ヘルハウンドの首領
「動物を飼う……なんてのはどうだ?」
アリスが来て数日が経った、とある日のこと。
南門付近の拠点にて、チート系の襲撃を退けた後の休憩中。
ベッドで寝転びながら、俺はまたもアリスと仲良くなる方法を考えていた。
ちなみに、今日はシャドウはいない。
何だかんだであいつも首領だから忙しい時もあるみたいだ。
「私はこの世界の人たちの文化や風習は、詳しくは知りませんけど……まず動物を飼ったりしてる人はいるんですかね?」
ソフィアが首を傾げながら言う。
言われてみれば……モンスターたちが動物を飼ってるとこはまだ見てないし、そもそもこの世界に動物を飼うという概念自体があるのかどうかも疑問だ。
日本だと自分が飼ってる動物の写真をSNSにあげたりしてかわいい自慢だのをしてるやつは結構いて、それでもしアリスが好きな動物がいるなら飼ってやれば喜ぶかも……なんて発想になったんだけど。
「まず犬とか猫って魔王ランドにいるのか?」
「どうでしょう……いるにはいると思いますけど、ルーンガルド近辺にはいないんじゃないですかねえ」
「まあ、ライルかシャドウに聞いてみるのがいいだろうな」
少し前に側近がどうのこうので怒ってたし、ライルに聞こう。
その日の夕食後、ライルの部屋にて。
「動物を飼う……ですか。人間がそのようなことをしていると聞いたことはありますが……私たち魔族の側ではそのような文化はございません。それに、犬とか猫ですとこの近辺にはいませんし、連れて来てもモンスターにいじめられる可能性が高いと思われます」
「やっぱりそうなのか」
「ですが……アリス殿を喜ばせたいということであれば、真似事のようなことは出来るかと。要は、アリス殿が好きな動物と似たモンスターを連れて来て仲良くなってもらえばいいわけですから。特に犬が好きであれば、ヘルハウンド系一族などはかなり犬と似通っている部分が多いので適任かと」
やっぱりいるのか……ヘルハウンド。
よくゲームとかで出てくるちょっと怖い犬のモンスターというイメージだ。
問題はまずアリスが犬を好きかどうかだけど。
「どこに行けば会えるんだ?」
「よろしければ明日にでもヘルハウンド系一族の首領のところにご案内いたしますが」
「じゃあ頼むよ。ちょっとアリスに犬が好きかどうか聞いてくる」
「かしこまりました」
夕食が終わってからそんなに時間が経ってないので、アリスはエレナと一緒に夕食の片づけをしてくれているところだった。
「よう」
「こんばんは~!」
「あっ……ヒデオさんに、精霊様……こ、こんばんは」
「こんばんは……」
何だか大人しめなこの二人がいるところに入って行くのは気が引けるな。
一人うざいくらいに元気で活発な女子がいてもいいんじゃないか。
「突然だけどアリスはさ、犬とかって好きか?」
「へ?い、わんちゃん……ですか?大好きですっ」
今「犬」を言い直さなかったか?まあ、気のせいか……。
それにしてもアリスのやつ、男心をくすぐる笑顔を見せるんだな。
アリスは落ち着いて普通に話せるようになると、なかなか甘ったるい、それこそ男心をくすぐるような喋り方をするらしいことがわかった。
人気者の美少女っていうのは大体どこもこんなもんなのだろうか。
女の子にあまり慣れていない俺としては、話す時に意識してしまうのでそういう喋り方はやめて欲しいんだけど。
「そうか、じゃあ明日を楽しみにしててくれ」
「?」
不思議そうな顔を見せる二人を残して自室に戻り、その日は就寝。
翌日、南門近辺はシャドウら影一族にいてもらい、俺とライルはヘルハウンド首領の住処へと赴いた。
「ここがヘルハウンド一族首領、ジンの住処です」
