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PROJECT HIDEO~英雄を転生させるまで~

ネタとしてあっさり書こうと思ったら、ほぼいつも通りの自分の文字数になったやつです。

 また今日も、一つの魂が異世界へと旅立って行く。


「ったく、手間かけさせやがって……向こうでよろしくやってくれや」


 森本家の二階、英雄の居室から飛び立つ魂を眺めながら、ダバダバビッチ=ドンドコホイサ(22)はそう呟く。




 その日の朝、ダバダバビッチは女神ソフィアの神殿である依頼を受けていた。


「もうあまり時間がありません……何としてでも今日中に、くじ引きで決めた森本英雄さんを転生させてください。多少強引でも構いません」

「わかりました。それであの、報酬の方は……」

「……非常事態です、弾みましょう」

「すいませんねえ女神様。子供が生まれてから何かと入用でしてね」


 そう、その依頼の内容とは、日本にいる平凡な高校生、森本英雄をトラックでぶっ飛ばして転生させることだった。


 異世界転生もののライトノベルで良く主人公が転生する際に轢かれるトラックの運転手、通称「転生屋」を生業としているダバダバビッチは、この道5年のベテランだ。

 それこそ、異世界転生ものが流行り始めた頃からやっている。


 ちなみに彼は、見た目は人間であっても種族としては女神ソフィア直属の精霊にあたる。

 ソフィアの命を受けて人間界で様々な任務をこなすのが役目で、それがここ5年は転生屋がメインになっているということだ。


 ダバダバビッチは始め、重要な案件ではあるが難易度そのものはさほど高くないだろうとタカをくくっていた。


 女神から手渡された資料と、自分でも行った調査によると、森本英雄は典型的なぼっちタイプのいわゆるオタク高校生だ。


 学校が終われば即座に帰宅。

 ほとんど寄り道をすることもないという、決まった時間に決まった行動を取る、機械的なまでに規則正しい生活を送っている。


 おまけに一人の時間も多く、帰宅途中に必ず周囲にあまり人のいない横断歩道を一人で渡るタイミングがある。


 転生屋が依頼を行うにあたって毎回問題となる一番のポイントは、如何にターゲット以外を巻き込まずにぶっ飛ばすか、というところだ。


 ターゲット以外を巻き込んでも依頼を達成したことにはなるものの、その場合本来予定にはなかったターゲット以外の人間を転生させるのに神々の手を煩わせることになるため、報酬が減ってしまうのである。


