やんちゃで人見知りな妹
その後、気を取り直して再びダークエルフ村の方へ歩き出す。
しばらくすると少し疲れたので、視界の限り続く自然を眺めながらのんびりと休憩することにした。
ちなみに何でテレポートじゃなく歩きなのかと言えば、今回のメンバーが俺、ソフィア、リカ、エレナで、この中でテレポート持ちなのが俺だけだからだ。
テレポートは一度行った場所でないと使えない。
だから今回は歩いて行くしかないというわけだ。
それで休憩中、雑談をしながらお茶を飲んでいた時だった。
シャドウら影系一族のおかげで最近すっかり出番のなかった俺の「気配感知」スキルに何かが引っ掛かる。
この辺りにはあまりチート系はいないはずだけど……どうだろうな。
「エレナ、ソフィア。『気配感知』スキルに何かが引っ掛かった。モンスターだったらいいんだけど、チート系の可能性もあるから注意してくれ」
「わ、わかりました……」
「オッケーです!」
「ちょっと!私もいるわよ!」
「お前の心配は必要ないだろ……」
俺には「敵味方識別」というスキルもあるけど、あれは相手がこちらに敵意を向けていないと敵だと識別出来ない。
以前ルーンガルドで索敵に使っていた時には、チート系主人公たちが明確な敵意を持って街に乗り込んで来ていたから識別出来ていたのだ。
それから周囲を警戒していると。
「気配が消えた……?」
一度は認識したはずの気配が消えた。
姿が見えないからわからないけど、「気配感知」の有効射程距離から出て行ったのか……?
考え込む俺に、ソフィアがアドバイスをくれる。
「英雄さん、多分ですけどそれは隠ぺいスキルを使ったんだと思います。向こうもこちらに気付いたのかもしれません。姿を隠してどこかから私たちの様子を窺う気でしょう」
「なるほどな……リカ、何かあったらエレナを頼むぞ。俺は大丈夫だから」
「わかったわ!」
「ヒ、ヒデオ様……」
不安げな表情でこちらを見つめるエレナ。
俺はもう一度周囲を見回して何者かの姿を探す。しかし見当たらない。
その時だった。
消えたはずの気配が復活し、それは位置を認識できる距離まで近づいて来る。
草が擦れ合う音。
近くの草むらに何かがいる!
「そこか!」
「にゃー」
猫だった……。
正確には猫みたいなモンスターで、「お疲れ様です」とか言って再び草むらの中に消えて行く。
振り向くとエレナとソフィアが全身をプルプルと振るわせて懸命に笑いを堪えていた。最近の俺はこんなのばっかだよ!
もちろんリカは堪えることすらなくゲラゲラと笑い転げている。
どうしてくれようかと思案していると。
「『コマンドブレイク』!!!!」
それは、先ほどの猫がいたのとは全く別の方向から聞こえて来た。
声を頼りに相手を見つけ、「英雄プロージョン」を撃とうとそちらに手のひらを向けたものの。
「『英雄プロージョン』!!!!…………!?」
スキルが出ない。
どういうことかと困惑していると、ソフィアが耳元で声を張る。
「英雄さん!あれは魔法も技も封じ込めるチートスキル持ちの主人公です!」
「そういうことか……」
魔王ランドという世界のアクティブスキルには大きく分けて二種類ある。
魔法と技だ。
この内、魔法を封印するスキルはあっても技を封印するスキルはないらしい。
俺の「英雄プロージョン」はどう見ても魔法なのに、そういった性質も鑑みて技に設定してあるらしく、その辺りもチート的な要素だ。
だからどういうことかと言えば、魔王ランドで戦闘をする際に、普通は「英雄プロージョン」を封印される心配はしなくていいはずであって、今戦っている相手がチート系なのは「相手の魔法も技も全て封じることが出来る」ところにある。
魔王ランドに送られて来る前なら「全てのスキルを封じることが出来る」スキルということになっていたのだろう。
相手の他のスキルやステータスはわからないけど……これはまずいか。
「ワーッハッハッハ!そのマントとその印!貴様が噂の魔王か!本当に人間みたいじゃないか!」
そう叫びながら嬉々としてこちらに近付いて来るチート系。
ローブを纏っているので全身は見えないけど、声からしてほぼ確実に男だ。
リカが守ってくれているとはいえ、万が一にも流れ弾等の戦闘の影響が及んでエレナを巻き込むことがないようにと、俺は敵の方へ走り寄った。
男は拳を作って腕の引き、パンチの構えを取る……パンチ?
