意味は殆ど失うと言っていいだろう。
乱入などせずさっさと現行犯で捕まえてしまっても良かったが、その場で白を切られても面倒だ。
だったら、最も簡単な方法で事を済ませるに限る。
「何が目的だ」
「この決闘。対戦相手を変えてほしい」
マルエは首を捻った。決闘の中止ではなく、対戦相手の変更を申し出て来るなど、想像していなかったのだろうか。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。アマクサの代わりに僕と戦え。もし勝てれば婚姻すればいいし、フード男の事も黙っておいてやる」
その言葉を聞き、マルエは大きな声で笑い出した。そのまま大声で。
「成る程!貴様もリョウ・アマクサに惚れていたか!ならば何方が娶るに相応しいか、勝負といこうじゃないか!」
その言葉に反応したのは、客席だった。
いつの時代も、いつの世界も、惚れた女性を賭けて戦うというのは盛り上がるシチュエーションらしい。
「だが」
と、更に大声でマルエ。
「貴様が何者か分からぬ以上、おいそれと申し出を受ける事は出来ない。貴様が悪人の手先ではないと証明出来れば、望み通り戦ってやろう」
証明出来れば、と言われても。
「簡単な事だ。貴様の職業と、ステータスを見せろ。それを持って身の潔白とするがいい」
職については、先日ギルドで貰ったネックレスを見せればいいのだろうか。
「ステータスは人に見せられないんじゃないのか?」
「基本的には、だ。だが本人の承諾があれば、他の者に見せる事が出来る」
何を惚けているんだ、と言わんばかりの回答。どうやら常識だったらしい。ステータスを表示した状態で、閲覧許可とする事で見せられるとの事。
なので言われた通りにし、早速マルエに見せてみた。
「……は?」
絶句している。その反応に客席からもどよめきが起きる。
そのまま数秒停止した後、マルエは腹を抱えて笑い出した。
「な、なんだこのステータスは!敏捷は人並み以上だが、他がほぼ平均以下!魔力と幸運に至っては一桁ではないか!」
待て待て待て、人のステータスを大声で言うって、それありなのか?流石にプライバシーの侵害だぞ。
「し、しかもスキルが隠密:Eのみだと!?よくこれで冒険者なんぞになろうと思ったな!!」
放っておけ、と呟く。客席のどよめきはより大きくなり、客席を見れば待機しているルマンが絶句していた。
嗚呼、そういえば教えるの忘れてたな。まあいいか。
「辛いものを見てしまったな。済まなかった。このステータスでは悪党の鉄砲玉にすらなりはしない。いいだろう、お前の潔白を認める!」
その言葉に静まり返る客席。先ほどの盛り上がりは何処へやら。
そりゃ、ちょっと素早いだけの雑魚と、一応騎士の称号を持つ男との戦いなど、結末は火を見るよりも明らかである。
客席から「なんだよ」と声が聞こえた。客もアマクサとマルエの婚姻を認めたくないのだろうか。不満の声も、更には木杯を投げて来る奴まで出てきた。
「勝負は早く着いてしまうだろうが……これも社会の厳しさだと諦めるんだな」
これが、この世界で初めての対人戦闘だ。
剣を片手に迫るマルエを、しっかりと睨みつける。
ーーオーダー確認。ステータスを他人が見る事は可能です。
ルマンと知り合ったその日の夜。部屋で一人叡智に質問を繰り返していた。
ーーオーダー確認。盗み見るには幾つかのスキルが必要となりますが、己の意思で己のステータスを開示する場合、特別なスキルは必要ありません。
決闘を中止させる事は不可能。なら別の策を取るしかない。
ーーオーダー確認。ステータス改竄には「情報操作」及び「虚偽記載」のスキルが必要となります。
その為には、準備が必要だ。
ーーオーダー確認。
策は一つではなりない。十でも足りない。百の策を以って一を成す。
ーーオーダー確認。
いつもならば、他人の人生などどうでも良いと考えて何もしなかっただろう。
だけど。
ーーオーダー確認。
せめて助けてもらった分の恩くらいは、返すべきだ。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
確認作業は深夜まで続いた。
幾つものオーダーを繰り返し。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
上手くいくかはわからない。
だが。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
ーーオーダー確認。
やるからには、必ず完遂させる。
マルエの横薙ぎを、後方に飛んで避けた。
続け様に来る袈裟斬りを身体を捻って避ける。
与えられた細身の剣を振ってみるが、マルエは首を捻るだけでそれを避け、一太刀。
右腕を浅く擦り、マルエはニヤリと笑みを浮かべた。
マルエの剣は手にした細身の剣の倍程の厚さがある。真っ向から受けてしまっては砕けてしまうだろう。
だから今は避けの一手。奇しくも先程までとは逆の立場となった。
「馬鹿野郎!攻撃しやがれ!」
客席から怒号が飛ぶ。僕を応援しているのか、詰っているのか。それは分からない。
だが少なくとも、客はアマクサとマルエの婚姻を望んでいるわけではないとは分かる。
大丈夫、安心してほしい。少なくともこのままでは終わらせない。