 その点、今回の依頼はあまり心配の必要がない。

 むしろいつもより容易な案件だと言うことも出来た。


 しかし、重要度は異常なまでに高いので失敗は許されない。


 ベテランで自分の腕に自信もあったダバダバビッチだったが、彼は油断をせずに自分がしくじった場合に備えて後輩を連れて来ていた。

 ダバダバビッチが失敗した場合は、後ろから更に後輩がぶっ飛ばしにかかるという二段構えだ。


 これまで、転生トラックの攻撃を避けるというライトノベルの主人公はちらほらといた。

 しかし、二度攻撃されてしかも両方避けるという前例はない。

 失敗した時のことを想像する方が難しかった。





 ダバダバビッチと後輩は連絡を取り合って合流すると、地上での拠点であるコンビニの駐車場に二人のトラックを停めた。


 よく広い駐車場を持つコンビニに長時間トラックが居座っていることがあるが、あれは転生屋のトラックと思ってほぼ間違いはないだろう。

 どうか生暖かい目で見過ごしてあげて欲しい。


 森本英雄が例の横断歩道を渡るまでにはまだまだ時間があるため、ダバダバビッチは携帯ゲーム機を使って暇を潰すことに決めた。


 聞けば後輩も携帯ゲーム機を持って来ているということなので、ダバダバビッチは自分のトラックの助手席に後輩を招き、落ち物パズルゲームで対戦をすることにした。


「おう後輩よぉ、ちったあ手加減くらいしろや」

「えっ、でもこれゲームだし……」

「うるせえ!!」


 ゲームに関して「ただ遊んでいるだけ」のダバダバビッチは、格ゲーで言ういわゆるガチャプレイと言えるものだった。

 ただひたすらブロックを繋げて消すだけで、連鎖も偶然起きるだけだ。


 そうなれば計算をして緻密に連鎖を組む後輩にボコボコにされてしまうことは必然とも言えるもの。

 しかし、先輩としてのちっぽけなプライドが、ダバダバビッチに結果を許容させない。


 ダバダバビッチは…………機嫌を損ねてしまった。


 小学生のごとく拗ねた彼は、そろそろ仮眠をとると言って自分のトラックからみっともなく後輩を追い出すと、宣言通りふて寝を決め込むことにする。


 眠りにつくまでの間、ダバダバビッチは森本英雄をぶっ飛ばす時のイメージトレーニングを重ねた。


 青に変わる歩行者用信号。

 完全に油断して歩き出す呑気な森本英雄。

 周囲を確認しながら一気にアクセルを踏み込む。

 突っ込んでいく自分のトラック。

 宙を舞う森本英雄の抜け殻。

 完璧だ。一体どこに失敗する要素があるというのか。


 イメージトレーニングをする際に重要なのは、失敗した時のことや、ターゲット以外の人間を巻き込んだ場合のことは考えないということだ。


 そんなことをすれば走りに迷いが生じてしまう。転生屋にとって迷いは命取りにもなってしまう、恐ろしいもの。


 大丈夫。失敗しても、他の人間を巻き込んでも、報酬は減るものの神々が何とかしてくれる。

 自分は森本英雄を転生させることに集中しよう。彼はそう思いながら意識を闇の底へと沈めていった。




 やがて時が来たことを告げるアラームの音で意識が覚醒する。


 コンビニでトイレを借り、「トイレと駐車場あざっした」のコーヒーという申し訳程度の買い物をした後、ダバダバビッチはトラックを発進させた。


 ちなみに、コンビニのトイレは激混みだったが、これはいつものことなので彼は慣れている。

 しかし「何故あんなに混むのか」という疑問は、この仕事を始めて以来ずっと彼の意識を支配し続けていた。


 さあ、森本英雄を転生させる時間だ。


 ダバダバビッチは、英雄が下校する時刻から例の横断歩道を渡るまでの時間を計算してコンビニの駐車場を出る。

 それを見て、後輩もトラックを出した。


 さすがはベテランといったところか。

 予定通りに横断歩道に到着し、森本英雄が歩行者用信号の青に変わるのを待ってだらしのない顔面を晒しているところだ。


 サイドミラーで後輩が自分の後ろにスタンバイしているのを確認していると、ついに歩行者用信号が青に変わった。


 歩き出す森本英雄。

 アクセルを踏み込むダバダバビッチ。

 転生屋のトラックが、彼の真横へと迫る。

 不慮の事故に見せる為、義務付けられているクラクションの鳴動。

 ダバダバビッチは、口の端を吊り上げ、依頼の達成を確信した。


 しかし。


「うおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」


 何と、英雄はダバダバビッチの渾身の一撃をとっさに飛んで避けて見せたのだ。


 話に聞いたことがあるとはいえ、実際に自分が攻撃を避けられたことは初めてであるダバダバビッチは、大いに困惑した。


 しかしそこはベテラン。

 ダバダバビッチはすぐに冷静になり、失敗した場合の次の手、後輩の位置を確認する。


 すると後輩はこともあろうか、ダバダバビッチの直後、つまり横断歩道を渡り終えて完全に歩道に入り込んでいる英雄を、ドリフト走行で強引に狙いに行った。


「何やっとんじゃあいつ……」


 そう呟くも、もう遅い。


 スキール音が周辺一帯に響き渡る。


 英雄目掛けて、まるで死神の鎌が人間の首を刈り取るかのような軌道で、トラックがドリフト走行で突進していった。


 あまりにも強引すぎるし他人を巻き込む危険性をとても多く孕んだ後輩の一撃だが、この際しょうがない。

 報酬が減った分はやつから徴収しよう……。


 ダバダバビッチはそうやって、既に終わった後のことを考えていた。

 そう、この一撃で全てが終わると、彼は思い込んでしまっていたのだ。


 しかし。


「うわあああああああああっ!!!!!!!!!」


 何と、英雄は二度目の転生屋の攻撃を回避。

 一命を取り留め、ダバダバビッチが受けた依頼を見事に失敗へと追い込んだのであった。


「嘘やろ……」


 今度は後輩への気持ちではなく、英雄に対する驚愕の念を呟く。


 後輩は訳の分からないところで運が良く、そのまま誰も巻き込むこともないまま車道に戻り、何事もなかったかのように現場を後にした。


「そうか……だからか……さすがは救世主として女神様に選ばれるだけのことはあるってえこったな……」


 現場を後にしながらダバダバビッチは、そんな独り言を言った。

 しかし、この時の彼は失念していたのだ。


 森本英雄は、あくまでくじ引きで選ばれた転生者であるということを。




「そうですか……仕方ありませんね……出動していただいたお礼として、全てとはいきませんが報酬はお支払いします。今後も任務に励んでください」

「すまねえな……助かるぜ」


 仕事を失敗してから現場を離れたダバダバビッチは、特殊な通信機によってソフィアに報告をしたところだった。


 結局、もうタイムリミットということで英雄は生きたまま転生させることとなった。


 生きたままの転生は手続きも大変だし、複数の神々の力を使ってやらなければならないため滅多に行われないのだが、それだけ魔王ランドとやらに危機が迫っているのだろう。

 ダバダバビッチは、そう解釈した。


 転生は、これからすぐに行われるとのことだ。

 彼は、初めて自らの依頼を失敗に追い込んだ少年の旅立ちを見届けることにした。


 少年の住所は分かっていた。

 女神の資料にも書いてあるし、自分でも散々調査をしたからだ。

 

 プライバシー、情報保護という観念は、彼らの間には存在しない。

 そんなことを気にしていては、転生屋は務まらないのである。


 閑静な住宅街の中、その中の良くある平凡な見た目の一軒家の二階から、魂が旅立っていく。

 その様子を見届け終わると、ダバダバビッチは家族が待つ家への帰路に就いたのであった。


 これからも、彼の「転生屋」としての戦いは続いて行く。

 しかし、彼はこの先、今日の出来事を忘れることはないだろう。


 コード名:PROJECT HIDEO


 この転生劇が、後に神々の間で永遠に語られる伝説となることを、この時はまだ誰も知らなかった。

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