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楽園世界の雑音達  作者: Misaka
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03.抗う人


 夜。

 個室を与えられた僕は、古くも寝心地の良いベットに腰を下ろした。

 昨日今日で色んな事があり過ぎて頭が追いついていないようだ。

 奴隷商から助けられ、自分の力と探索者という職も貰えた。

 現状でアマクサの庇護が無くなったとしても、恐らく生活に困る事はないだろう。

 出来るならばもう少し世界の常識とか、そういう部分について学んでおきたい気はするが。

 だけど、

 「開示(ステータスオープン)

 声に反応し、透過窓が宙空に浮かぶ。

 そこに記されているのは、己のステータスだ。複数の項目と数値の羅列。


 力:13

 敏捷:41

 体力:12

 魔力:9999

 技術:26

 幸運:2


 正直、他人に見られない仕様になっていて本当に良かったと思う。

 何処にでもいるような、少し動きが人より早く、力と体力と、ついでに運のない男……魔力値以外は。なんだ四桁って。これが可笑しいのは流石に分かるぞ。

 だが、問題はもう一つ。

 各数値の下に書かれた文字だ。


 保有スキル

 ・隠密:Ex

 ・暗殺術:Ex

 ・告発者の瞳:Ex

 ・叡智:Ex



 思い出すのは彼女の言葉。

「もし別世界で生きるならば、その為の術を与えましょう。か。にしたってなぁ」

 隠密は分かる。暗殺術もまあ、そう解釈されるのは仕方ないと思う。

「告発者の瞳?それにこれは……『()()』?」

 瞬間、突如脳内に直接声が響く

 ーー叡智、起動確認。オーダーを。

 スキルは意識的に発動するものらしい。もしかして叡智の発動条件は、その名前を呼ぶ事か?

 ーーオーダー確認。叡智を起動する為のキーは、言葉です。

 考えた疑問に答えた。これが妄想の賜物出なければ、もしかして疑問を解決する為のスキルか?

 ーーオーダー確認。叡智はあらゆる問いの答える為のスキルです。オーダーを提示して頂ければお答えします。

 これは、何も知らない僕にはありがたいスキルだ。

 叡智を利用すれば少なくとも、常識人として振舞う事が出来る。でもまずは、自分の事を知らなければならない。答えを持っているかどうかわからないが、試す価値はありそうだ。

 先ずは、僕の魔力値について。これはバグではないのかどうか。

 ーーオーダー確認。魔力値は精神力に因って変化します。魂の設計図たる『起源』への叛逆を成したマスターにこの数値は当然であるかと。

 抗えないはずのものに抗ったから、という事か。別に精神的にタフなわけではないんだけど。

 ーーオーダー確認。別世界へ飛ばされ、奴隷商に捕まり、それでも平然としている辺り精神力は高いほうかと。

 放っておいて欲しい。次の質問。

 ーーオーダー確認。スキル『告発者の瞳』は過去、未来を視る千里眼です。但し、遠い場所の過去や未来を視る事は出来ません。あくまで視られるのは今見ている場所や人の過去、未来となります。

 発動条件は。

 ーーオーダー確認。発動条件は対象を視界に入れ、瞳を閉じる事。そして発動する意思を持つ事です。

 過去と未来を視る事が出来るスキルか。正直使えるのか使えないのかよく分からないスキルではある。

 人の秘密を握ったり暴いたりするのには使えそうだが。

 ーーオーダー確認。その場合マスターに対する信用度が重要になります。

 そう、例えばスワロ家の悪事をこの力で暴いたとしても、共有する事が出来ない以上、証拠としては不十分だ。出来ても参考意見程度にしかならないだろう。

 人の過去や未来を見たところで、あまり特はしなさそうだ。

 目下使い熟すべきは、この『叡智』と『隠密』だろう。

 問いになんでも答えるという事は、例えば戦闘時、どう戦えば良いとか答えてくれるのだろうか。

 ーーオーダー確認。効果的な戦術や現状に対する対応策を提示する事は可能ですが、戦闘指示は不可能です。

 それはなぜ?

