ドラゴンの里にて
「で、そのバハムートってのはどこにいるんだ?」
地下とは思えない大自然の広がる世界。
周囲を見渡してみたものの、どこにいけばいいのかは全く見当がつかない。
ちらほらとドラゴンが歩いているのは見かけるんだけど。
「なあライル、俺たちはドラゴンに襲われたりとかしないのか?」
「その点は大丈夫かと思われます。先日も申し上げました通り、ドラゴンと魔族は代々契約を結んでおりますので。余程のトラブルでも起こさない限りはドラゴンに襲われることはないはずです」
「何かその余程のトラブルってのが起こりそうで怖いな……」
もはやライルの言葉がフリにしか聞こえない。
リカとキングには注意しておかないとな……。
「まあ大丈夫ってんならさ、とりあえずその辺のドラゴンにでもバハムートの居場所を聞いてみるか」
「そういうことなら任せて頂戴!」
「いや、待てリカ。絶対話聞いてなかっただろ。ここでお前は待って……おい!だから余計な事すんなって!」
足速っ!前から疑問に思ってたけど、あいつ何であんなに足が速いんだ!?
リカはものすごい勢いで大自然の中に消えていくと、同じようにものすごい勢いで戻って来た。
大勢のドラゴンを引き連れて。
「おおおおおおおい!!!!ほら見ろ!!!!だから言ったんだ!!!!」
「ドラゴンたちを連れて来たわよ!!!!」
「連れて来たわよじゃねーよ!!どうすんだよそれ!!」
大声でそんなやり取りを交わしている間にもリカと、恐らくはヘイトスキルでかき集めて来たドラゴンの大群が接近してきている。
当然の様に俺たちは逃げ出した。
「どうして逃げるの!!私のことなら心配しなくても大丈夫よ!!」
「それはもう知ってるよ!お前が大丈夫でも俺たちが大丈夫じゃねえんだよ!」
数分後。
「まじで死ぬかと思った……」
「なかなかスリリングでしたね!!」
ずっと俺の肩に乗っていたソフィアが元気に言った。
あれからリカだけ別の方向に逃げてもらうことで何とかなり、今は少し開けた場所で一息をついているところ。
今頃リカはドラゴンたちに殴られまくっている頃だろうけど、あいつの心配はする必要がないし、そもそも自業自得だ。
「とりあえず休憩するか……」
エレナにご飯を出してもらって、それを囲む形で座り込む。
成り行きはともかく、大自然の中での食事はなかなかいいもんだ。
「しっかし、リカのせいで今いる場所がどこかわからなくなっちまったな……」
リカとドラゴンたちに追い回されてあちこち走ったものの、通ったのはほとんどが森で、何かが住んでいるような場所は見かけることが出来なかった。
「リカは当分戻ってこないでしょうから、今のうちにドラゴンに聞き込みを行うのがよろしいかと」
「そうだな……」
ライルは人間、と呼ぶのもそろそろ不便だと思ったのか、ついにリカを一応は名前で呼ぶようになっている。
「キング、面白くないかもしれないけど、ドラゴンには手を出しちゃだめだぞ。一応協力関係を築いているあいつらを怒らせたら大変だからな」
「わかったぜぇ!」
「エレナは大丈夫か?かなり走り回ったけど、疲れてないか?」
「はいっ……大丈夫です、あの……エルフ系統の亜人は足が速いので……あれくらいなら何とも……」
「え、そうだったのか」
エレナが何気に足が速いのを疑問に思っていたんだけど、その理由が判明した。
そういえばMMORPGなんかでもゲームによっちゃエルフは足が速かったな。なんてことを思い出す。
まあそんなもんか。
「それにしてもエレナさんのおにぎりは美味しいですね~!幸せです♪」
ソフィアは妖精モードのままでちびちびとおにぎりを食べているので、食べ終わるのには結構な時間がかかりそうだ。
「全員大丈夫そうだし、これを食べ終わったらドラゴンに聞き込みに行くか」
ご飯を食べ終わってから、俺たちは適当に近くをうろついてみた。
