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楽園世界の雑音達  作者: Misaka
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02.生きる為の最低限の方法

「道に迷った挙句、奴隷商に騙されて危うく売られそうになったって事?」

 助けられた僕は、詰所で取り調べを受けていた。

 と言っても、あくまで被害者として事情を聞かれているに過ぎない。

 両手足に嵌められた石枷が被害者だという証拠だとして認められたらしい。

「自分の故郷すら思い出せず、覚えているのは自分の名前だけ……まあ、奴隷にするには都合がいい、か」

 話を聞いてくれているのは、僕を助けた騎士だ。

 『リョウ・アマクサ』この街ベアブルの守護騎士にして、アマクサ家の当主。

 正義感に溢れ、弱者を守り強者を挫く。正に理想の騎士像とも言える。

 別世界に飛ばされ、最初に出会うのは奴隷商ではなくこの人が良かったと心から思う。

 まあ、助けてもらえただけ御の字か。

 一先ず故郷も分からず放浪している設定にしておいたが、バレる様子はない。

「このまま釈放でも良いんだけど、二の舞になるだけかな」

「何とか生きていくだけの仕事があれば良いんですが」

「仕事って、何かスキルでも持ってるの?」

 スキル?またゲームみたいな事を言い出したなと口に出そうになるも抑える。

 この世界は今までの常識は通用しない。スキルと当然に口にする以上、それはあるのだろう。

「自分のスキルも分からないって事か。だったら先に鑑定して貰った方がいいんだけど……お金持ってる?」

 奴隷商に捕まっていたんだから、自分の金なんて持っている筈がない。

 言わないけど、こちらに飛ばされてすぐ捕まった所為でお金の単位すら分からない。

 というかそもそも、貨幣なんてものがあるのかこの世界には。

 部屋を見渡すと、古びた木造の掘っ建て小屋のような内装。ここで取り調べを受けてるって事は、国か街か、少なくとも民間で管理しているものではないのだろう。

 奴隷商の存在、建物の技術レベルからして、元の世界とは文明レベルが大きく遅れているらしい。

「奴隷の自立支援って事で、この街に協力する事を条件に支援金を出しても良いんだけど……また捕まりそうよね、貴方って」

 それは頼りないって事?まあこの世界の常識を何もわかってないのだから、当然と言えば当然か。

 僕としてはこのまま釈放されるより、身の安全が保証されてる状態で何とか情報を得たいのだが。

「そうね……成人して意識もはっきりしてる。あの奴隷商の悪事を暴く為にも、もう少し取り調べしたいし」

 アマクサはしばし考え、

「取り敢えず私の屋敷で働きましょうか。事情も聞きたいし」

「は?」

 ドアの前で待機していた兵士が慌てて止めに入った。

 そりゃそうだ。身元不明で記憶も曖昧。奴隷商の所為だが裸で毛布一枚纏っただけの怪しさの塊を、まさか家に招こうとかどこの馬鹿かと。

「だって今の時間じゃ鑑定しようにも教会は空いてないし、冒険者登録しようにもギルドもしまってるでしょ?このまま詰所に泊めても良いけど、うちからの方が教会もギルドも近いんだし」

 あ、この人単純に明日ここまで来るのが面倒なだけか。

「もし私に何かしようとしても、私の強さは知ってるわよね?」

 慌てて頷く。ナイフを持った大の男五人を一度に相手にし、少しも傷を負わずに綺麗に首を跳ね飛ばしたその実力を知っていて、寝込みを襲う勇気は僕にはない。

 しかも絶対本気じゃなかったし。何この人バーサーカーなの?

「というわけで手続き宜しく。取り敢えずアユムに対して失踪届けとか出てないか一通り調べておいてね」

 笑顔で徹夜を強制する騎士。成る程、世界が変わろうと、女性は強いらしい。



=====================


 この世界の名前は『アーガス』

 三人の創造主によって生み出され、人族、獣族、魔族、亜人族等、多岐にわたる種族が共存したり戦争したりして暮らしている世界。

 この街『ベアブル』は種族差別が比較的緩やかで、多種多様な種族が生活しているという。一緒に捕まったらしい奴隷達にも猫耳とか兎耳とか、肌が青い人とかいたのはコスプレではなかったらしい。