 ーーオーダー確認。一つの問いに対して一つの答えを提示しますが、戦闘中全ての問いに答えたとして、それを理解し、実行に移すだけのスキルがマスターにはありません。

 例えば、アマクサが大剣で迫ってくる。右に避ければ避けられると回答され、実行に移すも、アマクサは避けられた瞬間刃筋を切り返して僕の首を狙うだろう。その攻撃に対する対抗策を回答されても、それを聞き終わる前には既に首は飛んでいる。

 ……って事であってる?

 ーーオーダー確認。正解です。

 戦闘利用するには、後手に回ってしまうって事か。

 どちらにしろ、このステータスで戦闘は厳しいだろうから、避けるのが無難か。

 ーーオーダー確認。スキル『暗殺術』がありますので、不意打ちならば格上を相手にしても勝利が可能です。

 出来ればそれはやりたくない。と言うか、本来「()()」は暗殺術という訳ではないんだが。

 ーー格上を制する為の裏技、という意味では同じ意味かと。

 そう言われると何も言えなくなるのだが。

「……最後の質問だ。僕はこれからどうしたら良い?」

 答えは、すぐに来た。

 ーーオーダー確認。マスターの好きな道を歩くべきかと。

 好きな道、ね。

 果たして全てを手放し後悔もしないような男に、好きな道を行く権利があるのだろうか。

 歩くべき場所はゴルゴダの丘への道ではないのか。

 ーーオーダー確認。それでもマスターは、お好きな場所へ、お好きなように行くべきかと。それが。




 それが、全てを幸いへと導く方法なのですから。




 翌朝。

 アマクサは騎士団の仕事があるという事で、一日自由となった。

 とは言え、奴隷騒動の重要参考人には変わりなく、この街から別の街への移動は許可されていない。

「折角探索者になったのだし、軽い依頼でも受けてきたら?」

 聞けば、隠密は探索者にとって有益なスキルらしい。使い慣れるという意味でも、実際に依頼を受けて色々試してみるのも良いかもしれない。

 実際に『叡智』を使用してどれほど使い物になるかも確認しておきたいし

 ーーオーダー確認。叡智は常に有益です。

 このスキル『叡智』は常時発動型というものらしい。つまり脳内に何かしら疑問を浮かべた瞬間、それを「オーダー」と判断し回答をするらしい。

 ーーオーダー確認。一時的に回答をしない設定にする事も可能ですが、マスターは常時発動するべきかと。

 何か分からないことがあっても、常時発動型である『叡智』を使用していれば、脳内で疑問を浮かべるだけで良い。もし使用していなければ『叡智』と口に出さなければならない。