リカによって一つに集められていた大勢のドラゴンたちも少しずつ戻って来たらしく、さっきよりもドラゴンを見かけることが多くなっている。
でかいドラゴンなんかは森からひょっこりと頭が出ていたりして可愛い。
それでも近くにいくとやっぱり怖いので、聞き込みをするのは小さいドラゴンにしようと探してようやく見つけることが出来た。
鱗が緑色で二息歩行をする、ゲームとかでよく見る感じのドラゴンだ。
「突然で悪い、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あれっ?人間……じゃないみたいだね。モンスターたちは歓迎しなさいって父さんが言ってたよ。どうしたの?」
どうやらこのドラゴンは子供らしい。
子供と言ったって俺たちよりもでかいんだけど。
「ルーンガルドの魔王が交代したから首領のバハムートに挨拶しに来たんだ。どこに行けば会えるか教えてくれないかな?」
「へえ……ってことは君が……うんわかった。バハムート様のところに案内するから、ちょっとここで待ってて」
そう言い残して子ドラゴンはのっしのっしと奥に消えて行った。
「何だか初対面なのにすんなり言うことを聞いてもらえたな」
「ここまで来れる時点で少なくとも魔族の幹部以上の力は持っているはずですし、信用というよりはそういう面で判断してもらえたのでしょう」
「たしかにあのダンジョンもキングとリカがいなかったらきつかったしな」
その分その二人のおかげで余計なトラブルにも巻き込まれたけど。
「それに、バハムート殿はかなりお強いと聞きます。誰を連れて行ったところで、変な事は起こせるはずもないと思われているのかもしれません」
「バハムートさんじゃなくても、ここのドラゴンさんって皆強そうですよね~!」
「そうだな」
ソフィアの言う通りだ。こいつらと戦争になったらなんて考えたくもない。
歴代の魔王がびびっていたというのも納得がいく。
と、その時。
「待たせたわね!」
「お前かよ」
「お前かよとは何よ!」
戻って来たのは子ドラゴンじゃなくてリカだった。
正直に言うとその存在を忘れかけていたので、このタイミングで戻って来なかったら俺たちだけでバハムートのところまで行っていたかもしれない。
「リカちゃん、お帰り」
「エレナちゃん!ただいま!寂しくなかったかしら!」
「うん……寂しかったよ」
「エレナちゃんは本当にいい子ね!」
エレナに抱き着くリカ。
一度エレナにはそこで「全然寂しくなかったよ」と言ってみて欲しい。
さて、また無駄になるかもしれないけど、出来るだけトラブルの予防はしとかないとな。
「リカ、今からドラゴンにバハムートのところへ案内してもらうことになったんだけど、もうヘイトスキルは使うな。ていうかもうお前は何もしないでくれ」
「そう言われると何だかむずむずしてくるわね!」
「フリじゃないから。キングやホネゾウと似たようなこと言ってんじゃねえよ」
本当に勘弁して欲しい。
そんなやり取りをしていると、やがて子ドラゴンが一回り大きなドラゴンを連れて戻って来た。
「お待たせ。これからバハムート様のところに案内するよ。もう話も通してあるからね……さあ、僕と兄ちゃんの背中に乗って」
なるほど、子ドラゴンだけじゃ俺たちを背中に乗せきれないから、わざわざ兄弟を連れて来てくれたのか。
俺は、弟の背中に乗りながら礼を言っておいた。
「ありがとう、本当に助かるよ。そういえばまだ名前を聞いてなかったよな」
「僕の名前はランド。今後ともよろしくね」
ちなみに本来ならば魔族とドラゴンにとって敵である人間のリカのことはドラゴン間で既に連絡が行き渡っているらしく、「どうにもすることができないから放っておけ」と言われているらしい。
全員がドラゴン兄弟の背中に乗せてもらったことを確認すると、二頭はバハムートのところへ向けて飛び立った。