ルーンガルド内にあるその住処はそこそこに大きい平屋建てで、扉のない石造りの家屋だ。
中を覗くと、薄暗い中に赤い光を放つ目がある。
「初めまして、いきなり来ちゃって悪いな。ジンってやつはいるか?」
「私がそうだ。貴公が噂の魔王様か」
こちらまで歩み寄ってくるジン。
全身を黒い毛皮に包まれているので、陽の光がちゃんと当たるところまで来てようやく身体の輪郭がはっきりする。
何というか、一言で言えば怖い。
小さい子が生で見たら泣くかもしれない。
「それで、私にどのような用件が?」
「会って欲しいやつがいるんだ。さらって来た人間の娘なんだけど、中々こっちの暮らしに慣れないみたいでまだまだ心を開いてくれないんだ。ほら、人間って動物とか好きだろ。犬扱いして申し訳ないけど、何とか仲良くなってくれないかと思ってな」
「別に犬扱いをされるのはそんなに嫌いではない。正直、どうしたって見た目は犬だからな。それに他ならぬ魔王様の頼みだというのなら付き合おうではないか。皆貴公には感謝しているからな」
「話のわかるやつで助かるよ。もし今空いてれば早速魔王城に来て欲しいんだけどどうだ?」
「いいだろう。魔王城に行くのも久しぶりだな……」
魔王城に着いて食堂に行くと、ちょうど昼飯前の時間なのでエレナとアリスがキッチンで準備をしているところだった。
「二人ともお疲れ。今ちょっといいか?アリスに紹介したいやつがいるんだ」
「私……ですか?」
俺の後ろからジンが出てくる。
「ヘルハウンドのジンだ。犬、好きなんだろ?犬とはちょっと違うけどどうかなと思ってさ」
アリスはジンを見ると一瞬びたっと止まったものの、すぐにぱあっと花を咲かせたような笑顔になった。
「わあ、可愛いですね~!私の為に連れて来てくださったんですかっ?ありがとうございますっ」
おっ、中々好感触じゃないか?後ろでエレナがアリスを見ながら引きつった顔してんのがちょっと気になるけど。
「貴様が人間の娘か……魔王様の頼みでやってきた。貴様が望むならたまに遊びに来てやってもいいぞ。よろしくな」
怖い見た目して優しいやつだな。
「せっかくだし、ジンさんもご飯……食べて行きますか……?」
「いいのか?」
「ああ、もちろんだ。来てもらった礼も兼ねるよ」
「ジンちゃんは、何か食べたいものはある?」
「好物はイチゴだ。鮮血にも近いあの色がたまらんのだ……クックック……」
言ってることは怖いけど可愛いなおい。
いきなりちゃん付けで呼んでるのには驚きだけど、とにかくアリスはジンを気にってくれたみたいで良かった。
ジンも交えて昼飯を食った後、俺たちは北門を出たところにある開けた場所に来ている。
せっかくだしアリスとジンをどこか広いところで遊ばせてみようという話になったからだ。
アリスは定番の「取ってこい」をやるためにボール的なものを持ってきている。
完全に犬扱いだな……ジンが寛容なやつで良かった。
「ジンちゃん~ほら早くっ」
「落ち着かんかアリスよ」
先を急ぐアリスにのそのそと付いていくジン。
すっかりお互いにアリスとジンちゃんの呼び名が定着しているらしい。
「アリスさんとジンさんの立ち位置が逆な気はしますけど、二人ともすっかり仲良しさんですね!」
「ああ、アリスもリラックスしてるみたいだし本当にジンが来てくれて良かった」
「リラックスは元からしてると思いますけど……」
「えっ?」
「何でもありません!」
一瞬、ソフィアが普段あまり聞かせることのない声のトーンを出したから、ちょっと気にはなるけどあまり深くは追及しないでおこう。
「ほらジンちゃん、行くよ~えいっ」
ボール的なものがアリスの手から放たれ、放物線を描きながら二人の遥か先へと何事もなく落ちていった。