 もし咄嗟の、ほんの一瞬が命を左右するような危機的状況になった際、その一言を口にする隙があるのかどうか。

 まだこの世界になれていない身としては、慎重になり過ぎて困ることはないだろう。

 という訳で、脳内で『叡智』と会話をしつつ、昨日も来た冒険者ギルドへやってきた。

 中には鎧や大きな剣を持つ屈強そうな人達が、壁に架けられた掲示板を見つつ色々話している。

 と、受付にいた女性がこちらに気づき、声をかけてきた。

「アユム様。今日はお一人ですか?」

 昨日受付をしてくれたアマクサの友達。胸につけた名札には「ユミイ」と書かれている。

 肩口で切り揃えられた黒髪は、前の世界を彷彿とさせ、少し安心する。

「何か簡単な依頼でも受けてみるように言われてきたんだけど、何かあるかな?」

「では探してまいります。何か希望はありますか?」

 一応この街から離れられない事。夕方にはアマクサの屋敷に戻らなければならない事を伝えた。まるで子供のおつかいみたいだと自分でも思うが、仕方ない。

 ほどなくして、ユミイは一枚の紙を持ってきた。

「郊外に生えている薬草種の採取依頼です。報酬は出来高制。状態の良いものであれば銅貨一枚と交換になります。多少悪くても、複数入手して頂ければ報酬をお支払いします」

 この手の依頼は冒険者ギルドが出しており、要は新人の為の研修に近いらしい。郊外といっても此処から徒歩二時間程で行く事が出来、途中まで定期的に馬車も出ているらしい。

 近くには特に危険な魔物は出ませんと言われた為、一先ずこの依頼を受ける事にした。

「有難う御座います。それではお気をつけて」

 礼を言い、冒険者ギルドを出る前に、疑問を一つ。

 ーーオーダー確認。この世界には魔素と呼ばれる物で構成された生き物、通称魔物が存在します。

 嗚呼、矢張り前の世界とは違い、そういうファンタジー的な存在はいるのか。

 ーーオーダー確認。初日に奴隷商に捕まりましたが、高ランクの魔物に襲われなかったというのは、ある意味運が良いと言えるかもしれません。

 つまりは、そういう事らしい。出来れば最初からアマクサに出会いたかったのだが、何分幸運値は2だから仕方ない。次の疑問。

 ーーオーダー確認。この世界では共通貨幣が使用されています。金貨、銀貨、銅貨、小銅貨。下位の貨幣十枚で上位貨幣と同価値となります。街により相場は異なりますが、今後宿を取るなら一泊銅貨三枚程。馬車であれば小銅貨複数枚が相場です。

 前の世界に換算すると、金貨が十万、銀貨が一万、銅貨が千円、小銅貨が百円と。

 この世界がどの街でも共通の貨幣という事は、この情報はどこに居ても知っていて当然の知識という事か。成る程早速役に立った。金の価値を知っているのと知らないのとでは生きる上での難易度が全く異なる。

 この間僅か十数秒。叡智は矢張り便利すぎる。

 ーーオーダー確認。マスターの役に立つ事が『叡智』の役目ですので。

 見送りに手を振るユミイに手を振り返し、僕は冒険者ギルドを後にした。






 で、二時間歩いてやってきたのが、郊外の原っぱ。

 見通しも良く、見渡す限り草原が広がっている。

 此処に生えている草、全部薬草か?

 ーーオーダー確認。ほぼ単なる雑草です。

 ですよね。

 一先ず状態の良いものを複数手に入れられれば、帰りは馬車でも良いんだが。

 ーーオーダー確認。薬草の特徴は葉の付け根に白い筋が入っています。

 と言われても、此処の草を手当たり次第に調べるのも正直面倒くさい。

 ……ものは試しか。

 ーーオーダー確認。マスターの視界内に存在する薬草の位置を表示します。

 草原に幾つか透過窓が表示された。成る程、疑問に答える方法にはこういう方法もあるのか。

 一番近くの透過窓の下を見ると、言われた通り葉の付け根に白い筋がある草が生えていた。

 ーーオーダー確認。それが薬草です。正式名称「薬草:下位」となります。

 薬草にも上下があるのか。矢張り効能とかが違うのだろうか。

 ーーオーダー確認。効能は勿論、上位になると付加効果があります。貨幣価値は下位の凡そ二百倍です。

 残念ながら見える範囲にあるものは全て下位らしい。まあお使いクエストにはこの程度だろう。

 透過窓を頼りに、ひたすら薬草を採取し、袋に詰めていく。

 と、薬草の隣、葉の付け根が紫色に筋が入り、葉が分厚い草を発見した。

 ーーオーダー確認。これは解毒草です。煎じて飲む事で解毒効果が得られます。

 成る程、だったらこれも採取した方がいいのか。

 ーーオーダー確認。解毒草には葉に毒があり、他の草と接触する事でその植物を枯れさせる効能もあります。採取する場合は十分気をつけ、薬草と同じ場所に保管しない事をお勧めします。

