仕掛けを見破る術はない?
ダンジョンの通路は薄暗い。
松明の灯りだけが光源となっているが、その数も多くはない。
乏しい明かりに加え、石で出来た床や壁が心を冷やすかの様だ。
俺は後ろを振り返って注意を促す。
「エレナ、ルネ、足元に気を付けろよ」
「うん……ありがとう……ヒデオ君」
「はぁ~い!」
少し控えめに返事をするエレナと、元気いっぱいなルネ。
対照的な姉妹を連れてダンジョンを練り歩く。
後ろから陽気なソフィアの声が聞こえて来る。
「ほらほらエレナちゃん、英雄さんの手を握ってないと危ないですよ?」
「ええっ……もう、やめてください……!」
振り返れば松明の灯りに照らされたエレナの顔はほんのり赤い。
俺と目が合うと、気まずそうに視線を逸らす。
それでもソフィアはからかうのをやめない。
「そんな事言わずに、せめてマントの裾だけでも! ほら、ちょこんって!」
「えーっ! お姉ちゃんずるい! じゃあ私も!」
と言いながらルネが俺の左手を両手で握って来た。
ずるいとは言ってもエレナは何もして来ていない。
「こらっルネ、遊びに来てるんじゃないんだぞ」
「わかってるもん!」
ぷくっと頬を膨らませるルネ。
まあ、変にあちこち触られるよりはこうしてた方が安全でもあるか。
……ていうかこれ、戦闘要員って俺しかいなくね?
ゴンに確認を取ってみる。
「おいゴン、お前って戦闘は出来るのか?」
「出来なくはないですが……ヒデオの旦那程じゃありやせんぜ。あまり期待はしないで下せえ」
と言われてもな……。
ダンジョン内では崩落の危険性があるので「英雄プロージョン」は使えない。
だからほぼ通常攻撃しか使えない俺しか戦闘要員がいないという事になる。
まあ、ステータスはほぼカンストしてるからそれでも全然戦えると言えば戦えるんだけど……。
せめてキングくらい連れて来るべきだったかな。
でもそうするとあいつ、ダンジョンの敵全部倒しそうだからな……。
いつかのダンジョンでは自分の部下も倒してたし。
ルネは攻撃魔法が得意なはずだけど、戦闘してるのを見たことはない。
というか今回のダンジョンの配置はどうなってるんだろうか。
「ゴン、今回のダンジョンの『敵』はどうなってるんだ?」
「へえ、既にキングの旦那の部下さん方の配置が完了してまさあ。後は『守護者』の存在が確認されてる感じでい」
くっ……キングの仕事が無駄に早い。
早い話が味方なので、キングの部下はいる分には問題ない。
でも、ギャオー! とか大声を出しながら出てくるので心臓に悪いのだ。
「ギャオオオオ!!!!!!!! あ、皆さんお疲れ様で」
「『サンダーボルト』!!!!」
思った側からキングの部下が出現。
びっくりして硬直した俺の横から、まるで条件反射みたいにルネが魔法を繰り出した。
威力の高そうな攻撃魔法が、見事にキングの部下に直撃してしまう。
「ギョエピー!!!!」
「キングの部下アアアアァァァァ!!!!」
俺はキングの部下に走り寄り、膝をついて顔を覗き込んだ。
どうやら瀕死みたいだけど意識はあるらしく、喋り出した。
「う……ヒデオ様……もし俺が死んだら、妻に伝えて欲しい事があるんです」
「まあお前の妻というかまずお前が誰かわからんけど、何だ?」
割とひどい事を言っている自覚はあるんだけど、キングの部下は構わずにしゃべり続けた。
「昨日のマウンテントードの爆発草焼き……あれをこっそり食べたのは俺だと」
「罪の告白を俺に擦り付けんな」
それだけ言って、「がくっ」と口でつぶやきながらキングの部下は意識を失ったフリをする。
気付けば、俺の横にいるルネが少し悲しそうな表情をしていた。
「ひでおにいちゃん……私、このおじちゃんを倒しちゃったの?」
「いや、何か楽しそうだし別にいいと思うぞ?」
茶番を演じたキングの部下はどこか満足そうな笑みを浮かべている。
それは悪魔系一族のものとは思えない程にさわやかだ。
「そうなの? じゃあいっか!」
ルネがあっさり元気になったので、俺たちは再び進軍を再開した。
歩きながら横にいるゴンにトラップの有無について尋ねてみる。
「ゴン、このダンジョンにトラップとかは設置してあるのか?」
「へえ、元からあるものと新しく設置したものがありまさぁ。忙しくて皆が思い思いにやったものだから、何がどこにあるのかまでは把握出来ておりやせんが」
「そうか、ありがとう」
ドワーフが設置したトラップか……こいつら器用だからなあ。
巧妙に隠してあったり、ド派手で強烈だったりと色んな仕掛けがありそうだ。
とにかくルネの事はきちんと見といてやらないと……。
やらないと……?