「?」
その様子を、ジンは「何やってんだコイツ」という表情で眺めている。
「も~っ、ジンちゃんったらどうしちゃったのっ?」
「何がだ?」
「今のは私が投げたらジンちゃんが取りに行くやつでしょっ」
「なるほどそういうものだったのか」
それから二人でボールを取りに行った後、もう一度アリスの手からボールが放たれ、さっきよりも緩やかな放物線を描いて飛んで行く。
今度はそれを追いかけて行くジン。
さすがはヘルハウンドの首領と言えるスピードで軽々とボールに追いつき、跳びあがり、そして炎系の魔法で一瞬にしてボールを燃やし尽くしてしまった。いやいや何やってんの。
「あ~っ!もう、ジンちゃんったら何やってるの?めっ!」
軽くぽすんと頭を叩かれるヘルハウンドの首領。
「多少強引ではあったがターゲットを始末したのだから俺の勝ちだろう」
「勝ち負けじゃないの!私とのスキンシップなのっ!」
「それはイチゴよりもうまいのか?」
「食べ物のことじゃないっ」
どんだけイチゴ好きなんだよ。
ていうか、最初はただ寛容なだけかと思ってたけど、どうもジンの方もアリスに懐いてるっぽいな……尻尾とか振っちゃってるし。
一しきり遊んだ後、アリスが疲れたのを見てそのままジンの家まで行った。
「それではアリス、今日はここまでだ。私はここに住んでいるから、いつでも遊びに来るといい」
「うん。ジンちゃんの方こそまた魔王城まで遊びに来てね。ばいばい」
手を振ってお別れをした後、俺たちは魔王城にテレポート。
城内を歩く時のアリスの横顔は何だか今まで見たこともないような表情をしている。
楽しかったからこその寂しさのような、ジンと遊んだ今日の余韻に浸っている感じに見えた。
「今日は楽しかったか?」
「はい……魔王様、ありがとうございました」
「ヒデオでいいよ。ジンならいつでも会えるから、明日からもたくさん遊べるさ」
「ふふ、そうですね」
気のせいかもしれないけど、アリスの喋り方が何だかいつもと少し違うような気がする。
こう、甘ったるさがないというか……。
でも、それも一瞬の間だけだった。
「次からジンちゃんと遊ぶ時はお土産持っていかなきゃっ。イチゴって近場だとどこで買えるんですかっ?」
「そう言われてみれば……そうだな、どこで買えるんだろう」
二人して首を傾げていると、ソフィアが会話に入ってくる。
「ゴンザレスさんが今農業を頑張ってるみたいだから、何か知らないか聞きに行ってみてはどうですか?買うどころか直接手に入るかもしれません!」
「ゴンザレスって誰だよ」
「英雄さん……自分でさらって来た人を忘れるなんて、それでこそ魔王です!」
「何言って……ああ、アリスと間違ってさらわれて来た中年で無職のおっさんだっけか」
たしか北の農耕地に監視をつけて送り付けたはずだ。
正直完全に存在を忘れていたものの、イチゴをどうやって収穫しているのか、というかそもそも収穫しているのか知っているかもしれない。
「えっ……それって私のせいでさらわれちゃったってことですか?そんなっ……」
立ち止まって泣きそうな表情になるアリス。
「あーいや、全然気にしなくていいよ。そのおっさん、仕事を与えたらここは天国か!って言って喜んでたから。むしろさらって良かったやつだから」
「そ、そうなんですねっ?」
「今度様子を見に行ってみましょうよ!」
「そうだな、シャドウあたりに行ってもらうか」
「自分では行かないんですかっ?」
「いやー……だって……何か不気味なんだよな、あのおっさん……」
「ヒデオ様、ひどいですっ」
そのおっさんが実は本気を出して農業無双をしていると知ることになるのは、それから数日後のことだった。