 これは本当に解毒草って名前でいいんだろうか。その効能なら除草剤としても使えそうだけど。

 ーーオーダー確認。確かに農家では除草剤としても活用されています。

 採取すれば買い手は居そうだが、今日の所はやめておくとしよう。採取用の袋も一つだけだし。

 と、七つ目の薬草を採取したところで、叡智が警告を告げた。

 ーー警告:規定範囲内に敵対生物を感知。場所を表示します。

 此れは昨夜叡智に対して出した「オーダー」だ。

「半径十メートル以内に敵対する意思を持った生物が近づいた時に教えてくれ」

 事前に言われた疑問に対し、回答を得られた段階で答えをくれるという特性を生かした感知システムだ。

 まだこの世界の気配に慣れていない状態ではかなりありがたい。

 ーーオーダー確認。敵対生物「スライム」接触による酸攻撃が主体の生物です。

 表示された場所に目を向けると、ぶよぶよと半液体状のよくわからないものが蠢いていた。

「こういうのはゲームと同じなんだな」

 初心者向け、最初に倒すであろう相手。しかし実際に見るとやたら気持ち悪い。後攻撃が酸って、なんか微妙にエグくてちょっと受け付けない。

 ーーオーダー確認。周囲に他の敵対生物は存在しません。

 という事は一対一か。なら少しだけスキルを確認してみよう。

 先ずはスキル『隠密』を発動する。発動する意思を固めると、宙空に「Y/N」と書かれた透過窓が表示された。迷わず「Y」に触れると、透過窓に別の文章が。

「スキル『隠密』発動完了、ね」

 どうやらこれでスキルは発動されたらしい。隠密の効果はその名の通り、存在感の隠蔽、つまり気配を消すスキルだ。スライムに見つからないようにゆっくりと近づいていく。

 スライムまで後数歩というところまで来たが、未だスライムは気付いていないようだ。

 ーーオーダー確認。現在マスターの場所は、通常スライムの索敵範囲内です。

 成る程、特別鈍いという訳ではなく、隠密の効果が効いているようだ。

 試しに隠密を解除する。スキルの停止はその意思さえあれば自動で解除するようだった。

 途端、スライムはこちらに向き直り、プルプルと震えだした。

 ーーオーダー確認。この動きはスライムの威嚇行動です。

 威嚇行動の無意味さは前の世界のうさぎとどっこいどっこいだな。とか考えつつ次の実験に移行する。

 次はスライムに見つかった状態でスキル『隠密』を発動してみよう。

 意思を固めると再び宙空に透過窓が表示されたが、文章は先ほどとは異なっていた。

「既に視認されている為、スキル『隠密』は発動出来ません、と」

 まさか発動そのものが出来ないとは思わなかった。まあ見つかってしまったら隠密もクソもないし、当然だが。

「これはもう少し色々調べてみる必要がありそうだなぁ」

 スキルは生命線だ。何をやるにもスキルの存在が前提として考えられている以上、使いこなすに越した事はないだろう。『叡智』に頼るのも良いが、何も知らなければそもそも疑問に思う事も出来ない。

 スライムの飛び跳ね攻撃は避けつつ、次は何を試してみようかと考えを巡らせていく。




「お帰りなさい。依頼は如何でしたか?」

 夕刻、冒険者ギルド。受付のユミイは相変わらず笑顔で迎え入れてくれた。

 腰に吊るした採取袋をカウンターに出し、

「薬草は十個採取出来たから、査定よろしくね」

 承知しました。とユミイは袋を持って奥の部屋へ。

 その後ろ姿を見送っていると、背後から声を掛けられた。

「お前さん、アマクサんとこの連れだな。今日は一人か?」

 振り返ると、身長二メートルもあるかという屈強そうな男が立っていた。

 鈍色に光る鎧に、背に背負うのは巨大な剣。鼻の上にある傷跡が印象的な男だ。

 年齢は一回り以上違いそうだ。おそらく四十前後。

「そうだが、あんたは?」

「俺はルマン。今はお前と同じ探索者だ。宜しくな」

 こんな強そうで戦いますと言わんばかりの格好で、探索者?何かの冗談か?