「あれっ、ルネはどこだ?」
さっきまで手を繋いで歩いてたんだけど……と、後ろを振り返る。
気付けば俺とゴンが少し離れて歩いていて、ソフィア、エレナ、ルネは何やら立ち止まって壁についた何かを見ていた。
少しだけ声を張って女性陣を呼んでみる。
「おーいみんな、どうした?」
三人ともこちらを振り返った。
エレナとルネは何やら不思議そうな顔をしているものの、ソフィアは笑顔だ。
そしてその笑顔は中々に邪悪なものだった。
いや、笑顔自体は普通なんだけど、何となく背中から黒いものが見えているように感じるのだ。
そんなソフィアを背後に据えて、ルネが口に手を添えて叫ぶ。
「ひでおにーちゃん! あのね! ここに何だか変なくぼみがあるの!」
そう言いながら空いてる方の手で壁の一点を指差すルネ。
やっぱりな……言った側からってやつだ。
ソフィアとかどう考えても気付いているだろ……。
「待てー! それは触っちゃだめだー! それはトラップだからー!」
「わかったー!」
おお、絶対にもう押しちゃったとかそういうお約束のパターンだと思ったのに。
ルネが聞き分けのいい子で良かった……。
と、胸を撫でおろした瞬間だった。
パカッ。
突然、俺とゴンの立っている床が下に向かって開く。
「「えっ?」」
俺とゴンの身体が落下を始めた。
目に見えるもの全てが上方向へと加速を始める刹那に、ルネがきょとんとした顔でスイッチを押しているのが見えた。
エレナはこちらに向かって駆け出したところ。
「何でだああああぁぁぁぁ!!!!」
もはやそう叫ぶしかなかった。
一体何が起きたのかわからないままに時は過ぎて行き、やがて……。
「ぐぇっ!ぐぇっ!」
「おお、悪いな」
俺たちはさっきいたキングの部下の上へと落っこちたのだった。
数分後。
トラップがあった場所まで戻ると、三人はその場に座って待ってくれていた。
こちらを見るなりルネが立ち上がって走り寄って来る。
それから俺の服の裾を掴み、せがむように言った。
「ひでおにーちゃんどうだった!? 落とし穴どうだった!? ねえねえ!!」
ルネの目は一点の曇りもなく輝いている。
あかん……ルネ……何でこんな子ぉに育ってもうたんや……。
と言うのは冗談で……何があったのかは大体予想がついている。
俺はなるべく優しい口調になるよう、心がけてルネに聞いた。
「どうだったじゃないだろ、ルネ。何でだめだって言ったのにスイッチを押しちゃったんだ?ルネだってわかったって言ってくれたじゃないか」
するとルネは不思議そうな顔をした。
「だって、ソフィア様が教えてくれたよ?『だめだ』って言ってるのはフリで、ひでおにいちゃんは本当はスイッチを押して欲しくてたまらないんだよって」
ルネの台詞の途中で俺はもう走り出している。
少し離れたところにいるソフィアに向かって叫んだ。
「ソフィア!やっぱりてめえかああああぁぁぁぁ!!!!」
ソフィアは俺が近付くと方向転換をし、軽やかな飛行で逃げ出した。
エレナはおろおろしながらこちらを見守っている。
エレナの横を通り過ぎながらもう一度叫んだ。
「待てやこら!」
あれっ……はやっ!
いやいや全然追いつけないじゃん、こいつこんなに速く飛べたのかよ。
そんな新たな事実を確認しながら走っていた時だった。
俺の右足が思いっきり何かを踏んだ。
その瞬間、身体がすごい勢いで跳ね上がる。
さっきとは逆の下に流れていく視界の中で、ソフィアが唖然とした表情でこちらを見つめているのを確認。
どうやらソフィアにも予想外の展開だったらしい。
俺は漫画みたいに、次々に天井を破って上の階に飛ばされて行く。
一体これはどこまで行くのだろうか……。
そうぼけっと考えていると、やがてある階の天井を突き破れずに床へぽとりと落とされた。
頭をさすりながら寝転がっていると、大きな扉が見えた。
全体的に禍々しく、真ん中に骸骨の意匠が施されている。
ゲームとかだとセーブポイントがその手前にある感じだ。
まあ、ボス部屋なんだろうな……。
ていうかボス部屋には誰がいるんだっけか……?
キングは俺たちがダンジョンに入る前に下にいたしな。
とりあえず入ってみるか……。
立ち上がって、扉の前まで歩み寄って行く。
扉を押してみると、ギギィッっという音を立てて開い……開かないので「英雄プロージョン」で爆破した。
扉の前は広いドーム状の空間になっているから、扉をぎりぎり吹き飛ばせるくらいの威力に調整すればダンジョンが崩落するような事もない。
部屋の中に入ると、暗闇の中から声が響いて来た。
「クックック……良くぞ来たな勇者よ……待ちわびたぞ……。さあ、これから私と月夜のカーニバルを始めようではないか!」
何者かがそこまで台詞を言い終わったところで、俺の目の前にぽんっと小さな火が灯った。
「あれっ、ヒデオさんでやんすか」
「ホネゾウ、お前こんなところで何してんだよ」
灯りに照らされて、闇の中にぼんやりとホネゾウの顔が浮かび上がっている。
「いやボス役の部下にここを任せてさっさとルーンガルドに帰ろうとしたでやんすが、せっかくなのでボス役をやってみたいなと思ったのでやんすよ」
そう言えば要所に要所にホネゾウたちアンデッド系を配置、という手筈になっていたんだっけか。
アンデッド系は悪魔系に比べれば数が圧倒的に少ないからな。
「まあ、ヒデオさんも座って一服やるでやんすよ」
よく見るとホネゾウは背の低いテーブルの前に座っている。
どこから取り出したのか、お茶を俺に差し出しながら言った。
「どうぞ骨身に染みる程熱いお茶でやんす。もっともあっしは骨しかないでやんすが……ケタケタケタ」
「はあ」
その後、ホネゾウとお茶を飲みながら皆が到着するのを待った。
結局ルネだけで戦闘面は何とかなったらしい。
ルネ、恐ろしい子。