と、脳内に声が響く。聞き慣れた『叡智』の声だ。
ーー警告。マスターに対して俊敏低下呪文の行使を確認。対魔力により打ち消されました。
弱体付与を他人が無効化するには、特別なスキルが必要となる。
だが、対魔力値が高ければ、呪文の効果を受け付けない。
僕の魔力はカンストしている。同クラスの魔力値を持たない限り、そういう呪文は受け付けない。
マルエは再び切り掛かる。横、袈裟、また横。どんなに早くても、僕には全て見えている。
「貴様、決闘の最中に片目を瞑るとは、何の真似だ」
「これが僕の戦い方だよ」
早くても何でも、見えていれば、分かっていれば、後はそれに落ち着いて対処するだけ。
先の警告だけでなく、僕の頭にはずっと声が鳴り続けている。
ーーオーダー確認。右へ飛んで回避を推奨。
ーーオーダー確認。腰を下ろして回避を推奨。
腐っても騎士の剣速。アマクサより遅いとはいえ、戦闘に不慣れな僕が見切れる筈も無い。
だから、先読みする。
「ちょこまかと……本気で戦う気があるのか!」
マルエは随分と苛立っているらしい。そりゃそうだ。速度しか取り柄のない凡人に、未だ一太刀も浴びせられていないのだ。本人的には屈辱だろう。
だがマルエは苛立つのとは正反対に、客は徐々に盛り上がり始めていた。
「そのまま逃げ回って疲れさせろ!」
「今隙があったぞ!遠慮なくぶった斬れ!!」
中々物騒な声援だが、先程に比べれば随分と気が楽だ。
話しながらも避け続ける。最早手にした剣を使う事もなく、最低限の動きで。
「貴様、何者だ」
「ただの探索者だよ。さっき見せただろう?」
片目を瞑ったまま答え、攻撃を避け、少し間合いを取る。
体力的に問題ないと思っていたが、流石に疲れてきた。
ーーオーダー確認。スキル『告発者の瞳』使用を一時中断します。
……僕には先程まで、二種類の風景を見ていた。
一つは目の前に迫り来るマルエの姿。もう一つは「此方に攻撃を行ったマルエの姿」だ。
ーースキル『告発者の瞳』過去と未来を見る事が出来る特異スキル。
目の前の人物、場所、事象の過去と未来を認識出来る。
攻撃が予め分かっているなら、叡智による指示が普通より一手早く来る。
だから、この結果は至極当然の末路。
そして、この後も。
「鬱陶しい。ならば逃げられぬように攻撃するまでだ」
マルエは剣を掲げた。前の世界であれば戦いの最中に何をしているんだと突っ込む所だが、ここはそういう世界ではない。
ーー警告。全方位剣撃スキル発動を確認。回避不可。
僕とマルエの間には五メートル。剣は届く筈もない。なのに回避不可ということは。
ーーオーダー確認。全方位剣撃スキルは斬撃を飛ばすスキルです。
成る程、前の世界とは戦い方が全然違うわけだ。斬撃を飛ばせるならば、間合いなど関係ない。
スキルが前提の戦い方では、僕は敵わないだろう。
だが戦いはスキルだけに頼ればいいものではないし、スキルに頼るからこそ、そもそもスキルなんて使わずに斬撃を飛ばすなんて簡単に出来る事に気付けないんだよ。
だから、そうした。
身を捻る。上半身は後ろに。手には脱力を。
一呼吸。瞬間的に息を吸う。
「これで終わりだ!」
叫ぶマルエに対し、此方も同じ事を言おう。
「これで終わりだ」
瞬間、足の親指に力を込める。力は上り、膝、股関節、腰を通過し回転力を高める。
脱力した腕は大きく振られ、手にした剣には十分に遠心力が与えられる。
肩、肘と力を連動させ、手にした細身の剣は勢いよく射出された。
「なっ!?」
マルエの驚く顔が見えた。
細身の剣は真っ直ぐにマルエに向かい、身に着けた鎧に当る。
されど流石に鎧を砕く力はなかったらしい。金属がぶつかる音が響くのみ。
だが、これで十分。
ーーオーダー確認。スキル『隠密』起動します。
スキル『隠密』の発動は『叡智』の回答結果として発動すれば、透過窓での承認は必要ない事は確認済み。
即座に移動を開始する。五メートルならば一秒と掛からない。
マルエは一瞬剣に意識が向いた事で、隠密を発動した僕を見失っている。
まあでもあまり関係ない。気づいていてもそうじゃなくても、スキル発動中のマルエに、これからやる事は妨害出来ないだろうから。
懐に入る。至近距離に上段に構えたマルエの顔。
腰を落とし、右腕を引き、脚を開く。
目標は鎧に当たり、砕かれる事なく刃を向け続ける細身の剣。
確かに力はない。されど鋭く硬いものと、速度ある拳があれば、釘打ち機の様に硬いものを穿つ事が出来る。
「木崎流拳術。鬼砕き」
移動の速度と腰の回転。どちらも十分に利用し繰り出した拳は、狙い通り剣の柄に当たり、
剣の自壊を引き換えに、鎧を見事砕いた。
マルエは驚いている。戦いの最中だというのに目を丸くし此方を見ている。どうやら隠密の効果が切れたらしい。攻撃すると効果が切れるなんて初めて知った。
瞳の奥に絶望が陰る。マルエはそれでも無理やり剣を振るおうとするのだが、
「遅い」
拳が柄に着弾した瞬間、既に拳は右腰に納まっている。だから振るった。腰の回転を利用し、がら空きの道を目掛けて。
肉が軋み、骨が折れる感触が拳に伝わる。
だがそれも一瞬だ。次の瞬間には拳を引き、軽く一歩後ろへ。
果たして腹を打ち抜かれたマルエはゆっくりと膝をつき、その場に倒れ伏した。




