最後の戦の始まりだ
シオリンガルドという拠点を落とした俺たちは、そこで宴会をしていた。
モンスターたちの本拠地に乗り込む為の前夜祭という形になっている。
いくつもの焚き火を囲う形でたくさんの輪を作り、飲み食いしながら談笑する。
ただそれだけなのに、皆とても楽しそうだ。
でも、俺はそんな気分じゃなかった。
ルーンガルドという拠点にいるであろう森本君。
そして先日会ったリカという女の子。
彼らの顔が頭をよぎり、どこか心にかかった霧が晴れないような、そんな気持ちになっていた。
だからどの輪にも入らず、一人で水を飲みながら楽しそうな皆を眺めている。
すると突然、聞き覚えのない声に話しかけられた。
「よお、あんま楽しんでないみたいじゃねえか? 勇者の兄ちゃん」
タンクトップの様な服を身に纏ったいかつい男だ。
短い髪と、頬にある大きな傷跡が特徴的で、いかにも荒くれ者といった雰囲気を漂わせている。
それでもここにいる以上、この男もいわゆるチート系主人公なのだろう。
初対面なので、ひとまず丁寧に答える。
「こういうのが嫌いってわけじゃないんですけど、何だか気分がのらなくて」
「そうかい。ま、そんな時もあるわな」
男は、何故かそのまま俺の横に腰かけた。
酒臭い。相当飲んでいるのかもしれない。
男はこちらを向くと、酒に汚染された息をばら撒きながら話しかけて来た。
「しっかしよぉ、兄ちゃんも変わってるよなぁ」
「何がですか?」
「あんたなら別に魔王討伐に行かなくたって、冒険者で楽に稼げるだろう。それに王様もあんたの事を気に入ってるし、金も女も権力も思いのままじゃねえか!がっはっは!」
そう言って男は下衆な笑みを浮かべた。
アレスによると、俺は全ステータスが最大値まで伸びているのに加えて勇者装備一式があるから、端的に言ってかなり強いらしい。
と言っても、チート系主人公という人たちは何か一つの事に特化している事が多いらしいので、別に俺だけが突出して強いわけじゃないはずだ。
この男の言っている事は少し大袈裟だと思う。
今度は素っ気なく答えた。
「別に……そういうの興味ないんで」
「だっはっは! そんなにいかにもチート系主人公っぽい事言ってんじゃねえよ! がっはっは!」
何だこいつ……。
男は俺の肩をバンバン叩きながら大きく口を開けて笑う。
誉め言葉なのだろうか。正直よくわからない。
この際だ、もうちょっと詳しく知っておこう。
そう思って聞いてみた。
「そのチート系主人公っていうのはなんなんですか?」
するとおっさんは一瞬だけきょとんした後、すぐに笑顔になって語る。
「何だ知らねえのか? じゃあ教えてやるよ」
それからしばらくは得意げな顔で語る男の話を聞いていた。
おかげでチート系主人公の事については大体わかった。
でもそこでふと思った事がある。
森本君だけがなぜチート系主人公ではなく魔王なのだろうか、という事だ。
彼は恐らく俺と同じように日本から転生させられてこの世界に来ているはず。
なのに、チート系主人公ではなく魔王と呼ばれている。
なぜ人間ではなくモンスターの親玉になっているのか。
そう思ったものの、隣にいる男にはこの話をしたりはしない。
男が疑問の答えを知っているとは思えないからだ。
それに、この質問をするにはまず俺と森本君が高校の同級生だった事から説明しないといけない。
正直に言ってそれは面倒くさい。
ふと隣を見ると、男は酒の飲み過ぎで眠くなって来たのか、地面に寝転んでうとうとし始めていた。
適当にその辺にあった布をかぶせてやる。
多少汚くて臭う布だったけど、男も似たようなものなので問題はないだろう。
男の寝顔を眺めながら、どうして俺はこんなところに来てまで酔っ払いの介抱をしているのか……と思っていると、突然目の前にアレスが現れた。
アレスはこうやって定期的に俺の元を離れては知り合いに会いに行っているんだけど、全然会えていないらしい。
アレスの知り合いというからには神なのだろう。
でも、妻のソフィアという人? 神? は森本君に囚われているはずだから別人のはず。
いずれにしろあまり深く聞くべき話じゃない。
アレスが相変わらずの芝居がかった仕草をしながら口を開いた。
「やあアキラ、ただいま。調子はどうだい?」
「ぼちぼちだよ。アレスは知り合いには会えたのか?」
「いや、また会えなかったよ。どうして戻って来ないんだろう……ああ、愛しのソフィ……ソフィクラテス」
何だ恋人か。
恋人の名前はソフィクラテスと言うらしい。恋人?