 ーーオーダー確認。対象「ルマン」職業は「探索者」です。

 どうやら本当の事らしい。

「嗚呼これか。実は先月まではアマクサと同じ騎士だったんだが、騎士団を引退してな。騎士団に所属していないのに騎士を名乗るのも変かと思って職を変えたんだ」

 似合わないか?と笑っているが、正直似合わない。

 と、再び背後から声。次はユミイの声だ。

「お待たせしました。って、ルマン様、新人いじめは格好悪いですよ」

「挨拶しただけでいじめになるのか!?ジャッジ厳しすぎね!?」

「いじめかどうか判断するのは、受けた本人ですから、ねえ?」

 こっちに振るのか。だが振られたならば乗らねばなるまい。

 深刻な表情を作り頷いておく。

「いじめだったな」

「厳しいのはジャッジじゃなくて世界か!」

 大袈裟に天を仰ぐルマン。その様子を見て笑みを浮かべているユミイ。成る程、どうやら悪い奴ではないらしい。

「この方はこの冒険者ギルドで新人教育もされているんです。教育といっても何かあれば相談に乗る程度で、相談役と言った方が正しいのでしょうが」

「そういう事だ。困った事があれば何でも聞いてくれ。安くて旨い店から、良い武器防具を扱う店、この街の事なら何でも知ってるぞ」

 それは心強い。というかそれならもう案内人にでもなれば良いのに。

「私もそれが良いとお勧めはしたんですが……」

 冒険者ギルド受付嬢がお勧めするという事は、もしかして案内人って職業があるの?

 ーーオーダー確認。冒険者ギルドが制定する職の中に「案内人」は存在します。

「案内人になっちまうと、案内するのに対価を要求しなきゃいけねぇからな。それは俺の主義ではない」

 案内人は前の世界の道案内する人とは違い、旅路での最短ルートを示したり、分かりにくい場所を実地で案内したりする職らしい。登山で同行するプロ的なイメージで合っているんだろう多分。

「だからって、騎士から探索者になるなんて、稀なんじゃないか?」

 探索者は新人、つまり冒険者になりたての人がなる職業と聞いている。騎士になる条件は知らないが、少なくとも探索者以外にもなれる職はあったと思うが。

「流石にこの歳になって旅に出る体力はないしな。残りの人生は後発の為に使いながらのんびり過ごすさ」

 豪快に笑うルマン。何というか、話していて気持ちいい。きっと騎士団でも慕われていたのだろう。

 と、一頻り笑っていたルマンだが、ふと真面目な顔になった。

「なああんた。アマクサにスワロ家から婚姻の話が来ていると聞いたが、本当か?」

 先ほどのまでの豪快な大声とは違い、酷く落ち着いた静かな声。その言葉にユミイがびくりと肩を振るわせた。

「事実だ。二人で決闘し、勝者の言い分を敗者が飲むという形で話はまとまった」

「あんの馬鹿野郎。そんなの絶対仕込みがあるに決まってるだろ」

 まあ普通に考えたらそうだよな。スワロ家は文系。剣の腕はアマクサには敵わない。にも拘らず相手の土俵に上がるという事は、勝つ為の準備が整っているという事だ。

「スワロ家が第二訓練所を押さえた。あそこなら見物客も入れられるから、恐らく決闘の会場にするつもりだろう」

 大勢の前でアマクサが負ければ、申し開きは出来ないだろうし、もし仕込みがあったとしても、それがバレなければそのまま見物客は「真っ当な決闘の結果」に対する生き証人となる。

 成る程。悪党の考えそうな事だ。

「スワロ家はやばそうな事をしてるって聞いたけど、あくまで噂、疑いなんだろう?」

 残念だが、初対面の人間を無条件で信用するほど、僕は人間出来てはいない。だからカマをかけてみる。

「ほぼ黒だ。明確な証拠は押さえられてないが、帳簿や物品の流れを見るに、不自然な点が多い。例えグレーでも、確たる証拠がなければ騎士であり政治家でもある奴を捕まえる事は出来ないさ」

 苦虫を噛み潰したかのような顔。カウンターの向こうではユミイも下を向いている。

 ふむ、この感じを見るに、恐らく本当にアマクサを心配しているのだろう。

「もし仮に婚姻が成立してしまえば、スワロ家はアマクサ家の関係者って事になる。アマクサはこの街の守護騎士だ。もしそうなれば今より更に調査が難しくなるだろう。忌々しい事に、常に一歩上手を行きやがる」

