第一話:人の心の声が聞こえる少女のお話。
「トモカ、私の言う事は何時だって、ようく聞かなくては駄目だよ」
「はい、おとうさま」
「トモカ、きちんと話を聞きなさい」
「……はい、おとうさま」
「トモカ、トモカはいい子だねえ。そうやってきちんと私の話をいつだって聞くんだよ」
「はい! おとうさま」
「……トモカ、私のことが好きだろう?」
「はい、おとうさま」
「トモカ、トモカ」
「はい、おとうさま。」
何度でもわたしの名前を呼んでくれたお父様。
わたしのお父様はいつだって神様のような人だった。
いつだって、わたしに色んな「言う事」をくださった。
お父様は、「言う事」をよく聞くわたしを大層自慢して、可愛がってくれた。
でも、そう言ったお父様は、わたしが幼学校に上がる頃にいなくなってしまった。
何故いなくなってしまったのかは当時のわたしは知る由もなかったし、誰も教えてはくれなかった。
お父様がいなくなってから、お父様が言ってくださってくれたことを守りながらずっと生活をしていた。いつかお父様が帰ってきた時に、また褒めてくださると信じて、守り続け、待ち続けた。
しかし、数ヶ月後にお母様が新しく連れて来たお父様は、前のお父様とは違う人だった。
お母様はわたしに、「この人が新しいお父様」よと言い、わたしは前のお父様に「お母様の言うことは必ず守るように」と言われていたから、その言葉をきちんと聞き、その人がわたしのお父様だと思うことにした。
しかしその新しいお父様は、わたしにいつだって話を聞きなさいと言わない人だった。
わたしのことは何でも自分で決めなさいと、分からないことや悩むことがあるならアドバイスをしてあげるからねと言ってくださるような人だった。
わたしは、生まれた時からずっと居てくださった、初めてのわたしの「神様」を失ってしまった。
◇
私は幼少期、一時的にだが人の心の声が聞こえてしまう子供だった。
その頃の私は前の父親を神様だと信じ込み、彼が道標を指し示してくれる「神様」だと信じてやまなかったが、お母様と何か揉めたらしくいつの間にか離婚し、いなくなってしまっていた。
その後、今の父にあたるお父様と再婚したが、お父様は前父親と違いあまり子供達へ物事や自分の考え方を押し付けず、とにかく自分で考えさせる人だった。
今考えると尊敬に値する要素の一つなのだが、当時の私は前父親が全てのようなものだったのでお父様の事は好きだったが何処か物足りなさを感じてしまっていた。
そうした頃だろうか、ゆっくりと雑音のように、喋ってないはずの周りの声が聞こえてしまうようになったのは。
お父様やお母様、お兄様の声から始まり、家庭教師の先生やクラスメイトの心の声も聞こえてしまうような現象が私自身に起こっていた。
幼少期の私は良くも悪くもまっすぐで純粋な——物事を包み隠さず何でも喋ってしまう性格だったが故に、それを素直に周りに言いふらしてしまったせいで、周りの人には気味悪がられた。
私の幼少期に、友達と呼べる人は居なかった。
(トモカちゃんはね、わたしたちのことずーっとどこかからみてるんだ)
(なんでもわたしたちのことをしっているみたいにいうんだよ)
(やだ、こわい)
(にんげんじゃないみたい)
(きもちわるい)
そんな状況下なのにも関わらず、お父様やお母様、お兄様は私に友達がいないことをさほど気にしてはいなかった。
(トモカは少し周りと違うタイプの子だから馴染みにくいだけなのよ)
(友達が居なくたって、トモカは俺の可愛い妹なのは変わらない)
(大丈夫。トモカはトモカの好きに伸び伸び育てばいいんだよ)
私にそう言い、笑いかけてくれた。
あの頃の私にとって、家族の存在は救いだった。
それと同時に、私の事を分かってくれる人は家族以外には居ないんだとも知った。齢六歳にして、私は外で仮面を被る事を覚えてしまったのだ。
言いたいことが言えない、気付いているのに気付かない振りをする、黙認。自分が傷つきたくなかったが為にそれらは割と容易に身に付けられた。
但しそれと同時に私の性格は、子供らしさを隠してしまい段々冷たく、大人びてしまったのだけれど。
そんな、人の心の声が聞こえてしまった私の、冷たい一年間。
「ああ、なんてくだらない感情なのかしら。」