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籠鳥の娘  作者: 北見深
3/8

3

泣くな、怯えるな

心を強く持て

そうしなければ魔につけ込まれる


男はいつもそう言われていた。


その通りだと思い、

しかし、難しいとも思う。


子供の自分は必死で、心を強く持ったフリをし、国の思う敵を蹴散らした。

敵は、魔物の時もあり、気まぐれな悪魔の事もある。

そして、人である時もあった。


俺は生まれて一番古い記憶の中から、軍人であり暗殺部隊の魔導師として働いていた。


 人より長く任務に就いているからか、仕事に失敗した人の末路を知っている。いつまでもその恐怖は付き纏い、大人になった今も悪夢として蘇る。

 死を願われる人生。

敵から死神と恐れられ憎まれる。味方からも任務成功の妬みを買い毒を盛られる。

だから、敵も味方も害あれば容赦なく滅ぼした。陣を使い魔力を帯びた剣を振るう。大勢殺した。

たくさんたくさん記憶に覚えきれないほど。

血の泥濘の中を歩いた。


疲れて


ある日


逃げ出した


森に住み

猟師の振りをして、魔物を狩って住みやすくした。

そこは澱みの少ない場所となり、初めて息がしやすくなった。




そして、出会った。


仕事で訪れた街。天領区で見た光と同じモノだった気がして行ってみる。

木々に隠れソレを見た瞬間、自分の好奇心を呪った。背筋が凍る。

天人が居たのだ。


俺が安全にした森の開けた丘。花が咲き乱れる見通しの良い場所だ。

木漏れ日弾く金色の髪、白い装束。絵で見た通りなら瞳は新緑の色だろう。

背中にある大きな一対の羽。

横顔ですら、王都で崇められる立像よりもっと凄味のある美貌。


「あ、ぶぶぶふぅ」

驚いて声が出そうになって手で塞ぐ。

村のだろう、幼児が天人の足元に居た。

凍りついたように俺は動けない。


幼児は天人の衣の裾を握った。這って汚れた手で。

この辺りは安全になったからと、村の親子が時々来ていた。

少々遠くからでも子供を見守れる。開けた場所だから親が目を離してしまったのだろう。

ただ、天人の目くらましが効いているのか親の姿は見当たらない。


ああ


俺の脳裏に消し飛ぶ幼児が浮かぶ。天人は優しい笑みで人を簡単に屠る。

「きえいきえい。ましょ」

ゆらゆら天人に掴まり立ちした呑気な幼児。

「ね~しゃん、らっこ」

幼児は手を掲げて天人を見上げる。


見下ろす怜悧な視線。

泣きもせず手を伸ばし続ける子供。


『   来るか?』

え?

俺は少しなら彼らの言葉が解る。天人は子供を抱えた。

目を細めて子供を見下ろすその姿に焦る。

だめだ!取り返さないと、早く!心は思っていても凍ったように身体は動かなかった。


稀に、天人は気に入った人を連れ去る。連れ去られた人が帰る事はほぼない。あったとして人界には適応出来なくなっていると聞く。見た目に反して恐ろしい存在の天人。


「あぶうぅ」

子供は飴のように金色の髪を口に含んだ。

背中がぞくりとする。

抱えた子を眺めているせいか、こちらにはっきり天人の表情が見える。心底楽しそうな顔で、開いた口から赤い舌が覗いた。

ぺろり、幼児のほほを舐める。

「きゃはは」

くすぐったそうな無邪気な子供。

『  甘い  連れ帰ろう』


翼が左右にきく開く。一薙ぎ。天を仰ぐ。

・・・次の跳躍で飛び立つ気だ!


「待て白いの!ヨミを!俺の娘を何処へ連れて行く気だ!!」

声は別の方向からした。なんて命知らずな。男は子供の父と言った。大柄な男が棒切れを振り上げて威嚇している。

「無粋な」

人にも解る音で呟いた天上人。

「娘を離せっ!!」

止めろと言う間は無かった。

男は棒切れを振り回し天人に襲い掛かる。

相手は蠅を払うような仕草をしただけだった。


子供の父親は一瞬で消えた。じゅっと蒸発した音だけが残る。


「と~と?」


不思議そうな子供の顔。満足げな天人はまた、翼を広げ・・・。

「待って下さい、天上人様!」己でも驚いた懇願は、俺の口から洩れたモノだった。

勇気ある父の死に俺の何かが刺激されたのだろうか。


穏便に子供を取り返そうと思った俺の交渉は悪く無かったと思う。ただ相手が悪かった。

結果として、顔を青ざめさせた俺の前。

傷を負った天人は、傷を負わせた原因と自分と見比べ、蕩ける様に微笑んだ。

『今は下がろう。我に手傷を負わせたお前に免じて』

天人は子供に甘く囁く。

『待っておいで。忘れなければ迎えに来てやろう』

跳躍の後まばゆい光が溢れれば、天人はもうそこにいなかった。

俺の腕の中には子供。

天人のギラギラ光る青黒い血を頬に付けた子供。




 気の毒な子供を連れて母の元に帰す。そうすると、気の毒な母親も一人増える訳だが。

 定住を考えていた姑息な俺は子供を理由に可哀想な親子の元へ何度も通う。遺品も無いが父親が死んだのは彼女の記憶を捏造し理解させた。

村への世間体とこれからの事を考えて、母親は簡単に絆されてくれた。


思ったより居心地がいい家族という立場。

ああ、本当にいい親子だったんだと解る温かい家。俺はその巣穴に父親を押しのけて入った男だ。




狩りで疲れて一人眠っているとまた悪夢を見た。

魘され目覚め。胸の上に悪夢の元凶を見た。自分の上に幼い塊が乗っかってすやすや寝息を立てていた。

苦しくて当然だ。

退かそうと思って手を出したら、ぎゅっとその手を掴まれる。

よだれ垂らしてにまにま笑うヨミ。

思わず笑い声が漏れる。

コロンと自分の上から横に転がしたヨミを、ふんわり抱きしめて二度寝した。


今度は悪夢は見なかった。


ヨミは好奇心旺盛。

目が離せない。いや、気付けば観察している俺がいるんだが、いくら見ていても飽きない。


ヨミの母親は、毎日村から少し離れた畑に同じ仲間と作業に行く。

今までヨミはイチイチ預けていたらしい。

俺は狩人で、仕掛けをすれば毎日外に出る必要がない。空いた時間をヨミの世話をして過ごしている。



 暇つぶしと、イザと言う時に感が鈍ると困るので訓練は毎日欠かさず。

 早朝。狩りの為の体術や剣。昼からは魔術陣の習得。

紙に書き持ち歩く簡易陣を始め、瞬時に発動させる詠唱陣。全てを省いて発動させる陣。昔と違う平和的使い方だ。獣を狩る罠、危険な魔物への牽制や搖動にも。

あと、退屈したヨミとのくれんぼにも使える。自分が術をこんな事に使う様になるとは思わなかった。



蜘蛛の巣の様に空中に張った無数の陣の上を跳ねるヨミ。

すっころんできゃあと楽しそうな悲鳴を上げるヨミを受け止める。

顔を見合わせ笑いあう。


本当に幸せだった。


あの時

ヨミが見よう見まねで陣を書き上げなければ。



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