 そして決闘自体はアマクサ本人が了承している以上、外部から手出しはできない、と。

「決闘での仕込みが何かわかれば、対処も出来るんじゃないか?」

「恐らく身体強化、もしくはアマクサへの弱体付与ってとこだな。得物に細工したら試合前にバレるだろうし」

 ーーオーダー確認。身体強化及び弱体付与は、効果範囲内に対象を置く事で発動可能です。

「入場客を調べて、やばそうな奴は弾くとか」

「当日の警護は全てスワロ家が取り仕切る事になっている。あくまでも私闘だからな。騎士団が出張る事は出来ない」

 ーーオーダー確認。弱体付与を防御する「弱体無効付与」が存在します。

「弱体無効付与なんざ、教会の人間か、高位聖術師しか持ってない。その案は現実的じゃないな」

 決闘が始まってしまえば、こちらは手出しが出来ない。逆にアマクサに身体強化を掛けようにも、本人が嫌がるだろう。

「……ところで、お前さんは強くないのか?」

 藪から棒に何のことだろうか。

「いや、もしお前さんが強ければ「俺たちの恋仲を邪魔するな!」とか何とか言って割り込めば有耶無耶になるかと思ってな」

 本気で言っているんだろうか。初っ端から奴隷商に捕まった男だぞこっちは。

「いやすまん。しかし……これじゃどうすることも出来ねぇな」

 灰色の短い髪をガシガシと搔きむしり、ため息。

「ひとつ聞いてもいいか?何でそこまでアマクサに肩入れするんだ?」

 あー……と言いにくそうに頬を掻いている。何だ、訳ありか?

 するとユミィが小さく笑みをこぼした。

「この方はリョウの師匠みたいな人なんです。小さい頃から剣の指導をしたり、騎士道を教えたり……今でもリョウはルマン様に頭が上がらないんです」

 成る程師弟関係というやつか。弟子をそこまで気にかけるなんて、いい人だ。

「出来ればあいつには真っ当な奴と結婚して欲しかったんだがな」

 その言葉の裏には、何となく、

「……本当は騎士にしたくなった?」

 騎士という職業は身近なものではないが、何となくわかる。人を守るという事は、何かと争うという事だ。そんな中に身をおけば、人としての価値観や、心の在り方が変質するだろう。そうなれば、真っ当な人間と結ばれる事など出来る筈もない。何も感じず人を斬る事の出来る人間と、共に暮らしたいと思えるだろうか。

 なびく銀色。振るわれる鈍色。刃は正確に奴隷商の首を落とした。守る為に、助ける為に、彼女は人殺しをしているのだ。

「ま、いざとなったらあいつを連れて旅でも出るさ。悪事に加担するような事になったら、あいつは自分を殺しかねない」

 それに、と言葉を続ける。

「どちらにしろこうなっていたんだ。アマクサ家にも騎士団にも圧力が掛かってたし、あいつが喧嘩を買わなくても、遅かれ早かれこういう結果になってたんだろうな」

 無力だ、と嘆く。

 リョウ・アマクサはお人好しである。初対面で身元不明の僕を家に置き世話をし、色んな人を助け、それが当然であると高らかに笑える人だ。

 だからこそ、圧力が掛かっている現状を打破する為に、わざとああしたのかも知れない。

 自分を犠牲に、誰かを助ける為に。

「……それは違うよ」

 ボソリと声が出た。小さく、二人には聞けない位のか細い声だったが、それは紛れもなく自分自身の本心だ。

「もし逃げるときはお前さんにも手伝ってもらうから、頼んだぞ」

 肩を強く叩き、彼はその場を後にした。

 彼もわかっていたのだろう。もう既にどうにもならないということが。

「……こういう時、人は神に祈るしかないのでしょうか」

 無言、僕にはその問いに対して答える術を持たない。


 何故なら、全てを手放し全てを諦めてきた僕は、そもそも神に祈るなんてしてこなかったのだから。



 この時から三日後、ルマンのいう通り、第二訓練場という場所で、アマクサ家とスワロ家の婚姻を掛けた決闘が開催される事になった。




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