無限の可能性
「えっと…東京駅までなら一緒に行きましょうか…?」
今にも泣きだしそうなAYAMIの顔に負けて、近い近い…。と言いながら彼女の距離を取り返答を待つ。
パァッと輝くような笑顔を向けられ「いいんですか?!」と更に掴まれてる手をギューっと握られた。
「もう…不安で、不安で。どうしたら帰れるんだろうって思ってたんです!」
「そっか、なら力になれるから良かった」
少し厚底のサンダルを履いている私よりも高い身長なのに、背中を丸めている彼女の姿はさっき会議室でみた自信に満ち溢れているアイドル兼シンガーソングライターの姿ではなくて親近感が湧く。
この面接に来る時はどうやってきたのか疑問に思い、2人で歩き東京駅へと向かいながら聞けば、東京駅についたのは午前中の早い時間帯で地元の埼玉の奥地から早朝の電車に乗って出てきたらしい。
いつも迷子になるのを考慮しての移動時間で動いてるのだ、と教えてくれた。
東京駅に午前中の早い時間に着いて、構内にあるカフェで朝食兼昼食を済ませて少し休んで移動を始めたのがお昼前。
自分の面接の時間が16時開始だから、一応会場を見てから近くのカフェかレストランで時間を潰せばバッチリ!という計画だったらしい。
スマホのナビで面接会場をみていれば、徒歩10分ほど。
いつも大切なオーディションとか仕事の時は問答無用でタクシーを利用して会場まで行き着いてから動くらしいのだが、なんだ近いじゃん!と今日に限って思ってしまい、徒歩で移動したと…。
「それでぐるぐるぐるぐる同じ場所を回っちゃってて、でも、会場からはどんどん離れてたみたいで到着時間はどんどん増えてって…タクシーも見当たらなくて…喉もカラカラで私もうこのまま死んじゃうんじゃないかと思いましたー…」
「…へ、へぇ…大変だったね…」
1人の成人女性に死を感じさせるまでに方向感覚を狂わせる東京ジャングル恐るべし…。
グッタリしながら彷徨っていたところ、たまたま通りがかったタクシーを拾う事が出来て無事に面接時間ギリギリだけど着く事が出来たのだと。
乗り込んで場所を伝えて迷子になっていて助かった、とタクシーの運転手さんに話していたら「お嬢さん、ここその場所と真反対だよ」と笑いながら言われたらしい。
私も方向音痴な方だと思ってはいたけど、AYAMIの方向音痴も大概だな。と思いながら話を聞いていた。
「東京駅ってこんなに近かったんですね…」
今日の迷子話を聞きながら歩いていればあっという間に東京駅に着く。
そりゃあ、優秀なスマホナビが徒歩10分というんだから近い。
数時間この辺りを歩いていた彼女からすれば感激せざるを得ないのだろう。
「今日はニノさんと、迷子になっていた私を拾ってくれたタクシーの運転手さんに感謝ですね!」
ニコニコと笑う彼女はやっぱり可愛く、庇護欲をそそられる。
「いえいえ、気を付けてお家まで帰ってくださいね」
改札口まで見送り、手を振りあって別れる。
改札口から人混みに消えていく彼女の背中を心配で見ていたが、上の電光パネルの案内を見ながら歩いている彼女が、帰ると行っていた方面と違う方に歩いて行ったので走って追い掛けて止めて正しいホームの場所まで連れていった。
「方面違くない?!」と手を引いて止めた時にドヤ顔で「またまたぁ!ホームは流石に間違えないですよー!」と全く悪気がなかったところがまた彼女の可能性を感じさせた。




