その後の娘 3
ぶおおおおおぉん!!
大きな獣の雄叫びが森に。少年とヨミ達の近くでビリビリと木の葉を揺らした。
ひぃ、とか細い悲鳴を上げたのは誰だったのか。
周りの空気が一変に変わる。
空気が冷え森の木が空を隠したように陰る。
現れる。
そう思った。
ヨミは薄い身体からますます体温を奪われた様に震えた。何よりも怖い。とても敵わない。
父と母の命を奪ったのと同じモノの気配。
「・・・なんだよ」
つるりとヨミから手を離し、少年。ジーンの方は慌ててデニスの元へ駆ける。
ぺしゃんと座り込んだヨミは、既に怖さが先だって動けずにいる。
顔だけ振り向けば、少年二人は手を取り合って不安の表情のまま固まっていた。
その背後で顔を腫らしてアロームが座り込んでいる。
がさり。
のそり。
見たくないのに顔はそれを見ようと動く。
ああ。
前屈みだったソレは立ち上がる。黒い筋肉質の体躯は村の力自慢の大人だって負けてしまうだろう。全身に邪悪な気を纏い、四人を睥睨する瞳は赤。獣の足。大きな角。その顔は雄牛。黒い魔物。
ヨミは嗤う様に開いた口から涎が垂れるのを見た。
怖い。と、それだけしか考えられない。お父さんから色々教わったはずなのに。
一歩。がさ、と、踏み出す魔物。
どうしよう。どうするんだっけ。と真っ白な頭で考える。
獣の長い爪がついた手がヨミに伸ばされた。
「今だ!」
草を蹴立てて走る音。
振り返ればデニスとジーンが逃げる後ろ姿。
勝手にぼろぼろ流れる涙で戻った視界はまた潤む。
座り込むアロームも、がくがくと震えているのが解るぐらいだ。
アローム助けて。と、声にならないままヨミは手を伸べた。
ぶぉおおぅ!
嘶き、ヨミの襟首に獣の手が届く。
ぐいと持ち上げられ寸の間息が詰まる。両の手で襟を持って広げる。獣は軽々ヨミを宙に持ち上げた。
「うわあああ!」
叫び声に苦しい中目を向けると、アロームが駆けていくその背が見えた。
一人ぼっち。残された。
獣はヨミを見定める様にぶらぶらしていた。持ち上げ下から覗き込む。どうやって、いや、どこから喰おうかと考えているのだろう。人型に近い雄牛の型の魔物だが、知能は低い。
ご馳走で遊ぼうと考えているかもしれない。
怖い。と、ヨミは思う。
誰の大切な人でもなく、ここで終わる。
牙がテラテラと光っている。
怖いよ。
獣の呼気が近い。
怖いよ。お父さん。お母さん。助けて。誰か。だれか。
赤い目が瞬いた。
『コレは見て覚えなさい』
嗤う様に口が開く。
『ヨミだけを助けてくれる』
何処を喰おうか迷っている。
『召喚の陣』