果てしなく高い天井が、少しだけ近くなる。
今まで気にしてなかったけど、地下なのに明るいのはどうやら一つの透明で巨大な魔石の様なものが天井に埋まっていて、それが発光しているかららしい。
あれは魔石なのかとライルに聞いてみた。
「どうでしょうか……魔石ではないように思えますが、では何なのかと聞かれれば該当する知識が私にはありません……水晶などでしょうか。不思議ですね」
「それにしても綺麗ですよね~!」
二人にもあれが何なのかはわからないらしい。
ソフィアが知らないってのは正直本当かどうかはわからないけど。
ちなみに、ランドの背に乗っているのは俺、ソフィア、ライルだ。
やがて目的地……というかバハムートが近づいて来た。
このドラゴンたちの住処に着いてから遠目にうっすらと見えていた山のようなシルエットがどうやらバハムートだったらしい。それくらいでかい。
ドラゴンは個体によって鱗の色が様々らしく、バハムートは銀色だった。
向こうもこちらに気付いたらしく、巨大な身体をゆっくりとこちらに向けてじっと見ている。
バハムートのところに到着すると、ドラゴン兄弟は俺たちを降ろしてくれた。
足元から見上げる俺たちを見ながら、バハムートは厳かな声で喋り始める。
「新たなる魔王よ……良くぞここまで来た。我が名はバハムート……好きな食べ物はハンバーグだ……」
いきなり庶民派の小学生のような好みを告げられて親近感半端ない。
「ハンバーグだと?ハンバーグが好きってことは唐揚げも好きなのか?」
「ヒデオ!今それは関係ないんじゃないかしら!」
俺にはハンバーグが好きなやつは大体唐揚げも好きという持論がある。
リカの言っている事は珍しく正論だけど、この質問は譲れなかった。
「唐揚げは別に好きではない……」
「まじか……」
少しショックだけどリカの言う通りどうでもいい話でもあるので、さっさと話題を切り替えて本題に入ることにしよう。
「初めまして。俺が新しく魔王になった英雄だ。これからよろしくな」
俺を皮切りに、一応全員自己紹介をしておいた。なぜかリカも。
「それでさ、いつも魔王になったやつはドラゴン族と協力関係ってのを築いてるって聞いて、挨拶がてら契約更新的なのをしに来たんだ」
「ふむ。契約を更新か。魔王が変わったのならたしかに一理ある提案だな」
「じゃあ……」
「少し待て……条件を出したい。人間にしろ魔族にしろほいほい言うことを聞いていては皆に示しがつかんからな」
それからバハムートは少しの間、ぴくりとも動かなくなった。
どうやら条件を考えているらしい。
少しの間があった後、バハムートは口を開いた。
「クックック……よかろう。新たなる魔王、ヒデオよ。契約の際の条件を決めた。言っておくが……そう簡単にはいかぬぞ?」
ある程度は覚悟の上。事前にライルにも聞いていた通りなら絶対に不可能な条件なんてのは出して来ないはずだ。
「何をしたらいいんだ?俺たちに出来ることなら何でもさせてもらうよ」
「クックック……お前たちに出来ることなら何でも、と今そう言ったな?」
「あ、ああ」
何か少し怖くなってきたな。
ていうかこいつ、何で急にクックック……って言い始めたんだ?
そこでバハムートはエレナの方を見ながら言った。
「それではそこのダークエルフの娘、お前だ」
「えっ……私?」
エレナは突然の指名を受けて不安になったらしく、俺の側に寄って来てまたマントをちょこんとつまんで来た。
「エレナ……?エレナをどうする気だ?」
俺は少しだけ語気を強める。
エレナを悲しませるようなことになるなら、どうにかして断ってやろう……とか色んな思索を巡らせた次の瞬間、バハムートが言い放つ。
「そこのダークエルフの娘に……ハンバーグを作ってもらおうか」
俺たちは、思わずギャグ漫画のごとくズッコケた。