「魔王よ、死ねえ!」
俺の身体に相手の拳がぶつかる。
「どうだ!もう一発う!」
再度相手から繰り出されるパンチ。
「スキルを封じられて手も足も出ないかあ!ハッハッハッハ!」
…………。
「そらそらあ!ほれほれえ!ほいさほいさあ!ハハハ……ぜえぜえ……」
息を切らし始める敵。
殴らせながら仲間に視線を送ってみる。
にこにこと俺を見つめるソフィア。
呆れた表情をしているリカ。
心配そうにリカの後ろからこちらを覗き込むエレナ。
俺はため息を吐くと、拳を握り力を込めた。
「『英雄パンチ』!!!!」
「ひでぶっ!」
解説しよう。
「英雄パンチ」とはつまるところただの通常攻撃である。
俺の通常攻撃を食らって吹っ飛んだチート系は、そのまま身体を光の粒子に変えて魔王ランドから消え去っていく。
まさかとは思ったけど、相手はステータスが低かった。
もしかしたらそこまで低くなかったのかもしれないけど、現在俺はステータスに補正が入るパッシブスキルを全て限界まで上げているので、大人が赤ちゃんを相手にするのと似たようなものだったのだ。
二人のところに戻ると、リカが呆れたように言う。
「何だったのかしら……」
「さあ……」
ネタスキルや一見すると何の意味もないようなパラメーターだけ最大にして、それを活かした生活を送るような物語も増えている。やつはその手の物語の主人公だったに違いない……。
その後は特にトラブルもなくすんなりとダークエルフの村にたどり着いた。
今は『萌え萌え大運動会』の準備で忙しいらしく、ほとんどのダークエルフは村を留守にしているようだ。
実は今回、準備を手伝うためにイベント当日よりも何日か前に帰郷するエレナにここまで案内してもらい、テレポートを登録してすぐルーンガルドに帰るという話になっていたんだけど、俺は滞在して観光をする気満々だった。リカだってそのつもりだと思う。
とりあえずエレナの実家に挨拶をすることになった。
「お邪魔します」
「お邪魔しま~す!」
「邪魔するわよ!」
エレナの後に付き、三者三様の挨拶をして中に入って行く。
「汚いところで申し訳ありません……」
エレナはそう言って遠慮がちにリビングへ招き入れてくれた。
もちろん汚いなんてことはなく、中は整理整頓に清掃が行き届いてすっきりとしていた。
家自体も広いというわけではないし古びてはいるものの、作りがしっかりとしていて素朴ながらどこか厳格さを感じさせる。
「母を呼んで参りますので、こちらで少々お待ちください……」
緊張でもしているのか、いつもより丁寧な言葉遣いになっているエレナが一旦奥に消えると、少しの間を置いて同じ場所から別の女の子がひょこっと顔を出した。
同じ髪の色をしているけど、エレナとはそこまで似ていない。
背は低く、年齢はわからないけど少し幼く見える。
女の子は好奇心に目を輝かせて俺たちをじっと見て来た。
「わあ!可愛い女の子ですよ!英雄さん!」
「もしかして……エレナの妹か?」
何だか黙ったままというのもアレだったので、何となくそう言ってみた。
すると女の子はハッとした表情になって奥に消えると、
「お母さ~ん!お姉ちゃんが男連れてきたよ~!」
そう叫んだ。
耳を澄ませると奥からは、
「えっ……男!?」
「こらルネ……っ!違うから、ルネは部屋で大人しくしてて……っ」
「人間の男だったよ!」
「人間の男……!?エレナあんた……なかなかやるわね!どうやったのかお母さんに教えなさい!」
「もうやだ……!」
そんなやり取りが聞こえて来た。
エレナもこの村にいた頃は何かと苦労したんだろうな……と思う。
それから何とか母親を俺たちのいるリビングに連れてくる頃には、エレナはすごく疲れた表情になっていた。
母親の後ろからは、ちらちらとこちらの様子を窺う妹が見え隠れしている。
話に聞くとやんちゃらしいけど、どうやら人見知りをする性格らしい。
「ヒデオ様、こちらが母です……」
「どうも、エレナの母です。エレナがいつもお世話になっております」
「あっ、どもヒデオです……こちらこそエレナにはいつも世話になってます……」
俺もとりあえずそう返しておく。
次にエレナは母親の後ろに隠れている妹に話しかけた。
「ほら……ルネも」
しかしルネは、母親の後ろから出てこない。
「もう……ごめんなさいヒデオ様、この子、人見知りで……後でちゃんと挨拶をさせますので……」
「いや、別にそんな無理にさせなくていいよ」
「ふふふ、恥ずかしがりやさんなんですね!可愛いです!」
「おいソフィア、お前またそうやって……ってかお前らも自己紹介くらいしとけ」
それからソフィアとエレナが自己紹介を終えると、エレナが村を案内してくれることになった。
なったんだけど。
「何かついて来てる……」
ルネが目を輝かせながらこそこそと尾行して来ている。
隠れながらのつもりなのかもしれないけどバレバレで、思わずにやけてしまう。
「もう……ルネったら……」
エレナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
さっきの様子からしていきなり話しかけても逃げたりしそうだからな……しばらく様子を見てみるか。
それからダークエルフ村の主要な建物や場所を一通り紹介してもらった後、噂のイベントが行われる会場を見に行ってみることになった。
会場はダークエルフ村から少し離れたところに大きい広場のような場所があってそこで開催されるとのこと。
広場には既にテントや運動用具がちらほらと見受けられる。
ちなみに、ルネは村から出てもまだバレバレの尾行を続けていた。
う~ん、この妙な関係をどうにかするためにルネと話すきっかけとかが欲しいところだな。
「おう、エレナじゃねえか。帰って来てたのか!ようやく男まで連れて帰ってきて親父も喜んでるだろうよ!」
「もう、皆して……こちらはヒデオ様で、新しい魔王様だから……」
「えっ……いやはやこれは失礼いたしました魔王様……しかし噂には聞いてたものの、本当に人間みたいな見た目していらっしゃるんで……」
「よく言われるし気にしなくていいよ」
まあ、正直このやり取りも段々面倒くさくなって来てるんだけどな。
それから俺は周囲を見回すと、会場の外側一帯にばらばらに立つ樹々を見つけてあることを思いついた。
「おいリカ、お前ちょっと手伝えよ」
「あんた何か面白いこと企んでる顔してるわよ!」
「話が早くて結構だ……エレナ」
そう言ってエレナに俺の考えを話すと、
「ええっ……そ、そんなわざわざ……」
「いいからいいから。じゃ、そんなわけでちょっと待っててくれ」
俺とリカは会場の外に向かった。