 この街の住民は半分が農業に従事し、残り半分の三分の一が領主に雇われた騎士や世話係。もう三分の一が商人。そしてもう三分の一が冒険者だという。

 冒険者とはその名の通り、冒険を生業とする人々。街周辺の動物や魔物を狩ったり、ダンジョンに潜ってお宝を見つけようと出かけていく為、街に住んでいるというよりも拠点として利用しているらしい。

 木造建築が立ち並ぶ石畳の大通りを歩きながら、アマクサからそんな説明を受けた。

 スキル次第だが、オススメは安全な農業か商店に弟子入りする事らしい。冒険者は危険があるし、奴隷商に捕まるような人には向いてないのだと、悪気のない顔で言われてしまった。

「因みに私のスキルは剣術、格闘術、騎士術。正に騎士に相応しいスキルでしょ?」

 スキルはその人の鍛錬次第で身につくものらしい。幼い頃から修行してついた実力か。

 幼い頃から鍛えていたものはないが、幼い頃に鍛えていた技術なら持っているし、それが現在でも有効なのは少し前に証明されてしまった。スキルとしてうまく良い方向に出れば良いのだが。

 今は詰所から釈放され、アマクサの屋敷で一晩を明かした後、男物の簡素な服を借り、アマクサとお付きの騎士二人と共に教会へ向かっている最中。

 この街の事、世界についての説明を受けながら歩いている。

「因みにスキルを習得するのにも条件があって、適性がなければいくら鍛えても役に立たないって言われているの。私はそういう努力を無視するような事は好きじゃないけど、命が天秤にかかってるならその辺も意識した方がいいかも」

 適性次第では剣士や騎士、弓術師、魔術師、聖術師、鍛治師や商人など、なれるクラスが決まるのだという。クラスの種類は何十とも何百とも言われ、基本的にはそのクラスに準じて報酬や待遇が変わるのだとか。

