4 (終わり)
「巧いなヨミ。それは俺の『陣』の真似だな」
ぴかぴか光るだけの閃光だな。と思った。拙いながらも正確だ。古い用紙を貸したら、すらすら書いてしまった。
親バカながら家の子は賢いと自慢に思う。
魔導師の素養の無い者がいくら書いても意味をなさないから、書くだけなら良い。正確なら直よしで、相性の良い魔導師が居れば発動させる事も可能だ。大人になったヨミと狩りに行けるかもしれない。などと下らない事を考える。
ヨミは天人の血を付けられたが、その後、変化も無い。奴は忘れたのか攫いにも来ない。
良かった。と、そう。油断していた・・・。
「いい子だヨミ」
頭を撫で、嬉しそうなヨミを眺める。
フニフニと笑むヨミ。
つるっとヨミの手がスべって古紙の俺の書いた線と交わった。光の文様に火の記号。火花を表す『陣』。
首筋にピリッとしたモノが走った。
何故か効力が発揮する筈の無いその絵が恐ろしく、今にも発動する様な気がした。
咄嗟に行動する。
娘の名を叫んで、彼女の小さな頭を抱えて机の下に転がる。
同時に、閃光が四方に飛ぶ。火の矢が雨の様に降り、黄色い炎が舞う。
衣装に防御陣を張っているから抱えられたヨミは焼かれる事は無い。
弾いた炎は自分が前に放ったものより熱く、衣装を焦した。
暫くはじける炎をやり過ごした。短い間だったろうに長く感じた。
シンと冷えた部屋の中を起きて見回せば、そこら中黒焦げの点が山ほどあった。
「おおっ」
腕の中のヨミが暢気に声を上げる。
「いっぱい模様になったよ?てーんてーんって」
こっちを見て楽しそうに言う。自分がやったとは思っていないのだ。
これはマズい
部屋より何より・・・ヨミには魔導師の才がある。
その上天人の気に入り。
駄目だ、ヨミは利用させない!
どんな人にも国にも、天人にさえ、
強く強く育てなければ。
決心して、ヨミを見下ろせば、無邪気な笑顔がこっちを見ていた。
胸の痛みには目を瞑り、今後を考える。
ヨミの母と相談して・・・自分が魔導師だと打ち明けなければならない。安息が終わる。
ヨミの勉強が始まった。
魔導師が目指すのは心に思い描いただけで発動する『陣』の形成。
それは一つ出来ただけでも素晴らしい能力だ。魔導師はそれが出来た者の事を、『鍵』が開いた者という。
書けば乱発してしまうヨミの陣は才の現れだった。
駄目だ、危険すぎる。
どうにか発動しない練習方法を見つけなければ。
「お絵かき・・・いや」
最近、ヨミは陣の勉強を嫌がる。怒られてばかりでは当然だろうと思う。
ヨミには紙に描くことを禁じている。本物になってしまうからだ。焦る思いそのままにヨミに接してしまう。ヨミを発動の危険から遠ざける為乱暴な事まで。だから最近ヨミは俺を嫌っている。
地味に落ち込む。
自分の知るすべてを教えようとしていた。
必然的に厳しくなる。優しくしてやりたいのに出来ない。
笑顔は益々なくなりヨミとの仲がぎくしゃくし始める。
母親が取り成そうとするが、逆効果。
「お父さん嫌い。ピッてしちゃえ」
空に小さな指を走らせたヨミが空に描く陣は・・・。
段階をすっ飛ばしそれは発動した。
「・・・カマイタチ」
頬を切り裂かれたまま茫然と呟く。
心に思い描くのと類似した条件で発動した陣。
見下ろす俺に、怒られると怯えた目で見たヨミは、うわああんと泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ヨミに怒っていないと伝えようと抱き上げる。
「痛い?ごめんなさい」
しゃくりあげながら言う。
怒られる恐怖じゃなく、俺の怪我を心配して泣いたようだった。
「痛くないぞ、大丈夫だ」
「痛いの、ダメ」
「大丈夫だよヨミ」
「ナイナイするっ!痛いの無いのっ!」
頬を撫でる小さな手。
不思議と痛みが引く。
異常を感じて手で確認し、水鏡を見てみれば、裂けて血が出た後を残したまま傷は薄っすらとしたものに変わっていた。
治癒
鍵はまだ閉まっているといえるだろうか?
不安が胸に渦巻く。同時にこの出会いは運命だったのではと思う。
守らなくては、
この子を、
俺の娘を、
その決意のまま過ごした日々。
自分も血みどろであったが、黒い獣の急所も仕留めた。
母親の身体は既に奴の腹の中だったが、今から燃してしまうのだから送葬はそれでいいだろう。
獣の最後の力を押さえつけているので陣は描けない。
心で描くその陣を、口から紡ぐ言霊で発動させる。
魔力の限り獣を拘束する。
血と泥濘の匂い
懐かしく煩わしい昔の匂い
「ヨミ」
名を呼べば陽だまりのような温かさが蘇る。
心残りは沢山ある、
もっと優しくしてやりたかった、
教えてやりたい事も一杯あった、
手をつないで、笑い合って、怒ったり泣いたりしながら家族三人。
ヨミが大人になるまで一緒にいたかった。
「激甚の炎と生れ」
獣が断末魔の咆哮をあげる
目の前が赤く染まり
火柱が立ち上がった
ヨミ
こんな哀しい炎を見せる事にならなくて良かった
幸せに
ただ平凡に幸せになりなさい
『ヨミ』
おとうさんの声が聞こえた気がして顔をあげる。
キラキラの鳥かごからは何も見えない。
まだ迎えに来てくれないのかな。
寂しいのを誤魔化して膝に顔を埋める。
おかえり?おかえりなさい。お母さんみたいに、おしごとおつかれさま?
なんて言おう
お母さんと並んで帰ってくるかな、間に入って手を繋いで三人で帰ってもいいのかな?
最近おとうさん怒ってばっかりだけど
たくさんお留守番したから肩車してくれるかな
いいこって褒めてくれるかな
お母さんにぎゅってしてもらって
お父さんに頭をなでてもらおう
「おかえりなさい」
ぶつぶつ呟きながらヨミは寝入ってしまった。