「いや待て、お前奥さんがいるんじゃなかったのか? ほら、森本君に囚われているというソフィアさん」
聞きにくいと思っていたのに流れで聞いてしまった。
するとアレスは、目をぐるんぐるんと回しながら言い訳を始める。
「ななな、何を言っているんだいアキラ君? 男なら愛人の一人や二人いて当たり前じゃないか。日本では重婚は認められていないけどね、神界ではそもそもそんな制度や概念自体がない。妻は何人いてもいいんだよ」
こいつの言っている事もわからなくはない。
でも、どちらにしろ神の言う事ではない様な気がした。
あまりツッコまれたくないのか、アレスは一つ咳ばらいをしてからすぐに話題を切り替える。
「それよりも輝、戦闘にはもう慣れたのかい?」
「ああ、魔王と戦う時にも問題はないと思う」
「へえ、さすがは輝。中々やるじゃないか」
どうしてアレスは上から目線なのだろうか。
これまで戦闘をする機会は少ないとはいえ、あるにはあった。
ダンジョンに守護者と呼ばれる岩のモンスターが出現したからだ。
ほとんどやれやれ系主人公さんがバッサバッサと倒してくれたものの、たまに俺自身も戦ったりしていたのだ。
アレスから聞いた話と実際に戦闘をした時の感触を照らし合わせれば、おおよその自分の能力やその使い方は把握出来たと思う。
武器にも慣れて来たし、今すぐに戦闘になっても問題はないはず。
もっとも、森本君とは戦わないで済むのが一番いいんだけどな。
そこでふと疑問に思ったことがあるので聞いてみる事にした。
「なあ、アレスの奥さんのソフィアさん? 様? って言うのは神様なのか?」
「そうだよ。神の中でも最も美しい……美の女神なんかよりも更に美しい最高の女神さ。君も名前くらいは聞いた事があるだろう?」
もちろんあるけど、今まで神話の中とかにしかいなかったものを、今目の前にいる胡散臭い生物の奥さんだと言われても信じたくないとしか言えない。
そもそも、まだ心のどこかでこのアレスというのが本当に神なのかと疑っている自分もいる。
と、そんな言葉たちを飲み込んで俺は質問を続けた。
「ああ、あるよ。それで例えば、ソフィア様が森本君に脅されていて、俺を攻撃して来るなんて可能性はないのか?」
前に俺がアレスに殴りかかろうとしたら触れる事さえ出来なかった。
それは神との戦闘になればこちらは手も足も出ないという事だ。
どうやったのかは知らないけど、森本君に囚われているというのならそういった可能性もないとは言い切れないと思う。
でも、アレスは即答した。
「それはないよ」
「どうして?」
「神には下界の者に手を出してはいけないというルールが存在するし……万が一そんな事態になったら僕が止めるさ」
すると少しの間を置いて、アレスは自慢げに自分語りを始めた。
誰も聞いていないのに芝居がかった仕草で雄弁に語る。
「僕は最高神であるゼウスの次に神格の高い神々で構成される『幹部会』の中でも高い戦闘力を持っているんだ。例え同じ『幹部会』に所属するソフィアが相手であろうと何ら問題はない」
「そうか。神様同士の戦いか……何だかすごそうだな」
神々は何でもありの神聖魔法が使える。
本当に何でもありなら、神様同士の戦闘というのはハリウッド映画も真っ青のド派手なものになるはずだ。
でも、返って来た答えは少し拍子抜けなものだった。
「確かに神同士の戦いというのは、早い話が人間では出せない様な高威力の魔法の撃ち合いだから、すごいというか派手にはなると思うけど……神聖魔法は使えないよ。あれは神同士が一定の範囲内にいる場合は発動が出来ないからね」