 つまりいつの世も、才能がある人間が輝くという事か。

「あ、見えてきた。あれがベアブル唯一の教会よ」

 立派な石造りの、前の世界にもありそうな白い建物だ。

「教会は神様に繋がる祈りの場所だから、石造りの頑丈な建物なの。どこの街でもそうよ」

 鉄筋コンクリートに慣れた現代人としては、これでも十分歴史を感じてしまうのだが。

 仰々しい木の扉を開くと、そこはベンチが十数個並べられ、奥には立派な石像が設置されていた。

「創造神三柱が一柱、サイカ様の像よ。炎と豊穣の女神と呼ばれているわ」

 長髪の目を閉じた女性の像。これが一人目か。

「サイガ様にお祈りをする事で、自分のステータスを確認出来る様になるから、やってみましょう」

「それが鑑定?でも鑑定にはお金が必要なんじゃ」

「お祈りする為には寄付しなきゃいけないんだけど、私の方で済ませておくから気にしないで」

 これも奴隷の自立支援の一環なんだろうか。

 さて、祈りって言っても何を祈ればいいのやら。

 一先ず今後の目標達成のお願いでもしておこうか。

 ……それはあまりに喧嘩売りすぎか。

 取り敢えず今後怪我や病気をせず健康に入られますようにと祈りを込めて、合掌。

「それは貴方の故郷のやり方?私達は両手を組むのだけれど」

 やり方があるなら先に教えて欲しい。

 言われた通りにやり直し、アマクサに向き直った。

「これで鑑定は終わりな筈。開示(ステータスオープン)といえば自分の情報が出る筈よ」

 という訳で、早速唱えた。

 自分の目の前、中空に浮かぶ透過窓。そこには名前と種族、そして。

「因みにこれ、アマクサには見えてるの?」

「個人情報だもの。基本的には他人には見せないわ」

 だからこそ虚偽の報告をして仕事を受けると痛い目に合うけど、との事。

「因みに数値の平均値はどれくらい?」

「成人男性で各ステータス30位かしら。50あれば兵士や騎士。100あれば一騎当千の英雄クラスよ」

 平均30か。ではそれを参考にさせて貰おう。

「どうだった?」

 透過窓に触れると、それは自然に霧散した。そういう仕組みらしい。

「全数値は20前後。スキルは隠密っていうのがあったけど」

「20ね。確かに見た目力なさそうだしそんなものか。それに隠密っていうのも普通の仕事には生かしづらいかも」

 隠密か。気配を消すとか、人に気付かれないように行動するとか、そういうスキルなんだろう。

「隠密なら意識的に発動出来る筈だから、鍛える気があるなら練習しておいた方が良いわよ。スキルっていうのは自分の意思で自由に発動出来なきゃ使い物にならないし」

 因みにこの数値で冒険者とやらにはなれるのだろうか。

「隠密持ちなら斥候か、採取系にも強いから、冒険者になるなら探索者や盗賊かしら」

 採取か。ゲームはあまり嗜んでなかったが、薬草採取クエストとかそんな感じの仕事があるのかも知れない。

 命のやり取りは、最小限に抑えたい。

「それじゃあ次は冒険者ギルドに行きましょうか。冒険者になれればある程度税も緩和されるしね」




「希望クラスは探索者ですね。それでは適性審査を行いますので、少々お待ち下さい」

 冒険者ギルド、受付にそう言われ、暫し待つ事に。

 道中アマクサに聞いた所、探索者は駆け出しの冒険者がなる職業で、適性審査と言っても、これまでの犯罪歴を調べられる程度で、大した審査ではないという。

 犯罪歴どころか数日前まで別世界に居たのだが、そこはこの街の守護騎士アマクサ様様である。アマクサの庇護下にいるという事で身元は保障されているらしい。

「私が居なければ冒険者登録も危うかったんだ。よく感謝するように」

 自慢げな顔を向けるアマクサに、思わず口元が緩む。

 アマクサは今年で17になるのだという。この世界では結婚適齢期が15歳らしいのだが、守護騎士という手前早く結婚することは出来ず、あと数年もすれば行き遅れと呼ばれるのだという。

 あと数年でも僕よりは大分年下なのだが。と言うことは僕は完全に行き遅れていないか?

 その呟きに対しては

「まあ出会いなんてどこに転がっているかわからないわよ」

 まるで他人事のように告げるのだった。結婚などする気は無いのだが。

「お待たせしました。適性審査終了です。問題ありませんでしたので、探索者として登録させて頂きます」

 そう言うと受付嬢は鉄の板が付けられたネックレスを渡してきた。板には僕のアユム・キサキの文字が。

「こちらを常にお持ち下さい。アユム様の身分を保障するものになります」

「これを付けておけば、もう奴隷商に狙われる事もない。良かったわね」

 素直に礼を言い、早速首から下げる。アクセサリーの類はあまり好きではないのだが、命と引き換えになるのなら喜んでつけるとしよう。

「依頼はあちらに張り出してありますので、お好きなものを選んでください。難易度次第ではお断りする事になりますが、最初は簡単なものから徐々にこなし、ゆくゆくは他に適性のあるクラスになられるのがよろしいかと」

 別にその日暮らせる金銭さえ貰えれば良いのだが。

「これで一先ずやるべき事は終わったし、これから詰所に戻って取り調べね」

 取り調べという言葉を聞いて一瞬受付嬢が驚きの表情を見せたが、それを見てアマクサは、

「犯人って訳じゃなくて、被害者の方だから。心配いらないわ」

「承知しました。確かに悪事をされるようなお顔ではありませんね」

「そうなのよ、根っからの善人というか、被害者ヅラというか」

 おっといきなり悪口かい?褒めているようで貶してる系の分かりづらいやつかい?

 随分仲が良さそうだが、元々交流があるのだろうか。

「私たちは幼馴染なのよ。人畜無害そうだけど、この子と一緒に近所を悪戯して回ったものよ」

「そ、それはリョウが無理やり連れだしたんでしょ!?」

 そうだっけと惚けるアマクサ。成る程、本当に仲良しのようだ。受付嬢もいつの間にか口調が崩れている。

 二人が話しに花を咲かせるのを聞いていると、ギルドの扉が勢いよく開かれた。

「リョウ・アマクサ!探したぞ」

 入ってきたのは、銀色の甲冑を身に纏い、長い杖を手にした青年だ。整えられた青髪に耳にはデカイピアス。第一印象は、正直あまり関わり合いになりたくない類。

「……騎士マルエ。何の用かしら」

 途端、アマクサは不機嫌な表情で問う。苛立ちを少しも隠そうとしない。

「いい加減に返事が欲しくてな。俺からの求婚。もう二週間も待っているのだぞ」

 ほう、アマクサを見初めるとは中々見る目があるじゃないか。自分を見る目はないようだが。

「それならばその場で即刻断った筈では?私はまだ嫁ぐには早い」

「この婚姻は、我がスワロ家とアマクサ家には何方にも利がある筈。なぜ断るというのだ」

 アマクサ家は良家だ。歴代当主は皆騎士となり、この街を守り続けている。その名はこの街の領主には勿論、他の街にも知れ渡っているとか。「ベアブルにアマクサ有り」と言われ、この街は他国から攻められる事なく平和が維持されている。

 しかし、アマクサの両親は歳を理由に隠居。家督を譲っているらしい。その結果若いアマクサにはこの手の求婚が後を絶たないのだとか。

「貴方が嫌いだから、では理由に不足かしら?」

 アマクサは完全に喧嘩を売っている。余程苛立っているようだ。まだ一日程度の付き合いだが、理由もなく人を嫌うようなタイプには見えないのだが。

「ほう、ではアマクサ家ご当主様は、どのような男が好みであるかな?」

 ちょっとした違和感。

 しかしアマクサはそれに気付かず答えてしまう。

「私は、私より弱い男と共になる気はありません」

 違和感を感じ取ったからこそ気づく。その言葉を聞いた瞬間、ほんの少しだけ、この男が笑みを浮かべたのを。

「では勝負しましょうか。私と貴女。果たしてどちらが強いのか。それとも女騎士様は剣を振るのは些か難しいかな」

 これは罠だ。

 アマクサの受け答えなど気にしていない。どう答えようと何を言おうと、その方向に舵を切らせる。話術などと言うと大袈裟だが、この男はアマクサの性格を調べ尽くし、この結論にたどり着くよう主導権を握り続けている。

「騎士が剣を振るのは当然の事。判りました。その挑戦受けましょう」

 流石に受付嬢も慌ててアマクサを制止しようと身を乗り出すも。

「では日時は追って伝える。楽しみにしているぞ。お前を娶れる事を」

 そのまま踵を返し、ギルドを後にしてしまった。

 残るは静寂。十人近く人がいる筈だが、誰もがアマクサに注目していた。

 アマクサは、不機嫌な表情を崩す事なく、あの男が去った後もずっと扉を睨み続けていた。





「スワロ家は元々文系の家柄なのよ。政治とか財界とか、そう言うのに顔が利くの」

 ギルドでの一件の後、詰所での取り調べと、現地での実況見分を終え、夕刻。

 再びアマクサの屋敷に帰ってきた僕らは、早めの夕食を摂りつつそんな会話をしていた。

「アマクサ家は政治に口を挟まず、ただ守る為に剣を振るう事を誓っている。元々陰謀とか策略とか得意ではないし、ご先祖様は地位も名誉も欲しがらない性質だったみたい」

 そういった潔白さがあるからこそ、慕う人も多いのだと言う。

「スワロ家は野心が強過ぎる。それ自体は別に悪い事じゃないわ。向上心があるって事だものね」

 けど、と苦虫を噛み潰したかのような表情で、

「スワロ家は奴隷制度反対派なの。各地の奴隷達を雇用して、人並みの教育を与えて自立を促す。言ってる事は素晴らしいわ」

 言ってる「事は」と言う事は、もしかして。

「裏では奴隷達を利用した人体実験や、各方面への人身売買……そう言った疑いが持たれてるの」

 疑いが、と言う事はまだ確証はないらしい。まあ確証があれば即刻乗り込んで首を飛ばしそうだしな。この人。

 因みに僕を捕まえた奴隷商も、スワロ家との繋がりを疑われ、絶賛尋問中らしい。

 夕食に準備された温かなコーンスープを一口含み、

「そう言う疑惑があるのをわかってて、アマクサ家と繋がりを作ろうとしてるって訳か」

「出なければ、畑違いのアマクサ家にちょっかいかけて来る筈ないもの」

 逆にこの行動が、疑惑を強める形になっている気がするが。

「ま、心配ないわ。さっきも言ったけど、スワロ家は文系。直接対決なら私が遅れをとる筈がないもの」

 笑顔で言うアマクサ。

 知らないのも無理はないが、あくまで心の中でその言葉に対してはツッコミを入れておかねばならないだろう。


 ーーアマクサよ、それは、フラグというやつだぞ。



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