そこまでアレスの説明を聞いたところで、ふと思ったことがある。
最高神ゼウスというのは神々の中で神格も戦闘力も権限も、全てがトップにあるらしい。
そして話によれば、最もスケベな神でもあるそうだ。
基本的にいつも女の子のお尻の事しか考えていないらしい。
いやそれはともかくとして、そんな最も強い力を持つ神が暴走してしまったらどうするのだろうか。
誰も止める事が出来ないのなら、世界はめちゃくちゃになってしまう。
いざそんな事になれば下界の者に手は出せないなんて罰則は意味を持たないだろうし……。
何かその辺りの対策は用意してあるのだろうか。
そこまで考えたところでふと我に返ると、まだ横で続いていたらしいアレスの話がちょうど終わったところだった。
「ついつい色々話してしまったけれど、本当は下界の者には僕たちに関する話をあまりしてはいけない事になっているんだ。ばれたらまずいから、内緒で頼むよ」
「わかった」
自分でベラベラ喋っておいて今更……という言葉は飲み込んだ。
「さあ、明日はついに決戦だ。そろそろ寝ておこうじゃないか」
アレスに従い、俺たちは適当に設営されたテントの中に入って眠りに就く。
そして翌日、ついに決戦の日がやって来た。
テントや宴会の後始末やらの片づけをして、決起集会的なものを開く。
何故かまた俺が挨拶的な事をやらされた。
「皆さん、遂に決戦の日がやって来てしまいました。まだこちらに来て日の浅い素人同然の私が言うのもなんですが……死なないでください。皆で生きて返って、また昨日の様な宴会をしましょう」
それだけ言って挨拶を終えると、アキラコールを受けながらパーティーの最後尾に回った。
森本君との戦闘に特化した能力を持つ俺は、そこで最後の決戦に備えて力を温存するという作戦だ。
挨拶ではああ言ったけど、今でも森本君から話を聞いて、出来れば和解をしたいという気持ちは変わっていない。
この作戦なら最後は俺と森本君の一騎打ちの様な形になるだろう。好都合だ。
ひとまずルーンガルドの前までは適当に有名アーティストのライブの物販待機列みたいに縦に長い列で移動をする事になった。
何だか小学生の頃にあった遠足を思い出すな……。おにぎりが食べたい。
特にトラブルなんかもなく、パーティーの先頭がルーンガルドとシオリンガルドの中間地点辺りに差し掛かった時の事だった。
轟音。
突然ここからでもわかるほどの巨大な爆発が起こり、パーティーの先頭にいた人たちが吹き飛んでいくのが見えた。
パーティー全体に波紋が広がっていく。
しかしそこはさすがに歴戦の勇士たちだ。
すぐに状況の確認や、現在でわかっている限りの情報の伝達が始まる。
新しくパーティーの先頭になった人たちは一ヶ所に固まらない様に広がり、その中から一部の者が情報の伝達をする為に後ろに下がる。
とはいえ、轟音は一向に止む気配がない。
次々に吹き飛んで行く仲間たち。
防御系の能力に特化した人たちが突進を始める中、ようやくこちらまで下がって来た伝達役の人が叫んだ。
「魔王ヒデオだ! 魔王ヒデオが現れたぞ! 防御系チートを持ってないやつらは下がれ!」
俺も動揺してしまっているので、少し慌てた口調で聞いた。
「待ってくれ! どういう事だ? 魔王ヒデオが? モンスターたちじゃなくて?」
「そうだ! 魔王ヒデオが一人で現れたんだ!」
「何だって……? そんなバカな!」
アレスは、何故か俺や他のパーティーメンバーよりも動揺している。
人間とモンスターの最終決戦の火蓋は、こうして突然に切られてしまったのだった。




